赤く輝く瞳
国王の眠る部屋では、既にアーディンへの尋問が始まっていた。後ろ手に縛られたアーディンとカイルを目の前にして、冷酷な笑みを浮かべ、一人の青年を従えたキグナス家公爵が、その横にいるエリオットに口を開いた。
「エリオット王子。私は、アーディン王子の断罪について、ベネディクト王子から仰せつかっていましてね。じきにベネディクト王子も来るでしょうが、国王陛下をこのような状態にしたアーディン王子の罪について、今一度その証拠をエリオット様の前でお見せしたいと思います。……そこにおられるエリック王子に対しても、同様です」
エリオットが沈黙を守っていた一方で、顔を歪めたエリックが、キグナス家公爵を睨み付けた。
「よくもそのような出鱈目が言えますね。いくら公爵といえど、もしもその言葉に不義が認められれば、責任は取っていただきますよ」
「ええ、もしも私に非があるのなら、当然責任は取りますよ。……ところで、魔術院を統括されているエリック様なら、彼のことはご存知ですね。私とも遠縁に当たる貴族です」
キグナス家公爵の脇に控えていた青年を見て、エリックは静かに頷いた。
「ええ。今年の魔術院の卒業者ですからね。彼は優秀な成績を収めて卒業しましたよ。ワイアットに招かれて、貴方は昨日からこの王宮に来ていましたね?」
一歩前に進み出た青白い顔をした青年が、エリックに一礼した。
「はい。昨日は、私が家を代表してこちらに参りました」
エリックは、怯えた様子ではあるものの、実直そうな青年を眺めながら、頭の中で魔術院名簿と照らし合わせていた。
(彼は、少し変わった魔法の力の持ち主でしたね。確か、他者に掛けることによって、その力を高める効力のある強化魔法だったはず……)
キグナス家公爵が、青年の顔を見つめた。
「彼は、アーディン王子に騙されていたことを知って、酷く怯え、恐れているのですよ。昨日、国王陛下が倒れたことを知ってね。……驚き慌てた彼は、私を頼り、真実を告げてくれました。ここで、その真実を白日の元に晒しましょう」
公爵に促され、青年はおずおずと口を開いた。
「私は、国王陛下が私の魔法の力を望んでいるからと、アーディン王子にこの王宮に招かれ、陛下に魔法を掛けたことがあります。陛下に直接お会いしてご挨拶することは叶わず、少し離れた場所から掛けましたが、私の魔法の効き目は、魔法をかける対象が見える程度の距離であれば、効力に問題は生じませんので」
「父上の姿が視界に入る場所、というだけでも、王宮では限られますが。貴方はどこから魔法を掛けたのですか?」
「この部屋の前に広がっている、中庭です。あの花壇の辺りから、国王陛下を遠目に見ていました」
「ああ、あの場所ですか……」
エリックは、振り返って、淡い色の花々が咲き乱れる中庭の花壇を眺めた。
(アーディンの母上と、ベネディクトの母上の故郷から持ち込んで育てている花だと、父上が言っていましたね。父上もあの花を好んで、居室から常に見えるようにしていたとか。アーディンとベネディクトは時々、それぞれの母上を偲んで、この花壇に来ていたようでしたが……)
エリックは、再度青年に視線を戻した。
「貴方の魔法は、魔法を掛けた対象者の魔法の力を高める強化魔法でしたよね。それを父上に掛けたことと、父上の眠りと、どのような関係が?」
「エリック様の仰る通り、私が魔法を掛けた相手の力は高まります。無理のない魔法の使い方をする限りにおいては、魔法の力の向上という恩恵が得られます。但し、私の魔法に関しては、気を付けねばならない点が一つあります。……それは、本人の回復力を超えて魔法を使ってしまうと、魔法を使う度、生命の火を削ってしまうことです」
「……何ですって?」
青ざめたエリックを見つめて、青年はごくりと唾を飲んだ。
