星の流れる空
それはまるで夢を見ているかのような、幻想的な光景だった。淡く沈んだ空を埋め尽くすように輝く星々が、ちかちかと瞬きながら流れていく。不思議だったのは、まるで手を伸ばせば届きそうなほどすぐ近くまで、明るい星が零れ落ちて来るように感じられることだった。空を横切った星は、そのまま周囲を照らすように、地面に向かって降り注いでいるかのようだ。
私は息を飲んで、星がきらきらと流れ出した空を見上げていた。私の手首をしっかりと掴んだまま離さずにいるベネディクト王子は、恍惚とした表情で星空を眺めてから、欲望を滾らせた瞳で私を見下ろした。
「……さっき、あの魔女の声が聞こえたんだよ。この前の星降る宵で、森に降った加護の星の流れが変わったのは、貴女が原因だったのだと。もうすぐ、貴女の元にまた星が降ると」
「……?」
私は戸惑いながら、ぎらぎらとしたベネディクト様の瞳を見つめ返した。彼が言っていることが何なのか、私には理解できなかった。
その時、私の目の前を、すうっと一筋の流れ星が、辺りを照らすように輝きながら零れて来た。ちょうど、足元近くの茂みから顔を突き出していた小さなマングースのところに、その輝きが届いたようだった。星を受けたマングースの身体が、ふわりと光を帯びる。微かに揺らいで発光したように見えたマングースを眺めて、私は目を瞠った。
「どうなっているの……」
マングースの身体が一回りほど大きくなったかと思うと、茶色だった身体が金色がかった光を帯びた。その頭には、輝く二本の虹色の角が生えている。私はベネディクト様に掴まれていない方の手で思わず目を擦ったけれど、それは私の見間違いではなかった。マングースは喜びに尻尾を大きく揺らすと、身体を弾ませて木々の中へと姿を消した。
「ああ、やっぱりそうか……! この空から降る星は、魔法を帯びた加護の星。アーディンが特別な力を授かったのも、あの星降る宵で、加護の星を受けたからだったんだな。僕の元にあの星が降れば、僕も特別な力を得られるはず。ああ、早く僕の元にも……」
さらにベネディクト王子の手に強く力が込められ、私は小さく悲鳴を上げた。眼光鋭くベネディクト王子を睨み付けていたアーディンが、ぎりっと奥歯を噛み締めて、剣を握る手に力を込めたのがわかったけれど、私はすぐに首を横に振った。ベネディクト王子が手下に合図をすれば、私の両親の命など呆気なく失われてしまうだろうから。
アーディンの後ろで、星が流れる空をうっとりと見上げていたエリオット様が、穏やかな笑みを湛えて私の顔を見つめた。エリオット様の言葉は私の耳までは届かなかったけれど、彼の唇がこう動いたのはわかった。
「二人目の主役は貴女です、ローザ。ほら、貴女に向かって星が降り始めましたね……」
私は、エリオット様の何かを確信しているような表情を見て、ふっと恐怖と緊張が薄らいでいくのを感じていた。
(エリック様は、言っていたわ。エリオット様が明確に見える未来は、かなりの確度で当たるのだと。エリオット様の瞳には、もう何かがはっきりと映っているみたい)
そこかしこに星が降り始め、星が零れ落ちた先にいた動物たちは、ふわり、ふわりと次々に光に包まれた。喜びを隠せない様子で変貌を遂げていく動物たちに目をやってから、ベネディクト王子は血走らせた瞳で私をぎろりと睨んだ。彼の両手が、すうっと私の首に伸びる。
「ねえ、ローザ。そろそろ僕のところにも星を降らせてよ」
「私、知りません。どうやって星を降らせるのかなんて」
私の言葉に、ベネディクト王子はその瞳を眇めた。
「言い訳なんてどうでもいいから、早くするんだ。さもないと……」
彼の手が私の首にじわりと食い込んだ。オリヴァー様の叫び声が私の耳に届く。
「やめろ、ベネディクト王子! 決してローザを傷付けるようなことはしないと、そういう約束だっただろう」
「約束? ……この状況で、そんなことなど知ったことか。こんな、一生に一度あるかないかのチャンスを、みすみす逃せるはずがないだろう」
ベネディクト王子の手を必死に解こうとしつつも、次第に薄らいでいく意識の中で、アーディンがこちらに向かって走り出した姿と同時に、エリオット様の口元が動く様子が私の目に映った。
「そして、最後の主役は……」
エリオット様が振り向いた先で、一際明るく輝く星が流れ、薄暗い辺りを強い光が照らし出した。その中から現れ出た姿を見て、ベネディクト王子は驚きに身体を震わせると、私の首に回したその両手に込めていた力を緩め、呆けたように呟いた。
「あれは、あの動物は、まさか……」
ベネディクト王子の視線の先で、私の瞳が捉えたのは、逞しい身体全体を神々しいほどの光に包まれて、額に金色の角を輝かせた、眩しい白銀の馬体をしたペガサスが、雄々しい金色の翼を広げて、私たちに向かって跳躍する姿だった。




