5 トリベールからの手紙
フレデリック:「なあ、ダニー!トリベール領へ行ってもう一月だぞ!帰ってこないって、おかしくないか?」
ダニエル「フラン、俺の部屋まできて、愚痴かよ。酒、頼んでくるよ。座ってろ」
ダニーは、メイドに酒とつまみとカザシュタントへの伝言を頼んだ。しばらくすると、酒より先にカザシュタントがダニエルの部屋へやってきた。
カザシュタント:「この三人でゆっくり飲むのも久しぶりだな」
ダニエル:「俺の部屋でよかったですか?」
カザシュタント:「フランが遠慮しないなら、問題ないさ」
フレデリック:「なら、問題ないな」
ダニエル:「フラン、お前は少し、俺に遠慮しろよ」
フレデリック:「仕方ないだろ?僕の部屋はセシルとの部屋なんだから」
ダニエル:「チェッ!結局、俺だけ一人者ってことかよ」
結婚が決まっているダニエルは、口ほど拗ねてはいない。メイドが酒とつまみを持ってきてくれたので、ソファー席で三人飲み会が、始まった。
フレデリック:「だからさ、セシルのことだよ。一月も帰ってこないんだよ。僕たちが新婚って、母上も知ってるよね?」
カザシュタント:「セシルさんから、3日と置かずに手紙が届いているじゃないか」
ダニエル:「そうだよ。距離から考えたって、俺とアンジェより余程ましじゃないか」
フレデリック:「ヘタレダニーと一緒にするなよ」
ダニエル:「おまっ!人の部屋で飲んでおいて、それかっ!」
カザシュタント:「ハハハ、ダニー、それほどお前に気を許してるのさ、勘弁してやれ」
フレデリック:「一度持ってしまうとさぁ、持つ前の自分には、戻れないんだよぉ。ベッドで1人寝って、こんなにツラかったかぁ?」
フレデリックは、酒のペースが早すぎだ。
カザシュタント:「ほぉ、そんなものか」
ダニエル:「俺から見たらただの惚気だぞ」
フレデリック:「カザンさんも覚悟した方がいいですよっ!って、ここヴィオの家だぁ!カザンさんが一人になることありえないんだぁ。いいなぁ」
このフレデリックの言葉はまるで予言のようだ。カザシュタントは、この時のフレデリックの気持ちを痛感する時が来る。
三人の惚気なのか、愚痴なのか、気の置けない飲み会は、深夜まで続いた。
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フレデリック:「くぅ、久しぶりに飲みすぎたな」
フレデリックは頭を押さえながら、食堂室へと向かった。
「フラン、おはよう」「フランさん、おはよう」
カザシュタント夫妻が笑顔で迎える。
フレデリック:「おはようございます。カザンさんは、相変わらず、酒に強いですね。
あ、メイド長、僕、今朝はフルーツだけでいいです」
メイド長:「畏まりました。こちらをお飲みください」
メイド長が、緑色のドロッとした飲み物をフランに渡す。
フレデリック:「うわっ!何これ?」
ヴィオリア:「マーペリア家に伝わる胃腸薬よ。お父様も二日酔いのときには、必ず飲んでいるわよ。始めてだなんて、フランさん、お酒我慢していたの?」
ヴィオリアは気遣わしげだ。カザシュタントの側近に遠慮させていたとしたら、妻として考えねばならない。
フレデリック:「いや、元々こんな風に飲むのは、好きじゃないんだ。ただ、昨夜は、さ」
ヴィオリア:「ふふふ、セシルさんがいなくて、淋しいのね」
ヴィオリアにからかわれて、フレデリックは苦笑いだ。ダニエルもやってきた。挨拶をかわす。
ダニエル:「なんだよ、フラン。二日酔いか?珍しいな。王都で女に振られて以来じゃないか?」
カザシュタント:「おお、そういえば、そういうこともあったな。王都の小物屋の…。名前までは覚えてないが、あの時のフランもすごかったな」
フレデリック:「ヴィオが聞いてるんですよ。もうやめてくださいよ。ダニーも変なこと言うなよっ!」
