2 側近の情熱的な恋
ヴィオリアとカザシュタントが乗ったオープン馬車が、辺境伯邸に着くと、使用人たちから拍手で迎えられ、二階の控え室へと入る。そこで、お色直しと軽食をすませるのだ。宴までは、まだ少し時間がある。
ヴィオリアとカザシュタントがお色直しに向かったのを見届けて、側近二人が一息つく。
「時間、少しあるよね。セシルのところへ行ってこうようかな」
セシルは、フレデリックの妻となったばかりの女性で、今日は、フレデリックの母親バレー伯爵夫人とともに宴の会場にいる。
「お前さあ、勘弁してくれよぉ」
ダニエルは、思い出して、泣きそうだ。
「あー、あのときは悪かったな」
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3ヶ月前、フレデリックは、カザシュタントにもダニエルにも相談なく、急に騎士団に2ヶ月の休暇届けを出した。必ず戻るとの言葉とともに。
フレデリックは、去年の夏、カザシュタントとダニエルとともに、マーペリア辺境伯領への視察へと赴いた。その際、2ヶ月の間に、町に住む花屋の売り子セシルと恋をした。フレデリックが王都に戻ってからも手紙のやり取りを続けた。
フレデリックは、マーペリア辺境伯領軍へ正式に赴任したら、あまり王都へ戻る間などなくなるだろうと予想できた。まだ、自由な時間が長期で取れる間にと、セシルにプロポーズに行ったのだ。
フレデリックは、貴族の馬車で7日かかる距離を、馬を飛ばし3日で走破した。そして、マーペリア辺境伯領の辺境伯城城下町にある花屋へと真っ直ぐに向かう。
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花屋で働くセシルは、23歳になる。スレンダーな体に大きめな胸、膝丈のワンピースに隠れているが、細目のブーツから見ても足の細さがわかる。町娘にしては、なかなかの美人で、声をかける男どもは少なくない。それでも身持ちを硬くいられたのは、花屋夫婦が、二人で目を光らせていたからだろう。セシルは、14歳のときに、辺境伯の軍人だった父親を亡くし、後を追うように母親を亡くした。そこで、辺境伯が、娘二人を嫁に出しのんびり花屋を営んでいたこのご夫婦に、セシルの保護を頼んだ。夫婦は、すぐに娘のように可愛がった。夫婦の元にきて、もう9年になる。辺境伯様からお預かりした娘を守ろうと、自分達の娘の時より、厳しかったことは否めない。
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去年の夏のことだった。
フレデリックは、視察でマーペリア辺境伯城に到着した 次の日の完全休養日、城下町へ1人で出てみた。ぶらぶらと街中を歩いていると、1人の男の子がフレデリックにぶつかり転んでしまった。大きな怪我はなさそうだったが泣いている。放っておけないので、家まで送っていこうと、男の子を抱き上げた。すると、近くにいたらしい女性が
「トニーを離しなさいっ!誘拐なんて許さないわっ!この町の者はみんな仲がいいのよっ、誘拐なんて、うまくいかないんだからっ!」
と、叫びながら、フレデリックの前に出てきたのだ。これがセシルだった。
「そうかぁ、それはいい町なんだね。ところで、この子の怪我の様子をみたいのだけど、水を使えるところはあるかな?」
どう見ても軍人然とした男なのに優しい口調であることに、セシルは戸惑った。だがまだ、疑いを拭えないセシルは、
「なら、うちへ来ればいいわっ。義父さんも義母さんもトニーを知ってるから問題ないわっ!」
「そうか、じゃあ、案内をお願いできるかな?」
フレデリックは、トニーを抱きあげたまま、セシルの家へと向かうことになった。トニーは、セシルの勢いですっかり泣き止んでいた。
セシルの家は花屋だった。店の中にいた女将さんらしき人がトニーを家の中に招き入れ、怪我の様子を見てくれた。どうやら大丈夫だったようだ。
「これをひとつくれる?」
フレデリックは、セシルにお金を払い、アイリスを一本買った。
「トニー、ぶつかってごめんね。僕はフラン。辺境伯のお城でしばらく働くから、また町へ来るだろう。だから、友達になろう」
そう言って、アイリスをトニーに渡した。
「うん!フランおじさん、わかったよ。お花ありがとう。母ちゃんにあげてくる。セシルおねぇちゃん、またねっ!」
トニーは、元気に街中へと消えていった。
「これもひとつくれるかな」
フレデリックは、赤い薔薇を一本とり、セシルにお金を払う。
「へぇ、トゲがキレイに処理されているんだねぇ。丁寧ないい仕事だ」
そんなことを軍人さんに誉められるとは思っていなかったセシルは、ドキリとした。
「これは、君に。また、来るよ」
フレデリックのさりげなさに、セシルは思わず、薔薇を受け取ってしまった。フレデリックは、あっという間に、昼時の人波にまぎれてしまった。
「あらあら、軍人さん、行ってしまったのかい?男の子にさりげなく花をやれるなんて、なかなかの男前だねぇ」
「お義母さん。でも、アイリスの花言葉は、『恋のメッセージ』だわ。男性が男の子にあげるのは、どうなの?」
「あまり知られていないけど、『友情』って意味もあるんだよ。うちにおいてある花の中では、一番合ってるさ」
それから、フレデリックは、2日と置かずに花屋を訪れた。セシルがいれば、セシルと少し会話をして、帰り際には、必ず薔薇を一本買って、セシルへ贈る。セシルが買い物に出ていていないときでも、親父さんとしばらく話をして、薔薇を一本買って、置いて帰る。ときには、お菓子の袋を持ってくるとこもある。
こうして、3週間が過ぎた頃、二人はようやくデートの約束をした。二回目のデートでは、手を繋いだ。三回目のデートでは、セシルの頬に口づけをした。
フレデリックは、デートではない日も頻繁に花屋に赴き、一回目のデートの後からは、5本の薔薇を贈り続けた。
そんなとき、フレデリックが次の週末に王都へ戻ることとなった。セシルは、別れを切り出したが、フレデリックは、必ず戻ると約束をし、手紙を贈ることも約束した。
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花屋の店先には、春先らしく、色とりどりの花が咲き乱れている。店の奥では、セシルと親父さんが、薔薇のトゲとりをしていた。
『コンコンコン』 フレデリックが店のガラス扉を軽くノックする。
「こんにちは、レディー。薔薇を9本くれないか?」
「まあ!フラン、いつこちらに来たの?手紙では、夏になるって書いてあったから」
セシルは、驚いて、エプロンで手を拭きながら、店先へと駆けてきたが、ふと自分の姿を思い、急いで店の奥へと戻ってしまった。
親父さんが、ヤレヤレという顔で、セシルを目で追っていた。
「親父さん、遅くなりました。準備ができたので、セシル嬢を迎えに来ました。王都での手続きが済みましたら、夏にはこちらに戻り、マーペリア辺境伯軍に生涯を捧げます。ですから、セシル嬢をもらい受けたいのです」
親父さんが、視線をフレデリックに向ける。フレデリックには、親父さん表情からは親父さんの心はわからない。
「ワシらは、納得しとるよ。でも、まだセシルには、貴族であることも言っていないのだろ?セシルが幸せだと思うのなら、ワシらは何でもいいさ」
これは、僕を認めてくれているのか?それとも、無理だと思っているのか?
「わかりました。セシル嬢を全力で説得いたします」
そう、親父さんがどちらであっても、フレデリックが心を伝えたいのは、セシルなのだ。
セシルが、髪を整え、ピンクの口紅を引き直して戻ってきた。
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