見知らぬ退治屋 1
私は理科実験室の目の前に立つ。前の『美術室の怪』の時のように小窓から様子が伺えない、ということはない。
中はいたって普通の教室だ。黒板の前に先生用の黒い長机、生徒が座る用の白い長机と同じく白を基調とした四角い椅子。そして窓側に水道がある。ただここからでは噂の人体模型は見えそうにない。
「……」
私は安易に中に入らず、ちょっと立ち止まって考える。
たしか放課後はサイエンス部が理科実験室を使っているはずだけれど。小窓から見る限りだと人は一人もいない。
とにかく行ってみるしかないか。
私は肩に乗っているぴーちゃんに目配せをする。ぴーちゃんが「ぴい!」と元気よく鳴いたのを見て、私はガラッと勢いよく理科実験室の扉を開いた。
グルリと辺りを見渡す。が、やはり人はいない。そのくせ鏡蛸や美術室の怪の時に感じた独特の気配はする――。
この理科実験室で急に人がいなくなった、という話は聞いていない。ということはサイエンス部の部員が怪談に襲われたということはなさそうだ。となると……元々今日は部活が休みとか。
そんなことを思いながら理科実験室を隈なく歩く。すると奥に理科準備室と書かれた古びた扉を発見した。
おそらく人体模型はここだ。
ゴクリと唾を飲みこんでからギイと扉を押す。埃がぶわっと舞い上がり思わず私は何度か咳込んだ。
やがて徐々に埃はおさまり、視界が晴れていく。
両側に大きな棚。その棚には液体に浸かった謎の物体が入った瓶が所狭しと並べられている。そしてその棚を挟んだ一番奥に人体模型が飾られていた。
変わった様子はない。独特の気配が一層強くなったこと以外は――。
ぴーちゃんが「ぴい……」と弱々しく私の頬に体を擦りつけてくる。おそらくは心配してくれているのだろう。
私は「大丈夫」とぴーちゃんの体を優しく撫でて、人体模型と向かい合った。
虎穴に入らずんば虎子を得ず……。
危ないかもしれないけれど目を合わせてみないことには何も起きないし、始まらない。
そう思って私はちょっと背のびをして人体模型としっかりと目を合わせてみる。
「………………――」
何も起こらない。変わらない。
今は夕方だし、もう少し日が沈まないと駄目なのかも。しばらく経った後にまた来よう。夜行さんにもこのことを伝えないといけないし……。
そう思って踵を返そうとした瞬間、ギイと扉が開く音がした。
「!」
私は勢いよく後ろを振り返る。と、そこには長身のスラッとした女の子が立っていた。同じ制服を着ているところを見ると妖怪ではなさそうだけれど……。
「ここで何してるの」
女の子は厳しい目をこちらに向けてくる。
「えーっと……」
特にやましいことはしていないけれど。上手い言い訳が思い浮かばずしどろもどろになってしまう。
すると女の子は「ああ、いつものね」とガッカリと肩を落とす。
「一応聞いておくけど。サイエンス部に入りたいとかではないわよね」
「え? あ、はい。違います……」
「そうよね」
そう言って一層女の子はガックリと肩を落とした。
妖怪、ではなさそう。
「あの。大丈夫?」
私が声をかけると「ええ」と何故か涙声で頷く。
「どうせ人体模型が動き出すとか。そういう話を聞いてきたんでしょう」
「え? う、うん」
「やっぱり。最近そういう怪談を聞きつけてここに来る生徒が多いから」
そう言って女の子は私の隣に立って、人体模型の頭をポンポンと叩いた。
「!? 危ないよっ!」
「大丈夫。何も起こらないよ。ほら、妖怪の気配なんかしないでしょ」
「っ!?」
そう言われて思わずハッとしてしまう。確かに先程まであった独特の気配が一切しない。
一体どうして。それに妖怪の気配がないことが分かったこの人は一体……。
私が余程怪訝な顔をしているのか「急に話しかけてごめんなさい」と女の子はやっと笑顔を見せる。
「私、サイエンス部の部長をしています。坂東 夢実」
「あっ、サイエンス部なんですか」
「ええ。ちゃんと活動している部員が私一人しかいないことで有名なサイエンス部」
そんな有名な話なんかあったけ?
私は首を傾げつつも「私は日髙 陽と言います」と自己紹介を返して「それで!」と間髪入れずに言葉を続ける。
「妖怪の気配とか……分かるんですか?」
「あーうん。それはー。とっても言いづらいんだけど」
吉田さんは天井に目をやってから「内緒にしてくれる?」と私に目をやる。
私は「もちろん」と強く頷いた。
「実は……。実はね。私、退治屋なんだよね」
いつも読んでいただいてありがとうございます。
新章開幕です。からのいきなりの急展開。
この章、結構重要回になってきますので。この先の展開を楽しみにしていてください




