5 紳士の嗜み
二階の控え室を出た4人は、ダニエルとフレデリックが新郎新婦の足下を気遣いながら、前を歩く。新郎新婦は、腕を組みその後ろを歩く。新郎新婦は、階段の最上段に立つと、会場に頭を下げる。会場から大歓声が鳴る。再び、ダニエルとフレデリックが、階段を先導していく。
階段を降りてくるカザシュタントとヴィオリアは、先程の結婚式より、リラックスした笑顔だ。
ヴィオリアは、ワインレッドで細い片紐のドレスで、胸元から腕にかけて、グレーのリボンドレープで装飾され、いやらしさは見えない。腰からふんわりと膨らみ、右ももあたりから左の膝下にかけて斜めにワインレッドのドレープが装飾され、そのドレープが重なるように薄いグレーのドレープが裾へと広がる。
カザシュタントは、クラバットとポケットチーフをワインレッドにし、ズボンを白に変え、先程の薄いグレーのタキシードを着ている。
新郎新婦が降り立つと、辺境伯がみなに改めて紹介した。
「えー、縁がありまして、我が娘ヴィオリアにも、なんとか、婿入りしてくれる青年が現れました。これからのマーペリア辺境伯領を盛り上げていってくれることと信じております。二人をよろしくお願いいたします」
新郎新婦が頭を下げる。
「カザン、お前からも一言お礼を」
「はい、お義父さん」
組んでいるヴィオリアの右手に、カザシュタントが自分の右手を重ねる。
「ご紹介に預かりました、カザシュタント・マーペリアです。
鵜の目鷹の目を掻い潜り、やっとの思いで、ヴィオリアの隣に立つ権利をいただけました。
まだ、権利をいただけただけで、何も成し遂げてはいません。ヴィオリアが、私を選んでよかったと、言ってくれるよう、精進してまいります。
これからも、よろしくお願いいたします」
辺境伯の言葉を真っ向から否定した形だが、ヴィオリアを立てたからこその否定だ。カザシュタントにとっては、ヴィオリアを立てた訳でもなく、本心から『ライバルが多くて、ヴィオリアを隠すのが大変だった』と思っている。
ヴィオリアは、学園に通っているころから、鍛練場にも通う戦闘女子で、見習いから騎士団隊長まで、ヴィオリアに憧れる男どもは多く、『戦乙女』と崇められているのだ。今日も今日とて、『戦乙女』の美しい姿を見ようと、多くの騎士団関係者が集まっている。
「ハーハッハハー!ヴィオのことをそこまで想ってくれていようとは、思わんかった!みなさん、うちの婿殿をよろしく頼みます!」
大歓声に包まれた。
カザシュタントがヴィオリアの手をとって、ホールの中央へと向かう。ダンス音楽が、始まった。カザシュタントのダンスは4ヶ月前と見違えるほどの優雅さだ。さすが!バレー伯爵夫人の指導だ。
〰️ 〰️ 〰️
4ヶ月前、ヴィオリアの学園で卒業パーティーが行われた。すでに婚約者だったカザシュタントは、ヴィオリアをエスコートし、会場でダンスを踊った。
そのダンスを見たフレデリックは、
「何?何?あれ??ガチゴチじゃないかっ。ステップも間違えてるっ!やはり、練習させるんだったっ!!」
と気絶しそうになり、
「うわぁ、俺といい勝負。」
と、ダニエルは、苦笑いした。
そんなダニエルに、
「本気かっ??
