3 側近の情熱的な愛
セシルが、髪を整え、ピンクの口紅を引き直して戻ってきた。
「セシルは、そんなことしなくても美しいよ」
「だ、だって、久しぶりに会ったのよ。少しは見れるようにしたいわ」
「そうか、ありがとう。じゃあ、薔薇を9本もらえるかな?」
セシルは、咲き頃の薔薇を9本選び、それを包む。フランへ渡し、お金を受けとる。一時期、どうせ私にくれるのだから、お金はいらない、と言って受け取ろうとしないときもあった。だが、『お金を払わないと僕のものにはならないから、贈り物にならないね』と繰り返し説得され、今では、きちんとお金をいただくことにしている。
「セシル、今日は非番にするといいわ。ゆっくりと話をしておいで」
奥から出てきたお義母さんに言われ、セシルは少し躊躇していたが、お義父さんからも「そうしなさい。」と言われて、そうすることにした。
フレデリックは、セシルの支度の合間に、辺境伯城へと向かい、馬を預けてきた。再び花屋に向かうと店の前でセシルが待っていた。
右手に薔薇の花束を抱え、左手はセシルと手を繋ぎ、フレデリックは、城下町では高級な食堂へ入った。昼時には、少しだけ早い店内はまだ空いている。フレデリックは、一番角のテーブルを選んで、セシルをエスコートした。
フレデリックは、プロポーズをする前に、自分の身分やこれからの身分や仕事についてを丁寧に、セシルに話そうと考えていた。
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フレデリックは、こう見えて伯爵家のご子息だ。四男なので、『四男には、期待も責任も何もありませんよ』と、自己判断し、20歳すぎてから騎士団へ入団した。
フレデリックが23歳のときに、カザシュタントが部隊長となり、その際、カザシュタントに側近として指名をされた。即答で了承した。コネもなく実力だけで部隊長となったカザシュタントを、フレデリックは尊敬していたのだ。カザシュタントが恋愛に大変疎く、自分が苦労するとは知らないフレデリックは、カザシュタントの側近となった。知っていても、選ぶ道は同じであろうが。
この時、一緒に指名をされたのが、入団の時から一緒だったダニエルだ。
まさか、その2年後に、カザシュタントに辺境伯への婿入りの話があり、自分もマーペリア辺境伯領へと移り住むことになるとは、想像もしていなかった。
両親であるバレー伯爵夫妻に、マーペリア辺境伯領への移住と結婚を考えていることを伝えると、なんと男爵位を譲り受けることとなった。上の兄二人が他国へ婿入りしてしまったことと、譲り受ける男爵領地がマーペリア辺境伯領の南東に隣接していることが幸いしたのだろう。
平民になり、セシルを迎えるつもりだったフレデリックであったが、持てるものは持っておいた方が将来生まれるであろう子供たちのためにもなるだろうと、譲り受けることにした。
このことも、王都で結婚式をする理由であり、プロポーズを急ぐ理由となっている。
ただし、仕事はあくまでも、カザシュタントの側近であり、マーペリア辺境伯領で暮らすことが、揺らぐことはない。
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フレデリックは、食事を済ませた後に、お茶をしながらこれらのことをセシルに説明したのだが、セシルの顔色はとても悪く、薔薇の花束を受け取ってほしいと言っても受け取ってもらえなかった。
花屋を出たときとは、違う顔つきで帰ってきた二人を見つけ、女将さんはセシルの背を押して店の奥へと消えた。
花束を、持ったままのフレデリックは、
「また、日を改めな」
と、親父さんに促され、とぼとぼと町の宿屋へと向かった。花束は、
「フラれたので、使ってください」
と言って、宿屋の女将さんへ渡した。
それからは、毎日、花屋へ通い、薔薇の花束を持って宿屋へ帰ってきた。
「なんだ、今日もセシルにフラれたのかいっ?」
宿屋の女将さんは、フレデリックの座るカウンターに、ビールを置き、薔薇の花束を厨房の奥の部屋へと持っていく。これもすでに2週間以上続いた光景だ。