「エリック様もご存知の通り、魔法の力は千差万別で、それぞれ特徴が異なります。私の魔法は、一種の諸刃の剣と言いますか……本人の力を超えて使い過ぎてしまった場合に、言うなれば副作用のような影響が生じるのです。……このような私の魔法に伴う負の面は、私自身もしばらく気付かずにいて、魔術院にも申告していなかったので、なぜアーディン王子がそれをご存知だったのかは、私にもわからないのですが……」
ちらりと伏し目がちにアーディン王子を眺めた青年に向かって、エリックは口を開いた。
「攻撃魔法や呪いといった類の魔法ならば、危機を感じて敏感に気付くはずですが、回復や強化といった正の影響のある魔法については、それほど意識して気には留めないものですからね。魔法の力が高ければ高いほど、魔法を使う度に消耗も激しくなる。さらに、使い慣れた魔法に伴う影響ならば、気付かぬうちに生命力を消費してしまうこともあったのかもしれません。父上は既に老いも進んでいましたし、自覚し辛い部分もあったのでしょうか……。でも、アーディン、」
エリックは、年齢に比して深い皺が多く刻まれた父王の顔を見下ろしてから、大人しく後ろ手に縛られたままのアーディンに視線を移した。
「私には、貴方がこんなことをするようには思えないのですがね。そもそも動機にも欠けますし。貴方は、本当に彼にそんな依頼をしたのですか?」
アーディンは、口を噤んだまま、静かにエリックを見ていた。アーディンの隣にいたカイルが、我慢できずに口を開いた。
「アーディン様は、そのようなことは決してなさっていません。ですが……」
そこまで言い掛けたカイルを、アーディンが手で制したのを見て、エリックが眉間に深い皺を寄せた。
「どうして、カイルを止めるのですか? 何か、ここでそれを言えない理由でも?」
黙ったままのアーディンに溜息をついたエリックは、再度青年を振り返った。
「貴方は、幾度か父上に魔法を掛けに来ていたのですか?」
「はい。時間が経つと魔法の効力は弱まってしまうので、陛下の執務中に、何度かアーディン王子とあの花壇までやって来て、そこから魔法を掛けていました。どなたか客人らしき方々と話されている様子も、時折見掛けました」
「そうでしたか。このような場に立ち入れる者自体、王族を中心とした一部の者か、護衛の騎士たち、あるいは王族に許可を得た者だけですから、父上も特段警戒していなかったのかもしれませんね」
青年とエリックの会話を聞きながら、キグナス家公爵が勝ち誇ったような笑みをその口元に浮かべた。
「これでおわかりになったでしょう、これはアーディン王子が企んだことだったのだと。そこにいる彼は、ただ悪意なく騙されていただけですし、正直に行いを告白していますので、彼の罪はご容赦いただきたく。ですが、アーディン王子の罪は許されるものではない。他にも目撃者がいますしね。……エリオット王子、貴方の瞳に、この出来事は映らなかったのですか?」
エリオットは、公爵の言葉に表情を変えずに淡々と答えた。
「さあ? 私にとって興味があるのは、常に未来の事象だけですからね。父上を眠りに陥れた誘因とはいえ、それも今となっては過去のこと。過去に起こった出来事を、今更振り返ろうとは思いません」
言葉を切ったエリオットの瞳が、部屋の扉を見つめてきらりと輝いた。怪訝な顔をした公爵も扉に視線をやると、ちょうど扉が開くところだった。
「……おや、ベネディクト王子でしょうか? 彼も、そろそろ来る頃合いだと思っていましたよ」
笑みを深めていた公爵が、ゆっくりと開いた扉の向こうに現れた三人の姿を認めた時、その顔がみるみるうちに強張った。顔色を失った公爵の視線は、ただ一点だけを見つめていた。細身の青年の、長い藍色の前髪の下に覗いている、赤く輝く瞳を見つめながら、公爵は、からからになった喉から言葉を絞り出した。
「ディミトリアス。なぜ、お前がここに……」
『不思議ですか、父上? 貴方がとっくの昔に消したはずの僕が、ここにいることが』
ディミトリアスは、小さく唇を動かすと、感情の籠らない顔で公爵を眺めてから、国王の眠るベッドへと近付いて行った。




