5 予兆
2日後、ベルトソードたちも到着し、マーペリア辺境伯領軍も通常運転に戻った。
魔法士たちの力をみると、確かに去年の今頃の状態よりは、マシであった。しかし、同じような訓練を1年間してきたはずなのに、マーペリア領にいた者と王都にいた者では、明らかに差がついていた。マーペリア領へ行く前なら同じような力だったはずの者との差に、王都の者たちは、複雑そうな顔をしていた。
この差こそが、バンジャのいう、『訓練をやらされた者』と『訓練をやりたがった者』の差なのだろう。
ベルトソードとバンジャの提案で早々に魔獣討伐へ行くことになった。
新人魔法士を含め、4組に分け、1日に2組を城砦から西側浅層と東側浅層に分かれて行った。
予想通りの反応であった。何もできない自分と向き合うのは誰でもキツイものだ。それさえ越えれば、皆、目の色が変わる。
こうして、早々に気持ちを入れ換えた魔法士たちの研修は順調になった。
ベルトソードの子供たちは、まだ幼いが伯爵家の跡取りなので、家庭教師を雇って勉強しているそうだ。メイドも一人やとっている。食事は寄宿舎から持ってくるので、メイドは一人で充分だとか。元々、伯爵家のための家ではないのだ、平民家族にしては広いという程度だ。フレデリックたちの家とは比べ物にならない。
子供たちは、時々、城に来ては、馬に乗ったり、訓練を見たりしている。それに同行する夫人は、マーペリア辺境伯夫人やセシルとお茶をして、楽しんでいた。
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カザシュタントは、ヨアンシェルたちの結婚式に出るため、王都へ向かった。本人は護衛もいらないと言うが、フレデリックが、無理矢理護衛兵士を付けて、3人で馬で王都へ向かった。夜営でも宿屋でもいいそうだ。気楽なことだ。ヴィオリアを迎えに行く馬車は、護衛兵士だけを乗せてゆっくりと向かうそうだ。
4日目の夕方早く、王都の辺境伯邸へ着いた。早すぎて、お出迎えもない。護衛の二人は、玄関で座り込んだ。
執事が出るより早く、カザシュタントはヴィオリアの元へ急いだ。ヴィオリアは、二人の部屋で刺繍をしていた。秋の収穫祭でカザシュタントの武運を願う刺繍だ。
「カスト?!到着は明日ではなかったの?」
「ヴィー!」
カザシュタントは、何も言わずにヴィオリアを抱き締めた。
「もう、子供みたいよ。どうしたの?」
「夜、隣に君がいないことが、こんなにツラいって知らなかったんだ」
ヴィオリアは、カザシュタントをソファーに誘導した。ソファーに座っても、カザシュタントはヴィオリアを離そうとしない。
『一度持ってしまうとさぁ、持つ前の自分には、戻れないんだよぉ。ベッドで1人寝って、こんなにツラかったかぁ?』カザシュタントは、城の中の広い部屋の広いベッドの中で、フレデリックのこの言葉を何度も何度も毎日のように思い出していた。『俺はもうヴィーを手放せない。』何度も呟いていたのだ。
「マーペリア領でも、時々貴方は遠征でいなかったじゃないの?ふふ」
「あぁ、そうだな。きっとその時は、興奮してたんだろ。砦や砦町でヴィーがいないのは、耐えられたんだ。だが…あそこには、あの部屋には、君がいなくちゃダメなんだ。俺一人ではダメなんだ」
「ふふふ、私もカストに会いたかったの。ここにあなたがいなくて、とても寂しかったわ。
だから、カストを思ってこの刺繍をしていたのよ。カストが私を思ってくれていたなんて嬉しいわ」
熱い熱い口づけを交わし、二人はそのまま甘い時間を過ごした。カザシュタントが部屋から出てきたのは、深夜だった。
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ヨアンシェルとイメルダリアの結婚式を終えて3日目の朝、馬車1台と護衛兵士が馬で10人がマーペリア辺境伯領へ向かって出発した。馬車には、カザシュタントとヴィオリアとメイドが乗っている。