メイド長とメイドが、フルーツ盛り合わせと普通の朝食プレートを持ってきた。
ヴィオリア:「あら?是非聞きたいわ。フランさんって、本当にそういう話が尽きないのね」
城下町でのセシルとの噂話のことだろう。
フレデリック:「ヴィオ、僕は普通だよ。カザンさんとダニエルが奥手すぎるんだよ。カザンさんなんて、ヴィオに会えなかったら、どうなってたか、想像できるだろ?」
カザシュタント:「それは、言えてるな。おかげで今は、大変幸せ者だ」
カザシュタントは、ヴィオリアの髪に手を伸ばして、髪を梳く。ヴィオリアもそれを受け入れ、カザシュタントに笑顔を向ける。後ろに控えるヘレンも、とても嬉しそうだ。
ダニエル:「はいはい、朝からご馳走さまです。俺が一人者ってこと、忘れないでくださいねぇ」
みんなが笑った。
メイド長:「フレデリック様に、お手紙ですよ」
フレデリック:「はい。あ、母上からだ。珍しいな」
カザシュタント:「バレー伯爵夫人から?フラン、開けてみろ」
カザシュタントは、タイミングがおかしいと感じた。カザシュタントの指示で、メイド長がペーパーナイフをフレデリックに渡す。
手紙を読み始めるフラン、みんなは食事を続けている。
『ガッタン!!』
ダニエル:「フラン!どうしたっ?」
急に立ち上がったフレデリックは、顔色がなくなっている。
フレデリック:「セ、セシルが、」
みんなの肩が、ビクッとする。心配して、空気が張り詰める。
フレデリック:「セシルが妊娠しているみたいだって」
一瞬の静寂。その後、カザシュタントもヴィオリアもダニエルもメイド長もメイドたちもお祝いの言葉を紡ぐ。
カザシュタント:「フラン、2週間休暇をやる。トリベールへ行ってこい。年末には、戻ってこい」
ダニエル:「ほら、早く支度してこいよ。後は、任せとけっ!」
フレデリック:「あ、あ、ああ。カザンさん、すみません。そうさせてもらいます。
メイド長、胃腸薬、ありがとう。お陰ですっきりしたよ」
メイド長:「マーペリア家の秘伝ですから。ふふ」
フランは、部屋へと戻った。
フランが支度をして、玄関へと行くと、マーペリア辺境伯夫妻までもがいた。
辺境伯:「フラン、せっかく子供ができても、お前に何かあったら、意味がないぞ。護衛だ、二人連れていけ」
そこには、フランもよく知る兵士が2人いた。
フレデリック:「ご厚意、感謝いたします」
ヴィオリア:「フランさん、これサンドイッチ。あちらの二人にも渡してあるから」
フレデリック:「ヴィオ、ありがとう。明日から一人で大変だけど、ごめんね」
ヴィオリア:「何言ってるのっ!私なら、カストもダニーさんもいるわっ」
フレデリック:「そっか。では、いってきます」
「「いってらっしゃい」」「気をつけてな」
フレデリックと護衛兵士は、馬に乗って城門を出ていった。
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その夜、カザシュタント夫妻の部屋では、いつもよりも甘えたヴィオリアがいた。カザシュタントもいつも甘いが、いつもよりももっともっと甘やかしていた。
ダニエルは、アンジェラに長い長い手紙を書いていた。
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翌日、マーペリア辺境伯夫妻が、王城での年末年始の夜会へ出席するため、王都へと、出発した。マーペリア辺境伯家では、ヴィオリアたちに子供ができるまでは、爵位は譲られないことになっているので、それまでは、夜会の義務がカザシュタントの番にはならないのだ。
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