3 腕相撲
ヴィオリアがカザシュタントと自分の分の肉の皿を持ってきた。
ヴィオリア:「カスト、お疲れ様でした。どうだった?」
同じテーブルには、フレデリックとダニエルもいて、真ん中にパンとサラダが置かれていて、好きにとっていいスタイルになっている。ヘレンとセシルが世話をやいてくれている。
ヴィオリアは、カザシュタントのトレーにパンをのせ、サラダを取り分けながら、話しかける。
カザシュタント:「なかなか面白かった。俺は追い込みをやったんだが、馬を急反転させたりが、難しくてな、後ろから突撃されそうになったりしたよ」
ヴィオリア:「まあ、危ないわねぇ。ふふふ」
いたずら小僧みたいなカザシュタントに、ヴィオリアは笑みが溢れる。
カザシュタント:「バイソンたちは、子供を守ろうと必死だからな。こちらも気を抜けない。下手したら怪我じゃすまないからな」
実際、数年に1人くらいは、大怪我をしている。だいたいは、勇出た若者だ。
カザシュタント:「ヴィーは、見に行ったことはないのか?」
ヴィオリア:「うん。これはばっかりは、男の祭だからって、お父様は、決して連れていってくれないの。何度もお願いはしたのよ」
カザシュタント:「そうか、そういうものなのか。俺はヴィーと行きたいけどな」
ヴィオリア:「ありがとう。でもね、こうして、カストとこの領を継ぐってはっきりしたら、伝統も大切にすべきじゃないかなって思えてきたの。だから大丈夫よ。来年も再来年もここで待ってるわ」
カザシュタント:「ヴィー、待っててくれる人がいるって。俺は幸せもんだな」
二人が世界を作っている間に、こちらは食欲全開だ。
フレデリック:「うわっ!これ、美味しいなっ! で、ダニーは、どうだったんだよ?」
フレデリックが、肉を頬張り、ちきんと飲み込んでから、ダニエルに降る。
ダニエル:「をれば、ばいほんのあじをぎっだ」
フレデリック:「お前さぁ、一応男爵なんだから、それはやめろっ!」
ダニエル:「ごっくん!すまんすまん。俺は、兵士の方だな。バイソンの足切って転ばせたんだぜ」
こちらも、いたずら小僧みたいにキラキラした目で、報告している。
フレデリック:「っだよなぁ!来年は僕だからな」
ダニエル:「でな、昨日の夕飯は、バイソンの心臓焼き肉だったんだよ。これが臭くてくせになる美味さでさあ。また食いたいなあ」
フレデリック:「だから!来年は僕だってばっ!」
フレデリックは、やけ食いのように口に詰め込んでいる。伯爵子息のフレデリックにしては、珍しい。それほど美味くて、それほど悔しいのだろう。
セシル:「フラン、そんなに食べて大丈夫なの?」
フレデリック:「大丈夫だよ。セシルに看病してもらうから」
セシル:「んも、それじゃあダメじゃないのぉ」
ダニエル:「ちぇっ!結局俺だけ1人じゃないかっ!来年も俺が行く!」
フレデリック:「ばっかっ!お前がヘタレなだけだろう。ワハッハ」
その後も、カザシュタントとダニエルが今までにないほど、興奮して話をしていた。ヴィオリアとセシルは、楽しく聞いていたが、フレデリックは、悔しそうだった。
ヴィオリア:「男の人の楽しそうな気持ちは、毎年なのに、理解できないわね」
セシル:「そうですよね。私は毎年、食べるだけでしたけど、思っているより、お城は大変だったんですね」
ヴィオリア:「カストとダニーさんを見たでしょう。大変なのは、女と料理人だけよ」
男と女では、印象がずいぶんと違うらしい。
ヘレンが、何度か肉を運んでくれて、みんなお腹一杯になった。
ヘレン:「今年のバイソンの肉は、臭みがまったくなく、本当に美味しいと、領民からも評判がいいそうですよ」
魔法士たちの冷凍作戦が大成功だったのだろう。評判は上々だ。
お腹一杯な5人は、兵士たちの様子を見に行くことにした。すでに、みんなお腹を満たされたらしく、芝生で寝転ぶ者、芝生に座って酒を飲む者、芝生でレスリングをしている者。つまり、テーブルと椅子を使っている者がいない。
ヴィオリア:「ヘレンたちと片付けてくるわ」
セシル:「私もいきます」
ヴィオリア:「ありがとう、セシルさん」