そして、ある日、とうとうセシルが切れた。
「フラン!私が男爵夫人になんて、なれるわけないじゃないっ!わかっていて、からかっているの?ひどいわっ!」
言い切った時に、セシルは、はらはらと泣き出し、店の奥にある家の中へ入ってしまった。
花屋の義両親は、セシルが発散できたことを『良いことだ』と考えた。そうは考えていないフレデリックは、途方に暮れている。
親父さんは、薔薇9本の花束を作り、フレデリックに手渡す。
「これは、ワシからのサービスだ。ほら、行ってこい」
家の中へと押し出す。女将さんが、セシルの部屋へと案内してくれた。
ベッドで毛布にくるまっているセシル。女将さんは、ベッドの隣にその部屋にあった椅子を運び、フレデリックを座らせ、部屋を出ていった。ドアは開けたままにしてあった。
「あ~、あのね、セシル。セシルがそんな悩みを持っていたなんて、わからなくてごめんね」
セシルの耳に届いているかは、わからない。
「僕の説明が、足りなかったね。僕は男爵位を譲り受けるけど、男爵としての仕事はしないんだ。領地は、伯爵家で雇っている管理人がしっかりやってくれているし、その確認は伯爵を継ぐ兄上がやってくれている」
毛布が少し動いた。セシルは、フレデリックの話を聞いていてくれているのだろう。
「僕は、あくまでも、マーペリア辺境伯軍の後継者の側近なんだよ。今までもこれこらも。セシルにも、後継者の側近の妻以上のことは求めたりしないよ。
だから、もし、僕たちの子供が男爵位を継ぎたいのなら、それでいいし、僕がもし、死んでしまったときには、領地を売ってくれてもいい」
「簡単に、死ぬなんて言わないでっ!」
ベッドから勢いよく起き上がり、セシルは泣き顔のまま、フレデリックを睨み付けた。
「そうだったね。僕が軽率だったごめんね。そういう意味ではなかったんだけど。僕はただ、セシルにお金のことで心配されたくなかっただけなんだよ。セシルが嫌なら、男爵位は、父上に断ったっていいんだ」
しばらく、二人は黙ったままだった。
「ねぇ、フラン。私、たまにはお店のお手伝いに来れる?」
セシルが何を言いたいかすぐには理解ができなかったフレデリックは、ぽかんとした。
「私、これでも、看板娘なのよ。それに水は、思ってるより重いから、お義父さんの腰にもよくないし」
「え??え!!あ、ああ!もちろん構わないよ。メイドがいるから、家のことは気にしなくていいし」
「えっ?メイドさんがいるの?」
「ああ。えーと、えーと、大丈夫、掃除とかしてくれるんだけど、君とメイドで話をして、折り合いをつけてくればいい。そ、そうだ、花屋に来るなら、掃除とか頼んだ方が困らないだろ?」
貴族関係の何がセシルの琴線に触れるかわからないと、フレデリックは、しどろもどろだ。
「そうかもしれないけど」
「どうしてもいやなら、メイドは断ったってかまわないんだ」
「メイドさんがいる家って、どこに住むつもりなの?」
「辺境伯軍の敷地内に別宅を建ててもらえることになってる」
「そう。あそこからなら、ここまで歩いて30分ほどね。フランって、辺境伯様に大事にされてるのね」
「うん、そうかもしれないね。それもあって、僕はマーペリア辺境伯領を離れたりしないと誓えるよ」
「私も遠くへは行きたくないもの。ふふ」
「ねぇ、セシル、薔薇一本の花言葉を知っている?」
「っっ!ひ、一目惚れ、ね」
「じゃあ、薔薇5本の花言葉は?」
「あなたに出逢えた喜び……」
セシルは、再び、涙を浮かべた。
フレデリックは、ベッドに座るセシルの隣に跪き、花束を差し出した。
「セシル、僕の妻になってほしい」
「薔薇9本。いつも一緒にいてください」
セシルは、ベッドから立ち上がり、フレデリックから薔薇を受け取った。フレデリックは立ち上がり、セシルの涙の目元に口づけし、それから、優しく唇と唇を重ねた。
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