1 辺境伯敷地を視察
騎士団長が青年に声をかけた。
「カザン、来週から、南の辺境伯領地へ視察に行ってくれ」
『行ってくれ』とは言うが、命令だ。突然の命令なのに、普段の会話のようだ。
「南の辺境伯領地といいますと、マーペリア領ですね。了解いたしました。どの隊を同行させますか?」
カザンと呼ばれた青年カザシュタント・ノーザンバードは、『いつものことだ』と、突然の命令であることは気にしていない。今までも、地方の視察は何度も任されている。
カザシュタント・ノーザンバードは、王都騎士団所属、5人いる部隊長の一人だ。ノーザンバード子爵家の三男。学園時代から鍛錬場へ通いつめ、何のコネもなく、見習いから実力だけで部隊長になった26歳の青年だ。団長1人、副団長2人に次ぐ役職で、数名の隊長を統べる。隊長の中には学園時代の仲間もいる。
「隊はない。お前の側近二人は連れていけ。あとは、新人と見習いから、南の辺境伯領地への赴任を考えているやつらだ。辺境伯殿もご一緒だ。頼んだぞ」
「わかりました。我々は馬と馬車ですが、辺境伯様は?」
「おそらく馬だろう。馬で5日か、この年でよくやるものだ。俺なら、一週間かかるが、馬車を使うがな」
そうは言っているが、団長が動く時は国王陛下が動くか、緊急事態かだ。ほぼ、馬車にのってのんびりなどあり得ない。そもそも、飛ばすだけなら、誰よりも速く馬を走らせることができる方だ。馬は使い物ならなくなるが。
辺境伯と団長は同世代だ。辺境伯も同じような種族なのだろう。
ちなみに、上位貴族の馬車で1週間の距離でも、兵士騎士の馬車なら5日だ。『人間の』鍛え方が違う。『馬の』ではない。
4日後、朝早くから準備が始まる。馬と馬車を使い、兵士80名強、馭者を入れると100名を越える。思いの外大人数であったことに、カザシュタントは驚いた。
「辺境地だぞ。こんなに赴任希望がいるのか?」
カザシュタントは、自分の馬の世話をしながら、側近に聞いた。
「あぁ、『戦乙女』の領地だからっすかね。『彼女の盾に』なんて思っているやつらが多いんでしょう。ハハハ」
ダニエル・ゼルブラームが自分の馬に鞍を付けながら答える。ダニエルは、一つ下の25歳。男爵家の跡取りだったが、領地経営より兵士の方が性に合うと、弟に爵位を譲り、学園卒業後すぐ騎士団へ入団した。
「戦乙女?」
「部隊長のお耳に入ってませんか?マーペリア辺境伯様のご令嬢ですよ。なんでも、鍛錬場でのお姿から、そう呼ばれているらしいです」
フレデリック・バレーが馬を引いてきた。フレデリックはこう見えて伯爵家だ。『四男には、期待も責任も何もありませんよ』と、自己判断し、20歳すぎてから入団してきた。フレデリックも25歳だ。
二人とも腕には何の心配もない。
「団長んとこの次男坊の婚約者殿ですよ」
ダニエルが補足する。
「ほぉ」
返事はしているが、カザシュタントには、興味のない話だ。
「これほど辺境伯に新人がいくと、騎士団は、回るのか?」
「ハハハ、半分は一月で帰ってきますよ。問題ありませんって」
ダニエルが笑って答える。
「そういうものか?」
「ええ、毎年のことですよ。王都の騎士団のつもりで行くやつは、ほぼ戻ってきますね」
フレデリックは何でもないことのように言っている。カザシュタントは、王都から片道5日もかかるような場所に採用希望するのに、戻ってくることが不思議でならない。『騎士団と辺境伯軍の違いなど、誰でも知ってることだろう?』カザシュタントは、そう思っているが、若者たちにとってはそんなことより優先されることがあるのだろう。
ダニエルとフレデリックは、カザシュタントの側近となり2年以上だ。三人だけのときは、砕けた口調になるが、カザシュタントは気にしていない。いや、きっと砕けていなかったら気にしていただろう。
騎馬隊を5つに分け、その間に3つの馬車を挟む。馬車には、兵士の中でも炊飯組と徹夜組が乗っている。この人数では、とても宿には泊まれないので、夜営だ。なので、3日分の食料も、積んでいる。
ダニエルが一番前、真ん中に、マーペリア辺境伯とカザシュタント、最後尾にフレデリックとなっている。
昨日までの準備が効をそうし、早めに出発できた。
「カザシュタント殿、突然の話で悪かったな。この人数を連れて、ワシだけでは帰るに帰れまい」
マーペリア辺境伯は、さすがに乗馬慣れしている。スピードが出ていても会話ができるようだ。
「長い旅になります、カザンとお呼びください。敬称もいりません。まあ、確かにすごい人数ですね」
「そうか、よろしく頼むよ、カザン。こんなに集まるのは、あと2、3年というところだろう。ハハハ」
カザシュタントには、その2、3年が意味するところはわからなかったが、特に何も聞かなかった。
2、3年とは、『戦乙女』ことヴィオリア・マーペリアの姿を見たものや噂などを加味した計算だろう。辺境伯にも噂は届いていた。
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夜営と補給を行いながら、野盗に襲われることもなく、5日目の明るいうちに辺境伯の屋敷に着いた。
敷地内には、鍛錬場、厩舎、寄宿舎もあり、結婚をしていない兵士たちは寄宿舎で生活をしている。今回の新人たちも受け入れる準備ができているそうだ。
馭者たちは、今夜は使用人宿舎で休み、明日王都へと戻る。フレデリックの提案で半分だけ帰ってもらうことにした。
「今回は人数が多い。カザンとダニーとフランは、城の方で、寝泊まりしてくれ」
辺境伯からそう言われれば、そうせざるを得まい。地方視察ではありえない待遇に、ダニエルとフレデリックは喜んでいた。
『城』、普通は屋敷というのだが、戦争時代の名残で、屋敷というには堅固で壁などはレンガでも木でもなく石だ。中も一階は執務室と使用人部屋、二階以上に住居関係となっている。何よりも、物見塔が二本、左右に立っているのだ。見た目的にも『城』である。
三人は二階の客室にそれぞれ部屋を与えられた。カザシュタントはともかく、ダニエルにもフレデリックにも、個室であり、浴室とレストルーム付きの部屋だったことには、さすがの三人も驚いた。
「こんな扱いなら、長くいてもいいな」
男爵家出身のダニエルは、与えられた部屋が実家の自分の部屋より倍以上の広さであることに、思わずそう呟いたが、まさかこれが本当になるとは、本人も予想していないだろう。
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