決戦 1
夏だというのに空気が冷えている。私はバイクに乗る前に上空を仰ぎ見た。キラキラの星空が瞬いている。
「よしっ」
私は気合を入れて最終確認を始める。
巫女服に刀、財布の中には真神、肩にはぴーちゃん。そしてバイクのガソリンは満タン。よし、抜かりはない。いざ!
バイクに跨った。が――。
「待て!」
鋭い制止をかけられる。声の主は父さんだ。父さんも夜なのに狩衣姿だ。
「な、なに」
幸い昼間に天狗のことについて聞かれることはなかったけれど。
私は恐る恐る父さんに目をやる。声だけじゃない。視線も今日は一段と鋭い。
天狗のことも。これから『人喰いの屋敷』を倒すことも。全部知っているのかもしれない。でも。何と言われたって、私は『人喰いの屋敷』を倒して退治屋になるんだから!
私はグッと目に力を込めて父さんに睨む。お互いに睨み合い。だがしばらくすると父さんは大きくため息を吐き、何かを差し出してきた。
無意識に受け取ってから手を開いてみる。赤色の布に包まれた小さなお守りだ。
「?」
思わず首を傾げる。と、「刀にでもくくりつけておきなさい」と父さん。
「きっとお前を守ってくれるはずだ」
「あ、ありが……とう」
思いがけない贈り物にお礼がたどたどしくなってしまう。
「いいか。危ないと思ったら逃げてこい。逃げることは負けじゃない。命を最優先に」
「う、うん」
やっぱり『人喰いの屋敷』と対決するって分かってるよね。
私はお守りの紐を刀にくくりつけてから、父さんから目を逸らした。真っすぐに正面を見据える。
「それじゃあ、行ってきます」
「ああ。行ってらっしゃい」
木々に囲まれた細い道を走っていく。いつもは『喫茶 百鬼夜行』の営業時間内かギリギリに来店している。そのためか、この道がこんなに暗いなんて知らなかった。
なんだか嫌だな。
この暗さを感じていると先に進みたくない気持ちが膨れ上がっていく。その気持ちを振り払うように大きく首を左右に振る。
しばらくすると門が見えてきた。すでに夜行さんと首無し馬が待っている。そして夜行さんの隣には天狗がいた。
「!」
私は急いでバイクを降りると天狗の元へ駆け寄った。
「体はもう大丈夫なの?」
「ええ。昨日は突然お邪魔してしまい申し訳ありません。薬のおかげで体調はだいぶ良くなりましたよ」
「そう……」
私はホッと息を吐きだした。夜行さんは「それじゃそろそろ行くか」と親指で首無し馬を指差す。
「え、首無し馬に乗るんですか」
「ああ、そうだが。そうじゃないと集合時間に間に合わないだろう?」
「?」
私は首を傾げつつも、まぁいいかと頷いて、首無し馬の鐙に足を乗せてよじ登る。が、上手く乗れない。
「…………意外だな。すぐに乗れるものかと思っていたが。下から持ち上げてやろうか」
「結構です!」と言いつつ、なかなか乗れない。
夜行さんは呆れたようにため息を吐き、「たてがみを強く掴んで片足を上げる」とアドバイス。すると先程までの苦労が嘘のように馬に乗ることが出来た。
私が首無し馬に乗った後、夜行さんは自然と私の前に跨る。
「天狗。先に美術館に行ってるぞ」
「はい。また後で」
夜行さんと天狗の二人の会話に思わず首を傾げる。
今のって…………。まさか。
私は前にいる夜行さんをに声をかける。
「天狗も来るんですか!?」
「ああ」
「ああ……って、天狗は昨日怪我をしたばかりで」
いくら薬を飲んだからって。まだ万全じゃないはずなのに。
そんな私に夜行さんは振り返って冷えた目線を向けた。
「お前は事の重大さを理解していない。いいか。昨日も言ったが天狗は俺より強い妖怪だ。だが大怪我をした。つまり。相手は俺たち二人がかりで戦っても勝てない相手だ」
「!」
はっきりと、勝てないと言われた――。
ゴクリと唾を飲みこむ。
「一応は天狗だけじゃなく、雪女に、河童に……。人間に知れ渡っている妖怪は後から合流予定だ」
「……」
私は思わず夜行さんから視線を逸らして前を向く。
「それじゃ、行くか」
「……はい」
ゴクリと唾を飲みこんで、強く頷いた。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
いよいよ最終決戦。ド派手なアクションが書けるよう、頑張ります!




