見知らぬ退治屋 4
坂東さん、いや。妖怪の首を斬った瞬間、視界が一気に晴れる。私は実験室の白い椅子に座っておらず、準備室の人体模型の前に立っていたようだ。
「…………」
私はグッと唇を噛みしめながら人体模型からサッと視線を外した。
見ているのが辛い。骸骨に成り果てた坂東さんを思い出して――。
そんな中、夜行さんは無言で背を向けて立ち去ろうとする。
「っ!」
私は思わず夜行さんの羽織の端を掴む。ゆっくりと夜行さんは振り返った。どんな顔をしているかは見えない。私が俯いているから……。
きっと夜行さんの顔を見たら泣いてしまう。
「…………」
「…………」
夜行さんは口を開くことなく、ただジッと私が話すのを待っている。私は羽織の袖を掴む手に力を込めた。
「あの。ありがとうございました。……助けてくれて」
ボソッと呟くと夜行さんは私の頭をゆっくりと撫でる。
「あの妖怪は人の願望を盗み見て体現する」
「願望を?」
ということは坂東さんは私の願望、だったのか。
…………何度か思ったことはある。私と同じように退治屋を目指す人がいたらいいのにって。出来たら私と同い年ぐらいだったら嬉しいって。
実は何度か父さんに言ったことがある。同じ退治屋を生業にしている人に会ってみたいと。特に母さんが生まれた田中家には年齢問わずたくさんの退治屋がいると聞いたから、京都にある田中家に行ってみないかって。でも父さんは頑として首を縦には振らなかった……。
私が黙っているからか夜行さんは再び頭を撫でる。
「そんなに友達が欲しかったのか」
「……出来たら同じ退治屋の」
「……そうか」
夜行さんはコクリと頷いて頭を撫でてくれる。そんな夜行さんの優しさに遂に涙が止めどなく溢れ出してしまう。
「っ……。ごめっ……、ごめん」
私は乱暴に涙をぬぐう。
こんなのズルい。まさか退治屋の私が妖怪の前で涙を見せてしまうなんて――。
夜行さんはただただ黙っている。私はひとしきり乱暴に涙をぬぐった後、グッと唇を噛んでやっと夜行さんを見上げる。夜行さんのいつもと変わらない瞳に私は少しずつ冷静さを取り戻していった。
「本当にすみませんでした…………」
「いや」
夜行さんは軽く首を振ると「確かに自分と同じものがいないというのは寂しいな」と目を伏せる。
なんだかその様子が儚くて、つい私は「夜行さん?」と声をかける。
夜行さんはそんな私から「だがな」と視線を外した。
「世の中には会わなかった方が幸せ、ということもある」
「っ! それって!!!」
それって母さんのこと? と聞く前に夜行さんは踵を返して教室を出て行ってしまった。
やっぱり。夜行さん……。母さんに特別な感情を持っているんじゃ……。
複雑な感情が私の心を締め付ける。
もしかして母さんの子供である私と協力なんてしたくなかった……とか。思っていたり……。
私はブンブンと首を横に振る。
今は考えるのは止そう。ただでさえ暗い気持ちがもっと暗くなっちゃう。それより。本当に夜行さんのことを思うなら――『人喰いの屋敷』を早く倒さないと。
ずっと頭上を飛んでいたぴーちゃんが私の肩に止まる。「ぴぃ!!!」と元気よく鳴く。
「ぴーちゃんもありがとね。助けてくれて」
「ぴぃ!!!」
坂東さんの正体に気付いた時に、ぴーちゃんは夜行さんと一緒にいた。もしかしたら夜行さんに助けを呼びに行ってくれていたのかもしれない。
「ぴぃ!!!」とぴーちゃんは再び元気よく鳴いて、スリスリと体を寄せてくる。
「さ、私たちも帰ろうか」
私はぴーちゃんを優しく撫でて、人体模型を一瞥してから踵を返した。
ここまで読んでくださってありがとうございました。
ちょっと切ないお話となりました。主人公の陽ってただただ明るいだけ人物じゃないんじゃないかなーと。退治屋ならではの苦悩もあるんじゃないかと思いつつ書いています。




