2 辺境伯軍を視察
次の日は、完全休養とし、3日目に辺境伯軍の鍛錬場へと赴いた。
辺境伯軍は、王都の騎士団と比べると、剣の切れ味や人の弱点を付くというよりは、力で押し勝つような鍛錬であった。なので、剣だけでなく、槍の鍛錬もある。
今まで剣術しかやってこなかった新人たちにいきなり槍を持たせるわけにはいかないので、まずは、剣の実力からみていく。その上で、新人と軍人と合わせて組分けしていく。この組により、鍛錬日、砦日、休養日も異なる。カザシュタントとダニエルとフレデリックは、担当する組を決め、それぞれ自分で、休養日を決め、前もって他の二人に伝える。まかり間違っても、三人同時に休養するわけにはいかないのだから。
「普段は軍隊長たちがそれらをやるのだが、この人数では、やりきれんかった。三人には、世話になるが、よろしく頼む」
軍隊長たちが軽く頭を下げる。三人にしてみれば、ブラブラと視察するより、余程居心地がいいので、気にされなくても問題ない。三人は剣術はもちろん強いが槍術も棒術も強いと言えるし、ダニエルは体術、フレデリックは弓術も得意である。カザシュタントは、ほぼすべてが上位クラスだ。
一週間もすると新人たちの体つきもかなり変わり、鍛錬に槍術も含まれるようになった。元々、戦闘的に問題のない者たちばかりだ。槍術に慣れるのにも時間はかからなかった。
二週間目が終わる頃、朝から若い兵士たちが浮わついていた。カザシュタントは、眉を寄せる。まだ、気を緩める時ではないはずだ。
「夕べ早馬が来て、今日中に『戦乙女』が到着するって連絡がありました。早馬の兵士が寄宿舎でしゃべったんでしょうね」
フレデリックの説明に、そういえば『戦乙女』の話をしたな、とカザシュタントは少し考えた。がそんなことは、カザンには関係ない。
無情にも鍛錬の内容を厳しくされた新人兵士たちは、付き合わされることになった軍人たちに小突かれながら、走っていった。
昼過ぎに、十数名の護衛騎馬隊と馬車が到着したのだが、カザシュタントの睨みのおかげで、鍛錬当番の者たちは、お出迎えに行けなかった。休日当番の者たちは、我先にと玄関に並び、『戦乙女』の笑顔にヘラヘラしながら寄宿舎へ戻ってくるのであった。
その日の寄宿舎の夕食は、その話題で持ち切りであった。
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その日、三人は、辺境伯から夕食の誘いを受けた。服装は気にしなくていいとは言われたが、一応、持参したものの中で一番上等な物を着た。カザシュタントの部屋の前で落ち合う。三人とも同じような服装のはずだが、フレデリックはこういうとき、何か違う。これが伯爵の血なのか?
三人が食堂へ行くとすでに辺境伯は正面に座っており、辺境伯の右側には、辺境伯夫人と、お嬢様と思われる女性がいた。
辺境伯夫人とは、初日に挨拶もしたし、何度か朝食や夕食で顔を合わせていた。
お嬢様と思われる女性は、ご令嬢にしては短いが背中の中程までの髪は艶やかで、肌も白く、夫人にとても似ており可愛いというよりは美人であった。
「本日は、お招きいただき…」
「挨拶はよかろう、まあ、座ってくれ」
辺境伯は、カザシュタントの言葉を止め、辺境伯の左側に案内した。
「堅苦しいのは、苦手でな。
今日、娘が、夏休みで、学園から戻ってきたんだ。これから、鍛錬などでも世話になるだろうから、顔見せしておこうと思ってな。
ヴィオリア、ご挨拶だ」
「マーペリア辺境伯が娘ヴィオリアです。よろしくお願いしますわ」
座ったままなので、頭を下げるというより、少し小首を傾げた形だ。その仕草が可愛いらしく、三人は、少し戸惑う。
「ノーザンバード子爵家が三男カザシュタントです。こちらでは、カザンと呼ばれておりますので、ヴィオリア嬢もそうお呼びください」
二人も挨拶をし、それぞれ、愛称も伝える。
「では、私のことも、ヴィオとお呼びください。私、敬語が苦手なので、みなさんが気さくな感じでよかったわ」
ヴィオリアは、話すと見かけよりずっと明るく元気な印象だった。
