6 初めての
カザシュタントがバレー伯爵夫人とダンスをしている頃、ヴィオリアとセシルとダニエルはお話をしていた。
セシル:「ヴィオさん、とってもキレイ!ご結婚、おめでとうございます」
ヴィオリア:「ふふ、ありがとう、セシルさん。今だから言うけど、まさかフランさんに先を越されるとは思わなかったわ」
セシル:「私もですよ。まさか、結婚するなんて。自分でびっくりしてます」
それには三人で笑ってしまった。
ダニエル:「その間、俺は死にそうでしたけどね」
セシル:「ふふ、ダニーさんの時には私がフランを頑張らせますね」
ダニエル:「是非、お願いします。」
ヴィオリア:「セシルさん、王都の生活はどう?」
セシル:「お義母様にもお義姉様にもよくしていただいてるの。毎日が楽しいわ。でも、私、毎日花屋で働いていたでしょう。こんなに毎日遊んでいていいのかなって、不安になるわ」
ヴィオリア:「ふふふ、セシルさん、それは違うわよ。セシルさんは、今、毎日レッスンしているのよ。半年前より、自分が変わったなって思うことあるでしょう?」
セシル:「そうね。刺繍はうまくなったと思うわ」
ヴィオリア:「ほら、自分でわかるだけでもあるのでしょう。私から見たら、結婚式の時より、さらにキレイになっているわよ。それもレッスンの賜物ね」
ダニエル:「あ、俺も、セシルさん、更にキレイになったなって思いましたよ」
セシル:「レッスンかぁ。そう考えると、気持ちが楽になったわ。ヴィオさん、ありがとう。ダニーさんも、褒めてくれて嬉しいわ。ふふ」
1曲終わり、カザシュタントとバレー伯爵夫人が戻ってきた。バレー伯爵夫人を待っていたのは、男性からのダンスの申し込みであった。バレー伯爵夫人は、彼女の正体を知らない男性のお誘いは、
「ごめんなさいね。孫に止められているの」
と断った。これには、断られた方がびっくりしていた。バレー伯爵夫人は、孫がいるようには全く見えない。どこかの若い未亡人だと勘違いされていたようだ。
そこへ、フレデリックが、やってきた。いつの間にか、カザシュタントとヴィオリアとダニエルは、マーペリア辺境伯の近くに戻っていた。
フレデリック:「セシル、楽しんでいるかい?」
セシル:「フラン!ヴィオリアさんは本当にステキねぇ。カザンさんのダンスがいつもの何倍も上手に見えたわ。それに、私のことも、気にしていてくれたみたい。さっきお話したのよ」
バレー伯爵夫人:「ふふふ、カザン様もずいぶん頑張っておられましたものね。私も久しぶりに若い人と楽しいダンスができたわ」
フレデリック:「ええ、きっと、母上には、感謝しているはずですよ。でも、母上、あまり美しさを表にだしませんようにお願いしますよ。先程のダンスで、『あのご婦人は誰だ?』と何人も聞かれました。これを知ったら、父上がやきもちをやきますよ」
バレー伯爵夫人:「まあ!親をおだてるなんて、フレデリックも大人になったのね。ふふふ
カザン様やセシルちゃんとのレッスンはとても楽しかったわよ」
フレデリック:「そういっていただけると助かります」
フレデリックは、ふざけて騎士の礼をバレー伯爵夫人にする。三人はクスクスと笑った。
フレデリック:「では、セシル嬢、貴女の人生始めてのパーティーダンスのパートナーになる権利を私にいただけますか?」
フレデリックが右手で、セシルを左手をとりながら、誘う。
セシル:「フランったら!何を言っているの?私には、まだ無理よ。お義母様にもそう聞いているでしょう」
フレデリック:「母上には、10小節のステップが完璧だから、大丈夫だって、聞いてるよ。ねえ、母上?」
バレー伯爵夫人は、笑顔で頷いている。
セシル:「そんなっ、お義母様っ!」
セシルは、バレー伯爵夫人に助けを求める。
バレー伯爵夫人:「セシルちゃん、ダンスは楽しめばいいのよ。フランとなら大丈夫。楽しんでらっしゃい」
フレデリック:「セシル、僕の顔だけを見ていればいい。ステップなんて忘れてもかまわないんだ。ダンスの時は、僕だけを見ていて」
セシル:「フラン、だけを、見る、の、ね」
セシルは、素直にフレデリックの顔だけを見て、フレデリックのエスコートでホールへと進む。曲のタイミングで、フレデリックがリードしてくれると、自然に足が動いた。10小節分のステップを繰り返しているだけなのだが、セシルは、どんどん楽しくなってきた。セシルもフレデリックもとてもいい笑顔だ。
曲が終わるタイミングで、フレデリックが
「そうらっ!」
と、セシルを回すリードをする。リードに素直に従ったセシルは「きゃあ!」と小さな悲鳴とともに、クルリと回った。フレデリックが、しっかりと受け止めてくれて、ちゃんと止まれた。
セシルは、フレデリックのエスコートで、ホールから離れると、フレデリックの手を離し、バレー伯爵夫人の元へと走り寄る。
セシル:「お義母様、お義母様、見ていてくださいました??私、くるーって回りましたっ!くるーって!