あのな、ダニー。辺境伯となったら、毎年大事な夜会は参加必須だ。側近として僕たちも一緒に行くんだよ。会場で、淑女に誘われたり、流れで誘わなくてはならないこともあるんだよ。
………大丈夫なのか?」
と、フレデリックは諭したが、有無を言わせず、レッスンさせることにした。ただし、自分ではなく、母上であるバレー伯爵夫人にお願いをして。
カザシュタントもダニエルも、自分のダンスの状態には思うところがあったようで、フレデリックがいない間にも、伯爵邸へ通い、ダンスレッスンに勤しんだ。ダニエルの場合、ダンスレッスンの後の伯爵邸の料理が目当てなところも少しはあるが。
バレー伯爵夫人の元へレッスンに通って、セシルとダンスレッスンをした紳士とは、カザシュタントとダニエルのことである。
〰️ 〰️ 〰️
長身でスタイルがよく、姿勢のいいカザシュタントとヴィオリアのダンスはまわりから、感嘆のため息が出るほど、美しい。
ヴィオリア:「カスト、ダンスがすごく上手になったのねっ」
カザシュタント:「バレー伯爵夫人のお陰だよ。今日もお祝いに来てくださってる。後で挨拶できるといいけど」
ヴィオリア:「困るわ。こんなに素敵なダンスだと、貴方のことを他のご婦人が放っておかないわね」
カザシュタント「ハハハ、今日は我慢してくれ。俺たちは主催者なんだから。ヴィーこそ、他の男と踊っても、そっちを向いたらダメだぞ」
ダンスの終了とともに、カーテシーと騎士の礼をお客様にする。カーテシーから起き上がったとき、ヴィオリアの頬に、口づけが落とされた。ヴィオリアは、飛びあがった。お客様からは、冷やかしの嵐だ。口づけをした当の本人は、お客様へ、もう一度礼をして、ヴィオリアの腰を抱いてさがる。その腰抱きのエスコートにも、ヴィオリアはドギマギしてしまう。
ダニエルとフレデリックの元へ戻ると、ヴィオリアは我に返り、フレデリックへと怒りをぶつける。
ヴィオリア:「こんなことカストにできるわけないわっ。フランさんが唆したの?」
フレデリック:「へぇ、愛称、変えたんだ、いいねっ!でも、唆したなんて、おあいにくさま。僕は、何も言ってないよ。まあ、あれくらいは紳士の嗜みだと思ってほしいものだけどね」
ヴィオリアがダニエルを睨むと、ダニエルは、両手の平をヴィオリアに向けて振り、やってないとアピールする。
カザシュタント:「ヴィー、結婚式の仕返しだ。ハハハ」
とカザシュタントが笑った。
実はバレー伯爵夫人は、ダンスだけでなく、優雅なエスコートについてもレッスンしていたのだ。カザシュタントにそのようなテクニックがあると思っていなかったヴィオリアは、照れまくっていた。
会場でその様子を見ていたバレー夫人は、とても嬉しそうに微笑んでいた。まさに巣立つ我が子を見るような優しい微笑みで。
〰️
今日の宴は、招待制ではない。カザシュタントの部下や同僚に配りきれないので、入口で、身分チェックはするが、ドレスコードさえ守れば、誰でもお祝いに来れる。本人も騎士団だった辺境伯は、その辺も理解して、この宴を、主催している。
ホールのまわりだけでなく、中庭にも、料理や飲み物やテーブルや椅子が並び、いつまでも来客が絶えなかった。
新郎新婦は、会場奥目の楽団の前におり、お祝いの言葉にお礼をいい、主要な来賓と、ダンスをしていく。時々、カザシュタントに酒を勧めに来る騎士団員には、ダニエルとフレデリックが、優しく?対応し、Uターンさせる。
やっと一息つける頃、カザシュタントは、ヴィオリアを連れて、バレー伯爵夫人の元へと赴いた。
カザシュタント:「バレー伯爵夫人、今日はおいでくださって、ありがとうございました」
カザシュタントとヴィオリアが頭をさげる。
バレー伯爵夫人:「お二人とも、とてもステキでしたわ。カザシュタント様、卒業でよろしいわよ」
カザシュタント:「本当ですか?ありがとうございます」
カザシュタントは、ヴィオリアに頷きヴィオリアの手を離す。
カザシュタント:「私と踊っていただけますか?」
バレー伯爵夫人:「まあ!こんなおばさんと?ふふふ、嬉しいわ」
そう言って、カザシュタントとバレー伯爵夫人は、ホールへと向かった。
ご意見ご感想、評価などをいただけますと嬉しいです。




