第1話 卒業
春爛漫な卒業式日和。
友人たちとの別れを済まし、両親の待っている所へ向かう途中、歩みをとめて校舎を見上げてみる。見慣れた風景、もう見ない風景。それを眺めながら三年間の思い出に浸っていると――
「先輩!」
聞き慣れた声がした。
「あれ? 舞ちゃん、来てたんだ。卒業式って妹でも出席できたっけ?」
髪を背中までのばしたセーラー服姿の女の子、幼馴染の結城舞華がいた。彼女の姉の澄華も今日卒業する。
「いえ、その、みんなで写真を撮るって言うんで…」
見ると今日の彼女はなんかいつもより少し可愛い。制服はシャキっとしてるし、さらに薄く化粧でもしてる?
「あぁ、なるほど。記念だもんね」
結城一家は写真撮るのか、ウチはそんな話してないけど、撮るのか? いや、あの親は撮らなさそうだ……。卒業祝いに旨い物食べに行けるだけで御の字か。
そう考えながら両親を見やると、母さんが結城さん家の小母さんとコチラを見ている。
「そ、それでちょっとお話いいですか?」
「いいよ。でも此処だと邪魔になるから、ちょっと端によろう」
生徒たちの居ない塀際の方へ向かうと、彼女は斜め後ろをちょこちょこ付いてくる。
「それで、なに? 話って」
「えっと……その……」
少し俯きかげんにチラチラと上目遣いをしてくる。なにか言い辛い話でもあるのかな?
「先輩!」
「うん」
なんだろう?いつもと雰囲気が違う。
「笠原先輩!」
「……うん?」
なんか緊張してる?
「笠原悠斗先輩!」
「お、おう」
こっちまで緊張してきてしまう。
「悠くん……。そ、その……」
懐かしい呼ばれ方をした。一年ぶりくらいか?
「落ち着いて。大丈夫だから」
なにが大丈夫かは知らない。
待っていると、舞ちゃんは少し息を吸い、そして言った。
「好きです! ずっと好きでした!」
「ふぇ?」
変な声が出た。
「つきあってください!」
「えっ!? 俺? なんで?」
予想外の言葉が耳に届く。確かに子供の頃は仲がよかった。いつも三人で遊んでいた記憶がある。しかし最近は一緒に遊ぶことも減り、登校時間が合えば一緒に行くくらいの関係だ。
……好きなってもらうような出来事はない、はず。
「小さい頃からずっと好きだったの」
「え、あ、そうなんだ……」
そんなの全く知らなかった。澄華は知ってたんだろうか?
「お願いします」
「え~と……」
「……実は、好きな人がいるんですか?」
返答に困っていると、不安そうな顔で聞いてくる。
「え、いや……」
「もしかして、お姉ちゃん?」
「それはない」
即答してしまった。アレはない、うん。
「他の人とか?」
「好きな相手はいないけど……」
本当に好きな相手がいる訳ではない。好きになられた事も無いけど。
「わたしじゃダメですか?」
弱気な声が聞こえる。
「そんなことないよ、けど……」
「じゃあ……」
「いや、正直、幼馴染だとしか思ってなくて。全く考えたこともなかったから……。なんて言ったらいいか……」
うん、マジどうしよう。
「学校が違うとなかなか会えなくなっちゃうけど、これからも一緒にいたいから。だから、その……わたしのこと考えて欲しいの」
そう言って、少し潤んだ眼で見つめてくる。
「う~ん……」
そのつもりでよく考えてみれば、舞ちゃんならよく知ってる。良い子だし、まだまだ幼さは残っているけど最近中々に可愛くなってきた。
あれ? 優良物件では? うん間違いない。
しかし恋愛として“好き“かとなると、感情がついてこない。
「ダメ?」
いまにも泣きそうな顔で見上げてくる。
子供の頃から何度も見た表情。そんな顔されてしまうと…
「ダメじゃない」
断れないんだよなぁ……。
「ホント?」
「ああ。ただ、その、今はまだ恋人としては好きだと言い切れないけど。それでも良かったらつきあおう」
「うん」
嬉しそうに頷く。
「好きになれるよう頑張るから」
「そこはわたしが頑張るところだから」
「そうか」
「まかせて!」
「期待してる」
舞ちゃんはおずおずと俺の左手をとってきたので、俺たちは親たちが見ているなか手を繋いで歩き出すことになった。子供の頃に手を繋いで歩いたのとは気分が全く違う。
親たちや澄華の見ると、コチラを見て楽しげに笑っている。どうやら知らなかったのは俺だけだったようだ。
ちゃっと、いやかなり恥ずかしい。隣を見ると耳まで赤くなっている。
きっと俺も赤くなってるだろう。
そうして卒業式の日、可愛い彼女ができた。まったく予想してなかったけど。でも、まぁ。素直に嬉しい。
見捨てられないようにしないと……。
*最近は一緒に遊ぶことも減り(当社比)