半日もしないうちに、ヴィオリアの顔色が目に見えて悪く、近くの町で宿をとることにした。
翌日、ヴィオリアは朝食も普通に食べたし、本人が大丈夫だと言うので、出発した。だが、やはり半日ほどで顔色が悪くなり、馬車に耐えられなくなった。
カザシュタントは、マーペリア辺境伯城に早馬を出した。半日ずつゆっくりと進んだ。4日目、街道の途中で、マーペリア辺境伯夫人が迎えに来てくれた。夫人は、馬で来た。ヘレンも一緒だ。ヘレンが馬から荷物を下ろしていく。
「カザン、あなたはこの馬でマーペリア領へ戻りなさい。わたくしは、ヴィオとともにゆっくりと戻るわ」
「で、ですがっ!!」
「大丈夫よ。任せなさい。
あなた、辺境伯になるのでしょう?あなたの肩にいるのは、ヴィオだけではないのよ」
「カスト、私は大丈夫よ。お母様と一緒に必ず戻るわ。私たちのマーペリア領をお願いね」
『私たちのマーペリア領』そう言われるとカザシュタントは我に返った。
「ヴィー!わかったよ。義母上、何日かかっても構いません。どうかヴィーをお願いします」
「毎日、早馬を出すわ。それなら安心でしょ?ふふ」
「ハハ、そうですね。早馬を待ってますよ。では!」
カザシュタントは、二人の護衛兵士とともにマーペリア領へと向かった。
ヴィオリアたちがマーペリア辺境伯城に戻ってきたのは、それから10日後であった。早馬で到着することを知ったカザシュタントは、玄関前で待っていた。馬車が着くなり、ドアを開けて乗り込み、ヴィオリアを姫抱きにして、出てきた。ヘレンもすぐ後に続く。
そのまま、寝室へと運び、待機させていた医者へ託した。
一度、下へ戻り、夫人や護衛兵士たちにお礼と労いの言葉をかけて、寝室へ戻ると、メイドが部屋の前にいた。
「只今、診察中なので、どなたも入れるなと、お医者様に言われております」
「俺は旦那だぞ?なぜダメなんだ?いいから通すんだ!」
「なりません。少しだけです。もう少しだけ、お待ちくださいませ」
カザシュタントとメイドが押し問答をしていると、中からヘレンが扉を開けた。
「もう大丈夫ですよ。中にどうぞ」
カザシュタントは、ヘレンを手で避けるように入っていった。
医者とは反対側のベッドの縁に座り、ヴィオリアの手をとる。
「何の病気か、わかったのか?」
医者の顔も見ず、ヴィオリアの額を撫でながら、ぶっきらぼうに聞く。
「ほほほ、新しい辺境伯様は、ご夫人がよほど大切なようじゃな。
オメデタですよ。3月といったところでしょう。年の瀬には、家族が増えますよ」
医者はそういうと、片付けをしてヘレンとともに部屋を出た。
小一時間ほどしてから、辺境伯夫婦が、カザシュタントとヴィオリアの部屋に行くと、カザシュタントはベッド脇の椅子に座りヴィオリアの手を握ったまま、ベッドに頭をつけて寝ていた。ヴィオリアはベッドで、すやすやと寝ていた。二人は、医者とヘレンに話を聞いていたので、そのままそっとしておいた。
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ヘレン:「奥様、ご推察通りでございました」
辺境伯夫人:「そう。私に変なとこ似ちゃったわねぇ。しばらく大変だわ。ヘレン、料理長とメイド長に伝えておいて」
ヘレン:「はい。失礼いたします」
辺境伯:「ふぅ。わしもこれで引退か。どこか旅行にでもいくか?」
辺境伯夫人:「何をおっしゃっておりますの。あと5年は無理ですわ。子育ては大変ですのよ。わたくしもお義母様に助けていただきましたもの」
辺境伯:「さようか。なら、また魔法士ども走ってくるかの」
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