4 辺境伯執務室を視察
ヴィオリアの夏休みがもうすぐ終わるという頃、辺境伯は、屋敷の執務室へカザシュタントを呼んだ。
「まあ、座ってくれ」
ソファーの向かい側を進める。
「失礼します」
二人の前にお茶が出され、メイドがさがる。
「辺境伯軍はどうかね?」
「訓練が行き届いていて、素晴らしいと思います。軍人たちが、自信を持っているのがわかりますね」
「そうか。部隊長殿の目から見てそうなら、嬉しいのぉ」
「魔術士をもっと雇うことはできないのですか?まだ新人との魔獣討伐しか参加しておりませんが、近くにくるまで攻撃できないというのは、恐怖心に繋がりますし、兵士の怪我や死にも繋がります」
「そうなのだが、力のある魔術士はほとんど王都へ行ってしまうし、ここでは、彼らを育てることもできない。魔術士は、新人たちよりさらに戦闘への覚悟が少ないのだ。初戦で離脱は当たり前なのだよ」
「なるほど。では、弓術の強化はどうですか?槍術が得意な者に対して、弓術を得意とする者が少ないですよね。魔術士がいない分を補充するために弓術を取り入れるといいかと思いました。魔獣でも猛獣でも、目や耳は弱点ですからね」
「なるほど、弓での補充は考えなんだ。やってみる価値はありそうだな。この短い間によく改善点を見つけてくれたな。感謝するよ」
「いえ、そんなことは。外からの目で見るための視察なのです。役にたたぬ助言もあるかもしれませんが、お許しください」
「いや、どんな意見であれ、こうして話し合えることがあるのは、悪いことは一つもない」
「そうお考えいただけますと、助かります。ところで、ここだけでなく、砦の視察にも行きたいのですが、時間はありますか?」
「今回の視察では、残念ながら無理だな。
その期間ことも含めてなのだがな、王都での娘の噂は聞いているか?」
急な展開にカザシュタントは、驚いたが、素直に答えることにした。
「『戦乙女』のことですか?私は、こちらに来てから聞いたのですが、ヴィオリア嬢の鍛錬に向く姿を見たら、若い者たちに慕われるのは、わかります。大変一生懸命で、素晴らしいお嬢様ですね」
「そうか、そのように思ってくれているのなら、ありがたい。
だが、そちらの噂ではない」
「と、言いますと?」
「ここからは、忌憚なく話したい。いいか?」
「わかりました」
「バルトルガー団長のご子息と娘の婚約の話は知っているか?」
「はい、側近たちから聞きました。うまくいかれてないというお話も」
カザンは、嘘なく答える。
「やはり、噂になっているか。まあ、その話だ。ここだけの秘匿、国王陛下にも秘匿にするように言われている話なのだが、」
「は???」
いきなり国王陛下の名前が出れば、誰でも驚く。
「その婚約はなかったこととなったのだ」
「っっっ!」
「そこで、団長殿から君を…」
「ちょっと待ってくださいっ!」
カザシュタントは、一呼吸置いた。
「まず、なぜ秘匿なのですか?」
「我らのことだけではないから、あまり詳しくは言えぬが、この騒動に巻き込まれている者の中に王子がいるということだ」
これは、言わなければ理解されないだろうということで、国王陛下には、許可を得ている。
「王子………ですか…」
「そうだ。今はまだ詳しいことは言えぬが、時期が来たら、すべて話すと誓おう」
「時期……ですか…」
「長くとも半年、といったところだ。春には、みな、片付く」
「そうですか」
「それでだな、どんな噂になっておるかはわからんが、団長殿のご子息の行動の責で婚約は、なくなった」
「その責についての噂は聞いております」
「ふむ、だが、婚約がなくなったとなると、女の方の醜聞になることは否めない」
「そんなっ!!」
「世間の目は、そんなものだ。でだ、それに責任を感じた団長殿が、君を紹介してくれたというわけだ」
「っっっ!」
カザシュタントは、急に自分の話になり、戸惑う。
「ヴィオリア嬢はなんと?」
「ヴィオは、そういう面はまだ子供だ。君のことも『説明してしまうと、意識して何もできなくなるだろう』と、妻が言ってな。騎士団からの視察の客人だと言ってある」
「そうでしたか。あの、実は、私もそういう面では、正直に申しまして、大変疎く、ここで何を申したらよいのか、わかりません」
「かまわん、かまわん。慌てる必要はないのだ。だが、団長殿からのこの縁談話に私たち夫婦はありがたく思っている」
「あ、そうなのですか。そのように言っていただけるとは、恐れ入ります」
「先ほども言ったように、娘の婚約白紙が公になるまでには、半年ほどかかるかもしれん。娘には、それからお相手を探してもよいのだ。『醜聞など気にせん』という男の方が、ここには合うかもしれんしな」
「なるほど。そうかもしれませんね」
「しかしながら、折角の縁だ。カザン殿に娘を知ってもらいたいとも思っている。よかったら、娘が王都へ戻る時に、護衛を勤めてはもらえないだろうか?」
「護衛をすることは、構いません。例えこの話がなかったとしても、お受けしますよ」
「そうか、ありがたい」
「ところで、この話は、側近たちにしてもよろしいでしょうか?」
「秘匿であることが守れるならば、構わんよ。団長殿にもこの三人なら大丈夫だと言われている」
「団長からそこまで…。そうでしたか。では、来週、とりあえず、護衛ということで、お受けします」
「ああ、よろしく頼む」
カザシュタントは、執務室を後にした。
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その夜、カザシュタントの部屋に酒とツマミと二人の側近があった。カザシュタントが昼間の話を二人にする。
カザン:「と、いうわけだ」
ダニー:「で、部隊長は、どうするんです?」
カザン:「どうするって?」
ダニー:「ヴィオのことですよ。ヴィオを嫁にして、辺境伯にならないかって話っすよね?それで、どうするんです?」
カザン:「っ!わかっている。だが、まだ、わからん。辺境伯殿も急がないと言っていたしな」
カザンが、グッと酒を煽る。
ダニー:「そうかも、しれませんけど」
沈黙の時間が流れる。
フラン:「カザシュタント殿がいらないとおっしゃるなら、私がヴィオリア嬢をいただきましょう。ヴィオリア嬢は、素直だし、優しい娘だし、女性としても魅力的だ。秘匿ではあっても婚約は白紙になってい……」
カザシュタントが勢いよく立ち上がり、フレデリックの胸ぐらを掴み持ち上げる。グラスが倒れ、酒が溢れた。
ダニー:「なっ!ちょ、ちょっ!」
ダニーが二人を引き離す。カザンがガタンッ!と言わせて座る。フランは立ったままだ。
フラン:「部隊長殿、それが貴方の気持ちですよ。子供じゃないんです。キチンと自分を見つめてください。
お先に失礼します」
フレデリックは踵を返して、カザシュタントの部屋を出た。ダニエルが追いかける。
残されたカザシュタントは、どこを見るでもなく、座ったままだった。
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ダニエルが、フレデリックに追い付き隣に並ぶ。
「悪いな、お前にやなこと言わせちゃって」
「別に。部隊長がこういう話に疎いのは百も承知だからね」
「でも、お前、さっきの話、半分マジだろう?」
「どうかな?それより、僕らも身の振り方を考えなくてはならないってことだよ」
「ッ!まじかっ!」
ダニエルは立ち止まって頭を抱えた。
それぞれ、悩ましい夜になった。
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