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語られた言葉

バルコニーに出てから、私は声が部屋の中まで漏れないようにと、ガラスの扉をそっと閉めた。隣にいるオリヴァー様を、改めて見つめる。すらりとした長身に、栗色の髪を靡かせ、聡明さの窺える空色の瞳をしたオリヴァー様には、爽やかな好青年という言葉が一見ぴったりだった。そんな彼の意図するところが見えなくて、私は例えようのない不安に包まれていた。


(ベネディクト様が企んでいる何かに、オリヴァー様も一枚噛んでいるのかしら? それに、昔から、彼を優しい兄のように慕ってはいたけれど、どうして、オリヴァー様は私に求婚を……? この前、ジュリアンのところでその話を聞いた時には、私を助けるための彼の優しさだと思っていたのだけれど、違うのかしら)


アーディンのように、私が彼を助けたことでもあるならまだ理解はできるけれど、私は彼に何もしていない。それどころか、彼の家で迷子になっているところを、私はただ助けてもらった側だ。彼が私を望む理由が、私にはまったくわからなかった。それに、あのベネディクト様と繋がりがあったというのも、私には俄かに信じがたかった。オリヴァー様の顔を見つめる私の視線に、彼がふっと笑みを漏らした。


「どうしたの、ローザ。僕の顔に、何かついてる?」

「……いえ、そういう訳ではないのですが。オリヴァー様、いくつか、教えていただいても?」

「ああ、ローザの頼みなら聞くよ。何だい?」


私は、思い切ってオリヴァー様に尋ねた。


「オリヴァー様は、どこまで知っているのですか?」

「……どこまで、というのは?」


オリヴァー様の瞳が細められる。オリヴァー様の澄んだ瞳は、ベネディクト様のそれよりもさらに多くのものを見透かしているようで、私はごくりと唾を飲み込んだ。彼に駆け引きを仕掛けても、全く歯が立たないだろうことは、私にも薄っすらと感じられた。ここは、下手に婉曲に尋ねるよりも、真正面から聞くほかないだろうと思って口を開いた。


「アーディンを陥れるための何かのことです。以前から、オリヴァー様も、その何かを知っていたのですか?」

「……ねえ、今でも、君はアーディン王子のことを信じているの?」


さっきのベネディクト様との会話が聞こえていた様子のオリヴァー様の言葉に、私は頷いた。


「はい」

「アーディン王子は、ほかの令嬢に気持ちがありながら、君を騙していたんじゃなかったのかい?」


私は即座に首を横に振った。


「さっきベネディクト様に見せていただいた、彼の記憶だというあの映像は、途中からアーディンが偽物でした。笑い方も、歩き方も、あれは絶対にアーディンのものではありません。……確かに、見た目だけはアーディンだったので、何かの魔法で彼の外観に成り代わったのかもしれませんが、ああいうものを用意して私に見せること自体、ベネディクト様が何らかアーディンを陥れようとしているようにしか、私には思えません」

「ふうん、さすがはローザだね」


オリヴァー様は、私の言葉に、楽しげにその瞳を輝かせた。


「聡いな、ローザは。……もっと君が幼かった昔から、君はとりわけ感性が鋭くて、際立って賢い子だった。僕の家にご両親と訪れていた時も、大人でも見分けるのが難しいような薬草類を、ほんのわずかな色や匂いの違いで見分け、新しい薬草を見る度に、嬉しそうにどんどん知識を吸収していったよね。……ローザは、あんな小手先の子供騙しには引っ掛からないだろうって、僕はベネディクト王子に進言していたんだけど。やっぱり、僕が正しかったようだね」


私は、彼の言葉に、すうっと全身から血の気が引くのを感じた。やっぱり、オリヴァー様は、深くまでベネディクト様の計画に関わっているようだった。


「オリヴァー様は、ベネディクト様が私に偽のアーディンを見せて私を騙そうとしていたことを、ご存知だったのですね。ワイアット様も何かを企んでいらしたようでしたが、私の両親を巻き込んだのも、本当の黒幕はベネディクト様だったのですか? ベネディクト様とオリヴァー様は、一体何を目的としていらっしゃるのですか。……それから、オリヴァー様がさっきダリル様とデレル様に掛けていたあの魔法。あれは、何なのですか?」


突然、オリヴァー様が私を見つめて破顔した。くっくっと笑みを漏らしながら、彼は一層、その瞳を嬉しそうに輝かせていた。


「僕が魔法を使ったことにまで気付いていたのかい、ローザ。僕は、君のそういうところ、とても好きだよ。……君には、ベネディクト王子とは違って、僕は真実を教えてあげるよ」


オリヴァー様は、私の両目を真っ直ぐにじっと見つめた。


「まずは、ワイアット王子が吐いたことから。君のご両親を事故に見せかけて拘束し、ここに連れて来たのは、ワイアット王子だ。アーディンの命を昔狙ったのも、彼だった。……逃げられたアーディンの居場所を探すうち、迷いの森の側に住む、君のご両親を知ったようだ。特殊な動物の治療に手慣れている、君のご両親のことをね。ただ……」

「ただ、何でしょうか?」

「……ベネディクト王子は、ワイアット王子が企んでいたことを当初から知っていた。彼の情報収集能力は、右に出る者がいない。ベネディクト王子は、直接は君のご両親の件に関与してはいないが、ワイアット王子を監視しながら、ずっと機会を窺っていたんだよ。さっきの君の質問への答えになるが、ベネディクト王子の目的は、彼が次期王位を継ぐことだ。そして、僕の目的はね、ローザ。君の心を手に入れること、ただそれだけだよ」


確かな熱の感じられるオリヴァー様の瞳が近付いてきて、私は一歩後退った。


「……どうして? なぜ、私のことを?」

「僕は昔から、可愛くて聡い君のことが気に入っていたんだよ。でも、僕は今まで、君の心だけはどうしても手に入れることができなかった。……皮肉なものだと思ったよ。他のものなら何だって容易に手に入るのに、一番欲しいものだけが、どうやったって手が届かないのだから」


オリヴァー様は、私の耳元に口を寄せて、小さな声で囁いた。


「それから、君の最後の質問にも、答えてあげるよ」

「オリヴァー様の魔法の力のことですか?」

「ああ。僕は、アーディン王子とは違う。自分から人に魔法の力を話すのは初めてだが、僕は君のことを、心から信じているからね」


私は息を飲んで、彼の言葉に耳を澄ませていた。

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