三人も学園の卒業生なので、学園の話はとても盛り上がった。お酒の話になると、ヴィオリアは現在、最上級学年で、「秋には成人するの。お酒をお父様と飲めることが楽しみだわ。」と嬉しそうに話した。
そうして、和やかに食事は進んだ。
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食事後、なんとなく、三人はカザシュタントの部屋に集まった。メイドが気を利かして、お酒とツマミを用意をしてくれ、席をはずす。
ダニエル:「なんかさ、思っていたより、あれだったな。『戦乙女』なんていうから、もっと、こう、すごい感じかと思ってたよ」
フレデリック:「なんだ、ダニー、見習いの鍛錬場に指導に行ってるだろ?見たことないの?」
ダニエル:「記憶にないなぁ。フランは見たことあったのかぁ。部隊長は、知らなかったっすもんね」
カザシュタント:「見習いへの指導はお前たちに任せていたからな」
フレデリック:「僕も見かけたのは一度だけだよ、それも遠くから。あんなに美人だとは知らなかったよ。ただ、長身でスレンダーな女性ってことは知ってたよ。
隊長副隊長あたりは、最近よく鍛錬場へ行ってるって話を聞いたよ」
カザシュタント:「何をするためだ?」
ダニエル:「大方、『戦乙女』を見に行ったってとこだろうな。ハハハ
まあ、噂の『戦乙女』があれなら、わからなくもないな」
フレデリック:「ダニー、隊長たちのこと、部隊長に悪い噂だけを流すなよ。一応、書類上は、見習い指導ってなってるんだから。彼女も見習いたちと鍛錬していたみたいだからね」
カザシュタント:「なるほどな、ここ何年か、その申請が、多いと思ったよ」
フレデリック:「ハハハ、その甲斐あって、今年の新人は、いつもよりできる感じしますよね。剣術だけならいい感じでしたよ」
カザシュタント:「そうだな。王都なら、すぐに警邏隊に回しても良さそうなのもいたな。それにしても、やつらは、何を目的に見習い指導に行っているんだ?」
ダニエル:「あわよくば、『戦乙女』殿と顔見知りになりたいでしょうね。下心丸出しで。プププ」
カザシュタント:「ん?団長のご子息の婚約者殿って言ってなかったか?」
フレデリック:「部隊長って、ほんと、世間に疎いとこありますよね。その次男坊が、最近、ダメらしいって噂ですよ」
ダニエル:「あ、それ、俺も聞いたわ。学園で出会った女生徒にメロメロなんだろ?2番隊に行ったときに聞いた。酒が入って『じゃあ、オレがもらうぅ』とかなんとか、そこにいない令嬢を取り合ってて笑った。まあ、『戦乙女』を知れば、納得だわ」
フレデリック:「僕も、どこかの隊のやつから聞いたよ。それに、見習いたちに、『ウズライザーさんが女を連れてきて鍛錬の邪魔だから、どうにかしてくれ』ってのも、言われたな」
カザシュタント:「ウズライザー??」
ダニエル:「次男坊の名前ですよ。何、その女生徒も鍛錬してんの?」
フレデリック:「まさかぁ!!次男坊の汗拭き係なんだってさ」
カザシュタント:「は?施設長は何をしてるんだ?」
ダニエル:「団長のご子息ですよぉ。施設長ごときで文句言えるわけないでしょう。俺も躊躇するかも。ハハハ」
フレデリック:「部隊長は、真面目ですねぇ。そんなバカは相手にしないに限るんです。そんなのを気にしているのは、大体同世代のやつらですよ。成人してるかしてないかぐらいのやつらからすれば、目に余るんでしょうね。
辺境伯令嬢と婚約しているんですから、今だけ羽を伸ばしているんでしょう」
ダニエル:「2番隊のやつらには、『もうすぐ婚約解消だろう』ってきいたぜ」
フレデリック:「(次男坊が)ダメだとは聞いてるけど、婚約は家の問題なんだから、婚約解消はないだろう。やつらの願望なんじゃないのか?」
ダニエル:「かもなっ。ハハハ」
本当は、すでにヴィオリアの婚約は白紙にされているのだが、秘匿事項なので、三人はまだ知らない。こうして、夜は更けていった。
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