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国王の記憶

ディムは、国王陛下の様子を見ながら、浮遊する竜を嬉しそうに見上げた。


『心配だったよね、大切な人の命の火が消え掛けていて。でも、君が僕に助けを求めに来てくれたお蔭で、これで国王様も一命は取り留めたよ』


けれど、竜はディムに反応する様子もなく、ぼんやりと濁った、焦点の定まらない瞳で宙を見つめていた。


『……? あれ、どうしたの……?』


動きを止めた竜を見て首を傾げたディムに、ベネディクト様が、オリヴァー様と視線を合わせて薄く笑った。ベネディクト様は、まだ両目を閉じたままの国王陛下に視線を移した。


「君が父上に何をしたのかは知らないが、どうやら父上の守護竜は喜んではいない様子。すぐにここを出て行ってもらおうか」


ベネディクト様は、冷たい瞳でアーディンを振り返った。


「今は、父上に手を下した者が誰かを確かめている、大事なところでもあるしね。アーディン、そこにいる青年以外にも、君がこの件に関わっていることを目撃した者がいるんだよ……」


アーディンがベネディクト様を静かに見つめ返した。


「俺は、父上に対して顔向けできないようなことは何一つしていない」

「だが、さっき公爵の隣にいる青年から聞いただろう? 君が彼に、父上に魔法を掛けるよう依頼したという証言を」


私は、まだ状況が把握できないままに、ベネディクト様に指差された青年を見つめた。どこか熱に浮かされたような、定まりきらない彼の瞳を見て、私は、きっと彼にはオリヴァー様の魅了魔法が掛けられているのだろうと思った。さっきのベネディクト様の言葉から察するに、オリヴァー様の魔法が掛けられているのは、彼だけではないのかもしれない。


どうにかして彼に触れ、魔法を解くことができないかと考えていると、ディムの瞳が、ベネディクト様を見つめて暗く揺れた。


『僕は、嘘を吐く人は好きじゃないんだ』


ディムは、ぎゅっと手を握り締めると、ベネディクト様を鋭く見つめた。ベネディクト様は、言葉を発することなく唇を動かすだけのディムを不遜な態度で眺めていたけれど、なぜか突然すうっと顔色を青ざめさせた。彼が小さく呟く声が、私の耳に届いた。


「何で、こいつは知っているんだ?」


ふっと、私の目の前に不思議な景色が浮かび上がった。突然、私の目に映ったのは、国王陛下の部屋の中の光景だった。目の前に見えているのと同じ部屋ではあったけれど、部屋の外は明るく、今とは時間が違うようで、過去のどこかの時点のもののようだった。それが見えているのは私だけではないようで、部屋の中がにわかにざわついた。


「……何でしょうか、この風景は?」


不思議そうなエリック様の声を聞きながら、私はディムを見つめた。この感覚は、私には覚えがあった。迷いの森の中で、ディムが治療した動物の記憶を私に見せてくれたのと同じ、あのディムの力のようだった。さっきベネディクト様の従者に見せられたものとは違って、まるで自分がその場から実際に見ているかのような臨場感がある。


部屋の中央付近から動いていると思われる視線からは、これは国王陛下自らの記憶なのだろうか。目の前にいる数人と話した後で、ふと視線が外に逸れる。そこには、庭に覗いている、淡い色の花々が咲き乱れる花壇の陰に、二人の男性の姿があった。そのうち一人は、すぐそこで小さく肩を窄めている、国王陛下に魔法を掛けたという青年で、そしてもう一人、その青年の横から国王陛下を指差していたのは、鮮やかな金髪のベネディクト様だった。


「これは、何なんだ……?」


ベネディクト様が再び、微かに震える声で呟きを漏らした。精密に映し出される光景に、場が混乱した様子で揺れる。ベネディクト様に言われるがまま、国王陛下に向かって魔法を唱える青年の姿が、そこには映っていた。


浮かんでいた光景が途切れたところで、エリック様が、冷ややかな眼差しでベネディクト様を見つめた。


「おかしな話ですね、ベネディクト。……先程、あなたがここに来る直前に、そこにいる青年から、アーディンに頼まれて父上に魔法を掛けたと、そう聞いたところだったのですが。どういう仕掛けかはわかりませんが、今私の目にくっきりと浮かんでいた映像では、証言によるとアーディンがいたはずの場所に、ベネディクト、あなたが映っていました。これはどういうことですか?」


エリック様の言葉に、場に居合わせた全員が同じ光景を見たと理解した様子のベネディクト様は、青い顔をして口を開いた。


「僕は知らない。これは何かの罠だ、きっと魔法による幻影だ……!」


ベネディクト様は、ディムに魅了魔法を掛けさせようとしたのか、再度オリヴァー様のことを助けを求めるように見つめたけれど、オリヴァー様は首を横に振った。


動きを止めたベネディクト様は、部屋の中をゆっくりと見回した。部屋中の者たちの目が、疑念に満ちた、冷たいものになっていることに気付いた様子のベネディクト様だったけれど、彼はまだその態度を変えなかった。


「こんな奴の、得体の知れない魔法に惑わされるな。僕は何もしていない。悪いのはアーディンだ」


ディムの瞳が、すうっと細められた。公爵と呼ばれた男性が、ディムを見て、上擦った声でベネディクト様に叫んだ。


「ベネディクト王子、やめろ! 本当に恐ろしいのは、ディミトリアスのその力じゃない。その力も忌むべき力だが、避けなければならないのは……」


はっと顔を上げたベネディクト様を見つめたディムの赤い瞳が、ふっと不思議な光を帯びた。

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