決戦 8
軽く目を瞑ったはいいものの。
「…………」
心の中はモヤモヤとしてちゃんとは眠れない。
母さんに甘えられるのは素直に嬉しい。このまま眠ってしまいたい。でも。夜行さんは? 山本さんは?
私が眠れないのを察して、母さんは「どうしたの?」と優しく声をかけてくる。
「うん……。本当にこのままでいいのかなって」
「平気よ。夜行さんが強いって、陽も知っているでしょう。残念だけど私達に出来ることはないわ」
「……うん。でも……」
いくら夜行さんが強いといったって……。
こういう時に脳裏に浮かぶのは山童だ。
「私は――山童のようないい妖怪も守れるような強い退治屋になります」
あの日、夜行さんに誓ったことを思い出す。次いで、人間の山本さんの姿が脳裏に浮かんだ。
そうだ。私は……。
「私……」
私は。強い退治屋にならないと。だから、こんなところで眠ってなんかいられない。
「私、やっぱり起きないと!」
目を開けてガバッと飛び起きる。
最初に目に入ったのは母さんの悲しそうな顔。そして次に目に入ったのは、私を取り囲む黒い靄。異様な空気。
人喰いの屋敷…………。
「っ!」
私は鞘から刀を抜いた。
母さんを守らないと!
そう背に庇おうとしたが……。とどまった。
何かが、おかしい。いや、その「何か」が本当はちゃんと分かっている。ただ、認めたくないだけ。
私はうっすらと母さんに目を移す。異様な空気が一番濃いのは母さんだった。
荒井先生と同じだ。荒井先生に背中を押されたと分かっていたのに。最後まで信じてしまったあの時と。
だから。――同じ轍を踏んではいけない。
私はゴクリと唾を飲んでから、母さんに刀を向けた。母さんは悲しそうな顔をしたまま「どうして?」と問いかけてくる。
「母さんは私が六歳の頃に行方不明になったから。顔も、声も……。申し訳ないけどほとんど覚えてない。だから私には今の母さんが本物だとしても気付けないけれど。だけど。やっぱり変だよ」
「変って?」
「夜行さんが前に言ってた。気の強い女だった、どんなに苦しくても泣かなかったって。母さんはそんな強い人なのに。ここでただ助けを待っているだけなんて。どう考えても、変だもの……」
「……」
最後は声が震えて言葉にならない。それでもキッと母さんを睨んだ。それなのに母さんは悲しい顔のままで。もしかしたら本物なのかも、と一瞬思ってしまう。
でも、母さんは偽物だ。異様な空気が強いのは、母さんなのだから。
刀を向けている手が震えてカチカチと刀が鳴る。
斬らなきゃ。姿は母さんかもしれないけど、違うと分かっているんだから。今は坂東さんの時のように夜行さんはいない。だから私が、私が、斬らなきゃ。
早く斬って、山本さんと夜行さんを助けにいかないと。
「陽」
偽物の母さんが優しく呼びかける。
「妖怪と違って人間は変わるのよ。さすがの私もずっとここにいたら心が折れてしまうわ」
「っ……」
その言葉、表情一つに覚悟がぐらついてしまう。
切なさそうに母さんは私を見る。
私はギュッと目を瞑って、大きく刀を振り上げた。
――――斬れ。
ヒュウッと空気を切り裂く音がする。だが、何かを斬った感触はない。
「…………っ、斬れ、ない」
私は目を開いて真っすぐ前を見た。目の前には悲しい顔をした偽物の母さんがいる。刀は母さんの真横でとまっている。
…………結局。私には斬れなかった。
偽物だと分かっている。分かっている。なのに。どうしたって、斬れなかった。
これじゃあ。坂東さんの時と同じじゃないか。
「………………」
ギュッと唇を強く噛む。
このまま。私もここで諦めるしかない、のか……。
ある意味、別の覚悟を決めてしまった。
退治屋、失格だ。
その瞬間、辺りが眩く光った。
そのあまりの明るさに何度か瞬きをして、私はやっと光の発生源を見た。光の発生源は、刀にくくりつけてある父さんがくれたお守りだった。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
あとちょっと。あとちょっとで。終わりが見えてくるのに、なかなか終わらせられない……。そんな「決戦」シリーズでございます。




