3 魔獣討伐を視察
その後、そのご令嬢ヴィオリアとは、朝食や夕食でそれぞれが時々顔を合わせた。三人も、またマーペリア家の三人も、朝食や夕食に時間を合わせているわけではない。たまたま、それぞれの時間で、顔を合わせることもある、という具合だ。なかなか距離が縮まるものではない。
しかし、鍛錬の時間は違う。ヴィオリアは、帰ってきて、2日目には、鍛錬に参加していた。槍の扱いに関しては、新人たちより上であった。ヴィオリアの鍛錬を見た三人は、かなり感心しており、ヴィオリアを他の者とかわりなく指導していく。そうして、関わりをもってくると、屋敷での雰囲気も親しげになってくる。三人は、ヴィオリアに対してかなり好印象になっていた。
三人とも、「ヴィオ」と呼ぶし、ヴィオは、それぞれを「さん」付けで呼ぶようになっていた。
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王都騎士団と辺境伯軍とは、役割も戦闘も大きく異なる。
王都の騎士団だと、警護、警備、警邏が主である。野盗や反乱鎮圧などは時々だ。他国との戦争に関しては、ここ数十年ない。どちらにしても対人である。スタンピード〈魔獣暴走〉でもあれば、魔獣討伐にも行くが、各方面の辺境伯軍の間引きのおかげて、それもここ十数年起きていない。
それに対して、辺境伯軍は、定期的に間引きを行っているので、対魔獣には、対応できることは必須だ。また、予算的に魔法士団が、少ないことも、戦闘方法が接近戦となり、恐怖心を持ちやすい点もある。
王都騎士団と辺境伯軍との、鍛錬の内容の差は、対人か対魔獣かの差である。魔獣は種類によって急所が異なるのだ。更に皮膚は分厚いものが多い。そのための槍訓練だ。
対人の剣に自信のある冒険者が、初めての大物魔獣討伐で命を落とすということもざらだ。
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カザシュタントたちが来てから、3週間がたった頃、日帰りの魔獣討伐が行われることになった。これは、毎年新人研修に必ず行われるものだ。
3組に分け、1日1組ずつ研修討伐に向かう。カザンたち三人、ヴィオリア、辺境伯、軍隊長数名は、3日間参加する。
この訓練に、魔法士は、参加しない。辺境伯軍の魔法士は、とても人数が少なく、各部隊に1名でさえいない部隊もある、森の浅いところで行う訓練ぐらいでは、魔法士は割けない。
ちなみに、三人は地方視察へ度々行っていたので、魔獣討伐の経験は何度もある。ヒグマの倍ほどの大物を討伐したこともあるのだ。
魔獣討伐訓練の前日、たまたまヴィオリアとカザシュタントは、夕食の時間が重なった。
カザシュタント:「ヴィオは、魔獣が恐ろしくないのか?」
ヴィオリア:「恐ろしくないわけではないですよ。一番槍は、今でもドキドキするし」
カザシュタント:「一番槍って!参加するのはわかるが、ヴィオが討伐する必要はないだろう」
ヴィオリア:「なぜです?経験していかないと、いざというとき動けないじゃないですか」
カザシュタント:「そうかもしれないが」
ダニエルとフレデリックも、夕食を食べにきた。
ヴィオリア:「初槍まで、4年かかったんですよ、私。最初は母のところで泣いてばかりでした」
フレデリック:「えー!ヴィオは、いつから魔獣討伐訓練に参加してるの?」
ヴィオ:「10歳からよ。14歳の時に初めて魔獣に槍を刺したわ。もうほぼ動けない状態の魔獣だった。それでも怖かったわ」
ダニエル:「辺境伯教育ってすげぇな」
カザシュタント:「夫人も訓練に参加していたのか?」
ヴィオリア:「ええ、私が初槍するまで、ね」
フレデリック:「見かけではわかんないもんだね。ハハ」
話の流れで、カザシュタントとヴィオリアは、お茶をしながら、ダニエルとフレデリックの食事に付き合う。
