正体 1
―夜行さん視点―
足が地面に着いた。瞬間、俺は大刀を構えて辺りを注意深く見渡す。が、今のところ異常はなく、やけに周囲が暗いということだけだ。
俺は「オイ!」と暗闇に呼びかける。
「田中 明愛梨、いるんだろ!?
「――――」
反応はない。だが確実に何かはいる。
その何かが田中 明愛梨なら。話が通じるかもしれない。……と思ったところで首を振る。
いや。田中 明愛梨が俺を暗闇に引きずり込んだところで。アイツも敵、だろうな。
俺は眼鏡を外して遠くを見た。――――やはり、いる。アイツが。田中 明愛梨が。
俺は再び眼鏡をかけてから、真っすぐに田中 明愛梨の元へ向かう。
田中 明愛梨は行方不明になっていたはずだ。果たして生きているのか、死んでいるのか。これが人喰いの屋敷の罠だとしても、確かめたい――。
アイツからも俺の姿が見えたのか、いつも通り片手を上げて「やあ」と口を開く。記憶の中でよく着ていた桃色のTシャツに黒の短パン姿で。
「久しぶりだな」
「……ああ」
「元気にしてたか」
「……ああ」
「……さっきから「ああ」しか言ってないじゃないか」
田中 明愛梨はカラカラと笑う。口調も、仕草も。何もかもが記憶の通りだった。
俺は大刀を握りながら「お前」と問いかける。
「お前、何でこんなところにいるんだ」
「安全だからさ、この場所が」
「安全?」
「ああ。煩わしいことは何もない。退治屋の宿命に悩まされることも無い。とってもいい場所だ。――――どうだ? お前もここに居着くっていうのは。このまま人間に忘れられ弱体化して消えてしまうよりも、断然いいじゃないか」
「……」
俺は軽く息を吐いて目を閉じる。
田中 明愛梨の言っていることも分かる。妖怪という生き物は良くも悪くも人間に左右される。妖怪の存在自体そのものが人間によって生まれ、人間によって消える。
そう考えていたところに一瞬、日髙 陽の姿が脳裏に浮かんだ。
「お前、自分の娘は。日髙 陽のことはどうするんだ」
「うちの娘なら大丈夫さ。剣さんもいるし。娘自身も強いしな」
「強い?」
退治屋が? 今はまだだが、この先、ぴーちゃんの言った通りに強くなるのだろう。だが。
「そんなに友達が欲しかったのか」
「……出来たら同じ退治屋の」
「……そうか」
そう言って泣いた退治屋の、日髙 陽のどこが強いんだ。
「…………お前」
俺は大刀を振り上げる。そして勢いのままに田中 明愛梨に振り下ろした。
ブワッと赤い血ではなく、黒い靄が広がる。
「ど、うし、て」
田中 明愛梨の姿が黒い靄に包まれていく。
「お前が偽物だからだ」
確証はなかった。それでも俺の知っている田中 明愛梨は自分の娘を一人にさせるようなやつじゃなかった。
田中 明愛梨の偽物は黒い靄に飲みこまれて完全に消えた。
「………………」
辺りはまだ暗闇の中だ。
偽物を倒したら美術館に戻れると思っていたが。どうやらそうではないらしい。
さて、どうしたものか。
呑気にそんなことを考えていると、「ぴい!!!」と特徴的な聞きなれた鳴き声がする。
「この声……」
見るまでもない。退治屋のぴーちゃんだ。ぴーちゃんのバサバサと翼のはためく音が耳に入ってくる。
かと思えば、ぴーちゃんは何故か俺の横を素通りした。
「?」
その瞬間、真横から黒い影が飛び出してきた。いや、実際には黒い影が飛び出てきているのに今気がついた。そしてその黒い影は立ちの悪いことに、棘の様に先端が鋭くなっている。
ぴーちゃんの姿はいつもの小さい体ではなく、大きな体に変化している。
まさか。
「やめろ、ぴーちゃん!!!」
声を張り上げる。だがそれも虚しく、ぴーちゃんの体は黒い影に刺された。
「ぴーちゃん!!! おい、しっかりしろ!!!」
精一杯呼びかける。ぴーちゃんの体はピクリとも動かない。
嘘だろ。
退治屋が泣くのを懸命に堪えている姿が容易に想像できてしまう。
アイツを泣かせるつもりか。
やがてぴーちゃんの体は徐々に元の大きさに戻っていき、床に雀の形をした木の彫刻だけが転がった。
「…………――――」
俺は真横に視線を移す。そこには痩せ細り、骨が浮かび上がってしまっている一人の骸があった。
大きく目を見開いた田中 明愛梨の死体が磔にされている。
いつもありがとうございます。
夜行さんですが。人間と違って妖怪なので。何か起こっても結構スンとしています。あと年齢も。主人公の陽よりかな~り年配です。
なので心情とか。陽も退治屋なのであっさりしていますが、夜行さんはそれ以上にあっさりしています。




