3 ダンス
今日はカザシュタントとヴィオリアの結婚お披露目の日だ。今日から1週間、城下町では、毎日のように宴は続き、カザシュタントの任命式の日で宴は終わる。
例年は、収穫祭として行われているが、今年はいつも以上に盛り上がりそうだ。
マーペリア辺境伯領地からのお客様ももちろん、近隣の領地からも遊びに来る人もいる。数日前から、宿屋はどこも満室である。更に、隣の砦町からの辻馬車は、いつもより朝早くから、軍の馬車を貸し出してまで本数を増やしている。
城正門は、今日は開け放たれており、城前の広い芝生の東側の端には、大きなテントが城壁に沿って5つ並び、その中にはたくさんの料理や飲み物が並んでいる。そのテントの前にはテーブルや椅子が並べられ、すでに食べ始めている人もいる。
西側は、ダンススペースになっており、楽団が、準備万端、待っている。
城内の宴は、今日と任命式の日だけである。例年も初日と最終日だけである。
城下町では、マーペリア辺境伯軍のエンブレムにちなんで、様々なピンクの旗がはためいている。
城正門前の芝生には、城下町の人々が、屋台を出して、テーブルも並んでいる。
城正門からまっすぐ伸びる道の突き当たりは、城下町の広場だ。ここにも広場を囲むように屋台とテーブルが並び、すでにお客様が並んでいる。広場の真ん中は、ダンススペースになっていて、端には小さな楽団がすでに楽しげな音楽を流し、子供たちが自由に踊っている。
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城前に設置された舞台に、マーペリア辺境伯様と、カザシュタントとヴィオリア、フレデリックとセシル、ダニエルとアンジェラが並び、辺境伯様の紹介に応じて、手を振っていく。
代表して、カザシュタントが挨拶する。
「先日、王都での結婚式で、マーペリアの姫様であるヴィオリアを、私の妻として貰い受けました。その分、マーペリアには、たくさんのことを返していきたいと考えています。
今日は、私達のお祝いの宴に来ていただいて、ありがとうございました。どうぞ、楽しんで行ってください」
カザシュタントが頭を下げるタイミングで、他の5人もカーテシーと騎士礼で合わせた。
会場中から拍手が響く。
三組は、そのままダンススペースへと移る。
「え?俺たちも??」
躊躇するダニエルの尻に、フレデリックが膝蹴りを軽く入れる。
「流れを壊すなよ。アンジェラちゃんの顔を見ろっ」
ダニエルがアンジェラの顔を見ると、アンジェラは、不安気だった顔を無理に笑顔に変えた。ダニエルは、そんなアンジェラに小さな声で「ごめん」と呟いた。
「ア、アンジェ、俺と踊ってくれるかい?」
「ダニーさん、嬉しいわ」
三組がそれぞれの場所に立つと、待ってましたとばかりに優雅な音楽が奏でられる。城下町の子供であろう女の子たちは、絵本から出てきたような王子様とお姫様を憧れの眼差しで見ている。
「ダニーさん、すごく踊りやすいわ。練習したのね」
「アンジェこそ、足元が軽いね、練習したのかい?」
「だって、ダニーといたら、踊ることも多くなりそうでしょ?」
言葉の意味を理解したダニエルは、真っ赤になっていた。
「そのドレス、すごく似合ってる」
「ほんと?嬉しいわ。ありがとう」
「お、俺、ちゃんとするから」
「うん」
アンジェラは、可愛らしい笑顔をダニエルに向けた。ダニエルは、更に真っ赤になって目を反らしてしまった。
『これ以上、アンジェを見ていたら、我慢できなくなっちゃうよ。』
「セシル、キレイなカーテシーだったね。ずいぶんと練習したんだろう?」
「ふふ、お義母様とお義姉様に教わったし、ドレスを作ることにしてから、ヴィオさんと練習したの」
「カスト、挨拶、慣れてるのね」
「視察とかは、とにかく行かされていたからな。少しだけ冗談を入れると受け入れられる。俺としては、真面目なんだがな」
「どこを?」
「マーペリアの姫様」
ヴィオリアが少しだけ揺らいだ。
一曲目が終わると、目を輝かせて待っていた9歳女の子たちとカザシュタントたちが、照れながら立っていた9歳男の子たちとヴィオリアたちが、二曲目を踊る。
二曲目が終わる時、6組が会場へ頭を下げる。それぞれ腕を組んで、ダンススペースから下りれば、再び音楽が鳴り出し、ダンススペースはあっという間に、カップルたちでいっぱいになった。
毎年、行われる収穫祭。この日は平民であろうと城前で、貴族のダンスを踊れるのだ。町のお姉さんたちから小さな娘まで、この日を楽しみにしているので、平時の町では、あちこちで女の子たちが練習している姿が見られる。意中の女の子がいる男の子たちは、夏になるころには練習を始めて、その女の子にお誘いをかけるのだ。意中の男の子がいない女の子たちは、城前のダンススペースにいれば、軍人さんたちが交代でお相手をしてくれる。
6組の可愛らしいカップルは、舞台の前で手を振ってわかれた。6人は、舞台の後ろに立てられたテントへと下がる。テントには舞台側から見えないように布が張られており、テーブルと椅子が用意されていた。6人が座るタイミングで、メイドから飲み物が配られた。
「あの子たちは、決まっていたのか?」
「ダニー、お前は何も知らないんだな。毎年、半分だけ成人した9歳子供の中から、区長さんが選んでくれて、練習してからくるんだよ。平民の子が、普通あんなに踊れるわけないだろう」
「なるほど」
「9歳の子供たちは、あの子達だけじゃないから、軍人たちやメイドたちで踊るのよ。私たちもこの後、お相手にいかなきゃ、ね」
「俺たちがいなかったら、どうしてたんだ」
「去年までは、丁度新婚の軍人さんか、お父様お母様と軍隊長夫妻が、やっていたのよ」
「来年からは、しばらく皆様のお仕事になりそうですわね。王子様とお姫様と踊れるって、噂になっておりますわ」
料理を持ってきたメイド長が、楽しそうに話す。
「まあ!それは、楽しみですわね!」
アンジェラが、手をパチンとさせて、目を輝かせた。
「アンジェラさん、来年もお付き合いいただけるのねっ!うれしいっ!」
ヴィオリアのその言葉に、ビクッとした後、真っ赤になって反応したのは、ダニエルだ。
「はぁ…… ほんとにヘタレだなぁ」
フレデリックが呟くと、セシルがフレデリックに「こらっ」とばかりに肘打ちする。そこまでの一連を見て、みんなが笑いだした。
軽く食事を済ませた6人は、ダンススペースへと、繰り出し、待っていたお客様たちとダンスを楽しんだ。
フレデリックより優雅に踊れる軍人など皆無であるので、踊りたい人気一位であった。カザシュタントとダニエルは、バレー伯爵夫人のおかげで、ダンスのレベルは軍隊内で、上位だといえる。ただし、今日判明したのだが、ベルトソードにはかなわない。ベルトソードもさすがの伯爵家であった。
男性たちは、女性であれば、いくつの女性であろうと踊るのだが、ヴィオリアたち既婚者の女性は、子供と思われる男の子たちか女性とだけ踊ることになっている。
朝からヴィオリアのドレスの心配をしていたカザシュタントは、この決まりには心底感謝したのだ。
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