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オリヴァーの力

オリヴァー様は、私に微笑み掛けると続けた。


「僕の魔法はね、人の心を操る力なんだ」

「……それは、もしかしたら魅了と呼ばれる魔法ですか?」

「その通りだよ、ローザ。よく知っているね」


私のような、あまり魔法に詳しくない者ですら、魅了という魔法は耳にしたことがあった。人の内面に働き掛ける魔法でも、最高ランクであり、畏怖の対象にもなっている魔法。オリヴァー様が魔術院首席というのも頷ける。


驚きに目を瞠った私に、笑みを深めたオリヴァー様は、少し遠くを見るような瞳でバルコニーから外を眺めた。


「心を操るといっても、そう単純なものではないんだ。相手の総合的な能力に加えて、心の状態や、身体の具合なども含めて、魔法の効力に影響して来るからね。例えば、動揺していたり、憔悴していたりする相手に対しては、僕の魔法は効きやすくなるし、反対に、僕の力を知っている人が僕に対して身構えていたら、魅了はし辛くなる」


私が無言でオリヴァー様に頷くと、彼は続けた。


「まあ、とは言っても、僕は、そういう場合の心理戦を含めても、ほとんど思い通りに魔法の力を操る自信があるんだけどね。この魔法の力の本当の問題は、別のところにあるんだ。……つまらなくなるんだよ、色々なことが」

「つまらなくなる、ですか?」

「そうだね。……ねえ、ローザ、想像してみて欲しいんだけど。努力をしなくても、何でも思い通りになる世界って、どう思う? もしかしたら、一見魅力的に映るかもしれない。でも、他の人にとっては成し遂げる価値のあるものが、僕にとってはたちまち価値のないものになってしまうんだ。あまりにも何でも容易く手に入ってしまうからね。……実に、実につまらないんだよ」


オリヴァー様は、口元に皮肉な笑みを浮かべていた。


「僕は、まだ年端もいかない時分に自らの力に気付いて、あまりこの魅了の力は使わないことにした。どんな場面でもあっさり勝ててしまう、万能のカードのようなこの力を使わずに、どこまでできるかを試してみたくて、ゲーム感覚でね。それでも、僕は大抵のゲームに勝てたんだ、たいした努力をしなくても。そんな手応えのない日々にうんざりしていた時に、たまたま出会ったのが、まだ幼い君だった」


オリヴァー様は、私の顔をじっと見つめた。


「はじめは、興味本位だったのかもしれない。けれど、僕は、懐いてはくれるけれど、僕よりも遥かに薬に夢中になっている君の心が欲しくなって、君には久し振りに魅了の魔法を使ったんだ。……でも、結果は君も知っているよね? 君を魅了することは、僕にはできなかった」

「……」


オリヴァー様は、黙ったまま彼を見つめ返した私の髪を、するりと撫でた。


「僕は内心、君に魔法が効かなかったことに多少の失望も覚えたけれど、同時に、初めて心の底からの渇望を覚えたことに、興奮と喜びを覚えてもいたんだ。……簡単には手に入らない、魅力的な君を前にして、僕は、いつの日か必ず君を手に入れたいと、そう思った。魔術院に行って目覚ましい成績を残したら、胸を張って君を迎えに行きたいと、密かにそう思っていたんだよ」

「そう、だったのですね……」


オリヴァー様が私を望んだのは、私のことを想ってくださったという部分もあるかもしれないけれど、それよりも、容易に手に入らなかったからこそ欲しいと思ったのだろうと、私はそう彼の言葉を理解していた。


「……けれど、君のご両親があの事故に遭ったと聞いた直後、君は忽然と姿を消してしまった。あの時、愕然とした僕がどれほど焦ったか、わかるかな? ……なかなか消息の掴めない君に焦燥を募らせていた時、ベネディクト王子に声を掛けられたんだ。僕に君の居場所を教える代わりに、彼に手を貸さないかって」

「だからオリヴァー様は、私があの養父母のところにいると知っていらしたのですね?」

「ああ、そうだよ。君は気付いてはいなかっただろうけれど、僕はこっそりと、君の養父母のところに、君の姿を見に行ったことがあるんだ。幼かった君も可愛らしかったけれど、さらに驚くほど美しく、そして厳しい環境の中で逞しく成長した君を見て、息を飲んだよ」


熱の籠ったオリヴァー様の視線と彼の言葉に、思わず頬に血が上った私の髪を、彼はそのまま柔らかな手つきで梳いた。


「それに、あの養父母が、君を売り飛ばそうとしていることも小耳に挟んでいたからね。すぐに手を回して、僕が君の結婚相手として決まった、はずだったんだけど。……あの時、まさかあんなに早く君が逃げ出すとは、想定外だったな」