ヴィオリア:「新人研修なら、森の浅いところだけだから、今は平気よ。
でも、去年の冬前、初めて奥へ同行させてもらえたの」
ヴィオリアが少し躊躇した。
カザシュタント:「それで…」
カザシュタントが促す。
ヴィオリア:「怖くて何もできなかった」
カザシュタント:「そうか…」
フレデリック:「初めてだったんでしょ。当然じゃないか」
ダニエル:「そうだぜ。同行しようとするだけすげぇよ」
カザシュタント:「幼い時から、一歩ずつ進んできたのだろう。慌てる必要はない」
ヴィオリア「うん。……。
でも、明日からの訓練は、任せておいて!」
カザシュタント:「ああ、ヴィオの勇姿見せてもらおう。ハハハ」
笑顔で解散した。
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宣言通り、初日の一番槍は、ヴィオリアだった。怯えることなく、冷静に対応できていた。積み重ねてきたのだろう。
ヴィオリア:「カザンさん、見てくれた?」
カザシュタント:「ああ、ヴィオ、すごいな。ヴィオのおかげで、新人たちのやる気が増したよ。ずっと頑張ってきたんだな」
カザシュタントは、何の気なしに、ヴィオリアの頭をヨシヨシというように撫でて、新人たちの元へ歩いていった。残されたヴィオリアは、頬が熱くなるのを感じた。
そして、予想通り、対魔獣について、対応できる者と対応できない者にわかれた。
ヴィオリア:「ねえ、ダニーさん、そんなに魔獣討伐って怖いものなのかしら?」
ダニー:「覚悟の違いか知識の違いか。どちらにしても、対応できなかった者たちは、辺境の森について甘く見ていたってことだろうな」
訓練3日目、終了。約半数が、王都へ帰還する決断をした。決して彼らの実力がないわけではない。それだけ、対人と、対魔獣は違うということだ。
その日の夜、酒の席を設け、若者たちに自信を失くさせないために、辺境伯も、軍隊長たちも、カザシュタントたちも、若者たちを励まし続けた。
翌日、待機していた馬車で王都へ戻っていった。ヴィオリアは、毎年のことであるが、とても寂しい気持ちになってしまうのだ。
カザシュタント:「ヴィオ、君が気にすることではないぞ」
ヴィオリア:「そうかしら?やり方を変えたら、彼らは残ってくれたかもしれないわ」
フレデリック:「新人は毎年くるし、魔獣は新人が育つのは待ってくれないですからね。順応能力の高い者を育てる方が、効率がいいでしょうしね」
ヴィオリア:「フランさんは、随分冷静なのね」
カザシュタント:「彼らに未来がないわけではないんだぞ。あいつらなら、王都で活躍できるだろう。ここで習ったことは、あいつらにとって無駄にはならないさ」
ヴィオリア:「無駄じゃない?」
カザシュタント:「ああ、ヴィオはそれを気にしていたのか。ハハハ。ヴィオは優しいのだな。大丈夫だ。あいつらにとって、ここでのことは、いい経験になってるさ」
カザシュタントは、またヴィオリアの頭をヨシヨシというように撫でいく。残った者たちの指導に行くのだろう。
フレデリック:「ヴィオ、君も鍛錬は体に嘘をつかないことを知ってるでしょう。彼らの体にも鍛錬は残っていますよ」
フレデリックはヴィオリアにそう言って、カザシュタントを追った。ヴィオリアの頬がほんのり赤いことにフレデリックが気がついたかは、わからない。
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それからもヴィオリアは、時々鍛錬場に来ては、新人たちと同じ訓練をしていった。三人は、とても眩しい気持ちでそれを見ていた。
屋敷での4人は、朝食の後お茶をしたり、夕食の後カードゲームをしたりと、マーペリア辺境伯領視察の夏が過ぎていった。
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