フランって、リードがすごく上手なの。本当に何も考えなくて、踊れたわ。お義母様、すごくすごく、楽しかったの」
バレー伯爵夫人:「まあ、セシルちゃんたら、本当に可愛いわ。でもね、それは、フランに言ってあげて」
セシルが慌てて振り向くと、フレデリックの優しさに満ちた笑顔があった。
セシル:「あっ!フラン!ごめんなさいっ!私ったら」
フレデリック:「ハハハ、いいさ、セシルが母上と仲がいいのは、とても嬉しいよ」
セシル:「フラン、こんなに楽しくダンスができたのは、初めてよ。とても楽しかった。ありがとう」
フレデリック:「カザンさんとダニーとは、年季が違うさ。この母上から上級者合格を貰えているんだからね」
フレデリックはセシルにウィンクする。
フレデリック:「母上、私は、今日はどうやら、伯爵邸には、戻れなそうです。セシルのこと、よろしくお願いいたします」
バレー伯爵夫人:「わかりました。暗くなる前にはお暇するわ。しっかり、お務めしてらっしゃいね」
セシル:「フラン、頑張ってね」
二人と別れて、フレデリックは、仕事へと戻って行った。
こうして、祝いの席は、誰もが笑顔で続いていく。
宴もたけなわの中、新郎新婦が退場する時間となった。二人の側近が階段を先導し、階段の最上段で、再び、振り返り、頭を下げる。みんなが、拍手を贈る。そして、奥へと消えていく。
新郎新婦がいなくなったとはいえ、宴はまだまだ続くのだ。特に騎士団の団員たちは、楽しい夜はこれからだと思っている。今日の酒はうまいっ!
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若夫婦のための部屋は3階の奥に用意されており、ヴィオリアはそこで湯浴みをする。
3階の階段のすぐ隣に、若主人のための書斎がある。その続きの部屋は、仮眠室となっており、普通ベッドと普通のソファーセット、浴室が奥にある。つまり、仮眠室という名の普通に大きい部屋なのだ。そこで、湯浴みをすませ、メイドたちが、用意した寝間着に薄いローブを着ると、書斎へ戻る。書斎では、ソファーで、ダニエルとフレデリックがお茶をしていた。
カザシュタント:「よろしく頼む」
ダニエル、フレデリック:「「はっ」」
若夫婦の部屋の前まで、ダニエルとフレデリックが先導した。部屋の前まで着くと、
カザシュタント:「今日は1日、ご苦労だったな」
フレデリック:「本当ですよ」
カザシュタント:「ハハハ、では、宴に戻ってくれ。もう酒も飲んでいいぞ。明日は完全休暇だ」
ダニエル:「了解しました。カザンさん、ご武運を」
フレデリック:「ぶはっ!ダニーなんだよそれっ!ハハハ。
カザンさん、ではまた後日」
カザシュタントが部屋に入るのを見届けると、二人は宴会場へと戻っていった。こちらの宴は、朝まで続く。
そこから先は新婚夫婦二人のお話なので、ここまでで。
~マーペリア辺境伯領軍奮闘記 第2章 fin~
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