「……養父母の意図がわかってから、誰であろうとお金を積んだ人に売られるのだろうと思って、すぐに逃げ出そうと決めていたので」


軽く苦笑したオリヴァー様に向かって、私は思わず呟きを漏らしていた。


「オリヴァー様がもし味方でいてくださったなら、どんなに心強かったか……」


オリヴァー様は、さらに一歩私に近付いた。


「僕は今でも君の味方だよ。それは確かだ」

「……それなら、アーディンを助けてはもらえませんか?」

「条件次第では、彼を助けてあげるよ」

「本当ですか!?」


オリヴァー様を期待を込めた瞳で見上げた私に、彼は静かに告げた。


「君が僕と結婚して、僕のものになってくれると返事をしてくれるなら、今すぐにでも彼を助けてあげよう。さっきも話した通り、ベネディクト王子が次期王の座を次ぐことは、既定事項だ。でも、今手を打つなら、まだ、アーディン王子の廃嫡は免れるだろうし、できる限り彼には不利益にならないように手を尽くすと、そう約束しよう」

「……廃嫡? アーディンが?」

「ああ、このままならね。国王の命を狙った罪を被せられれば、さすがに廃嫡は免れないし、それどころか、今後は牢の中で長い余生を送ることになるはずだ」

「そんな……!」


青ざめた私を諭すように、そしてどこか辛そうに顔を歪めながら、オリヴァー様は口を開いた。


「君に信じてもらえるかはわからないけれど、僕はベネディクト王子に手は貸しつつも、できるだけ、良心に反しない範囲に限るようにして、自分の手は汚さないようにしてきた。まあ、直接手を下さない範囲で、王子のすることに見て見ぬふりをしたことはあったけど、僕自身は極力関わらないようにしてきたんだ。どうしてだかわかる?」


首を横に振った私の瞳を、彼は少し悲しそうに見つめた。


「……君が、そういうことを嫌うと知っていたからね。僕が悪事にまで手を染めていたら、君は決して僕を受け入れようとはしないと思った。そうでしょう?」


少しだけ口を噤んでから、彼は続けた。


「だから、僕が関わったのは、ベネディクト王子が気に入った相手を彼の側に引き入れることと、あのワイアット王子が隠していた双頭の竜を手懐けるために、多少の力を貸していたくらいだったけれどーー本当は、ベネディクト王子に心を開くように仕向けていたんだけどねーー、今は、アーディン王子が失脚する手助けをして、初めて自分の手を汚しているところだよ」

「アーディンを? どうして!? オリヴァー様だって、彼が無実だと知っているのでしょう?」


悲鳴混じりの声を上げた私を落ち着かせるように、オリヴァー様は私を抱き締めようとしたけれど、私は彼の手を振り払った。


「こんなこと、すべきじゃないわ……! アーディンに、いわれのない罪をなすりつけるようなことをするなんて。オリヴァー様は、そんな酷いことができる方ではないはずです。お願いです、すぐにやめて、彼を助けてください」


必死に懇願する私に、オリヴァー様は小さく告げた。


「ローザ、君が僕の頼みに応じてくれればすぐに、彼を助けるよ。僕だって、できればこんなことはしたくないんだ。君に嫌われたくもないしね。……けれど、もし僕が手をこまねいていたら、アーディン王子は君を攫って行ってしまって、僕には決して、君が隣にいる未来を手にすることはできなくなってしまうから」


(オリヴァー様にこんなことをさせてしまったのは、私のせいだったのね……)


私がいなければ、オリヴァー様はこんなことに手を染める必要もなかったのだと思うと、心の奥がぎゅっと締め付けられるようだった。心の中を自責の念が渦巻く中で、どうすればよいのかわからないまま、答えられずにいる私の瞳を、彼は苦しげに覗き込んだ。


「これ以上、僕に手を汚させないでくれると嬉しいんだけどな。お願い、ローザ」

「……」


まだ答えあぐねていた私の耳に、突然ばたばたと騒がしい音が響き、オリヴァー様も室内を振り返った。廊下から、部屋の中に息を上げた騎士が駆け込んで来ていた。


「ご報告です。国王陛下の竜が戻って来ました」

「……どういうことだ?」


ベネディクト様が、低い声で騎士に尋ねた。


「私にも、詳細はわかりかねますが、つい今しがた戻った双頭の竜が、国王陛下の眠る部屋に向かっています。それから、竜は見知らぬ人間を二人連れています」

「何だって!?」


ベネディクト様は、すぐに椅子から立ち上がった。


「どこの馬の骨ともわからない者を、父上の部屋に入れるなど言語道断だ。どんな手を使ってでも、父上の部屋には入れるな。よいな?」

「はっ、承知いたしました」


ベネディクト様が視線で合図をすると、オリヴァー様は頷いてから私のことを見つめた。


「ローザ、ここで大人しく待っていてくれる? すぐに戻るから」


私はオリヴァー様に返事をすることができないまま、三人の王子と、そしてオリヴァー様が急ぎ部屋を出て行く様子を見送っていた。

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