ヴィオリアとセシルとヘレンは、城へと戻っていった。
そのうち、レスリングのまわりに自然に輪ができて、応援やら罵声やら、まわりも興奮してきた。
誰が、言い出したのか不明だが、「5番隊が3番隊に勝った!」だの、「7番隊が1番つえぇ!」とか、なぜか隊単位の戦いになっていった。魔法士たちは、もっぱら冷やかし隊だ。
「おーし!次は3番隊代表のオレだ!」
「9番隊が、引導を渡してやろう!」
などとやっているのを、たった一つ残ったテーブルで、ワインを飲んでいる辺境伯と各隊の4人の隊長たち。隊長が認めているなら、いいだろう。
なんて、穏やかに終わるはずもなく、最終的に、隊長たちの腕相撲になることが、これまた風物詩だ。
カザシュタントたちは、芝生の空いてるところで、子どもたちを相手にレスリングをしていた。ダンスが理由か、行軍が理由かはわからないが、カザシュタントとダニエルとフレデリックは、子どもたちに人気者だ。
片付けを終えて、ヴィオリアとセシルが、メイドとともに飲み物を持ってきてくれた。子どもたちと休戦していると、隊長たちの腕相撲は、すでに終盤のようだ。
どうやら、3番隊のギー隊長が勝ったようだ。
カザシュタント:「最後に俺が出ると、カッコがつくかな?」
カザシュタントが、テーブルに近づいた。兵士たちは、大盛り上がりだ。ダニエルとフレデリックは、呆れている。
9番隊隊長イレーウルが、審判をやるようだ。ギーとカザシュタントは、テーブルに中腰で左手でテーブルを掴み、右手を組む。
イレーウル:「よーい!スタート!」
ガッツ!!テーブルが軋むような音がした。ギーが押しているようだ。カザシュタントの右手がもうすぐテーブルにつく!、というとき、ググググ、ギー隊長の腕はスタートまで戻され、そのままテーブルに手の甲が付いた。一瞬の静寂。そして、大歓声!カザシュタントとギーが握手をした。ダニエルとフレデリックは、カザシュタントがどれだけ腕相撲が強いかを知っていた。恐らく、騎士団で、1番強かったであろう。最後の1年は、カザシュタントに挑む者さえいなかったので、『恐らく』である。
初めて見たカザシュタントの姿に、ヴィオリアはまたしてもドキドキが止まらなくなってしまったのだった。
その後、隊単位の戦いは止め、兵士たちも子どもたちとレスリングをしたり、女の子たちは、ヴィオリアやヘレンにダンスのステップを教わっていたり、カザシュタントに1対2で腕相撲に挑み負けた新人がいたり、ほぼほぼ兵士たちは、酔っぱらいの状態で、夕方を迎えたのであった。
1番隊の兵士は2番隊の兵士たちと、1番砦で、夕食にバイソンを食べている頃だろう。明日には、国境砦の6番隊にもバイソンが届くだろう。
マーペリア辺境伯領地の冬始めの味覚を楽しんだ兵士たちであった。
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ダニエル:「カザンさんって、ほんと、時々大人気ないっすよね」
カザシュタント:「おいおい、初だからだぞ。来年はやらないよ」
ヴィオリア:「え?見られないの?」
フレデリック:「ヴィオ!やめてくれっ!」
カザシュタント:「ヴィー、どうした?」
ヴィオリア:「さっきのカスト、ステキだったなぁって。」
ヴィオリアは頬を染めて俯く。ダニエルとフレデリックが顔を青くして後退る。カザシュタントが、表情を無くしてヴィオリアを見ている。
カザシュタント:「そ、そうか、お、俺がステキか…」
カザシュタントが頬を赤く染めた。
ヴィオリア:「うん。カストが強いって聞いてるけど、なかなか見ることはないんだもの。カスト、かっこよかったよ」
『ドッカーン!』カザシュタントの脳ミソが火を吹いた。
カザシュタント:「よぉーし!ダニー!フラン!かかってこーい!」
「「遠慮しまーす!」」
二人はとうに遥か向こうであった。カザシュタントは、追いかける。
少年のようなカザシュタントに、またしても恋をしてしまうヴィオリアだった。
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