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笑顔の裏の真実

「どうなっているんだ。……あの場で、次期王は王子に決まるはずではなかったのか?」


表情を動かさず、抑揚のない声で淡々と話すその男性は、酷く冷たい目をしていた。


「そんなにお怒りにならないでください。キグナス家当主ともあらせられる公爵が、この程度のことで目くじらを立てる必要もないでしょう」

「次は、間違いないのだろうな?」

「ええ、必ず。ご安心ください。彼も、二度と同じ過ちは繰り返さないでしょう」

「まあ、そうだな……」


テーブルを囲む三人目の青年を見つめて、公爵は表情を緩めた。


「私は、君のことは気に入っているんだ。次こそは頼んだぞ」

「当然、承知していますよ」


ゆったりと足を組んだ青年は、公爵に向けて余裕の漂う笑みを浮かべた。公爵が、視線を静かにその隣まで滑らせる。


「王子。貴方の正妃には、我が娘のレイラを据えるということでよいのだな?」

「ええ。レイラ様のような方でしたら、喜んで」

「レイラを正妃にするのなら、後は子さえ為してしまえば、側妃は好きにするがいい」

「……はは、さすがは冷徹と言われる公爵ですね。レイラ様のことは、ちゃんと大切にしますよ。キグナス家からの支援が得られなくなったら、困りますからね」


王子は、公爵に向かって顔に笑みを張り付けたまま、内心では思いを巡らせていた。


(本当は、妃は別に誰だって構わないんだけどね、強い後ろ盾さえできるなら。まあ、あのレイラ嬢は綺麗なだけ幸運だったってところかな。……それにしても、この公爵は相変わらずだな。私利を最優先に考える。実の息子ですら、容赦なく切り捨てたと言われているだけのことはあるな)


王子は、隣に腰掛けている青年を見つめた。


「僕の次期王位が決まった暁の君への報酬は、本当にあんなものだけでいいの?」

「……あんなもの、だって?」


青年の瞳が怒りを帯びてすうっと冷えたのを見て、王子は慌てて口を開いた。


「ああ、すまない、ちょっとした言葉の綾だよ。君ほどの才能があれば、名誉でも地位でも金でも、どんなものだって手に入るだろうにと思ってね。他に欲しいものはない?」

「いや、何もありませんね。はじめから言っているでしょう、僕は、他には何もいらないって」


(彼も、何だってこれほどに欲しがるんだろうね? アーディンも然り、か。……まったく理解には苦しむけれど、所詮は他人だしね)


王子は、初めて青年と出会った時のことを思い出していた。彼は、その頭抜けた能力を持て余していた。ある程度の魔法の才能がある者たちが、燃えるような野心を秘めていたのとは対照的に、彼は多くのことに飽き飽きとしていた。どれほど熱意がなくても、何をしても、人よりも容易に勝ってしまうことが、つまらなくてたまらないといった風情だった。けれど、目の前のこの青年が、ただ一つだけ、執着とも呼べる切望を抱いていることが手に取るようにわかった時、これは使えると、はっきりとわかった。周りを見渡せば、渇きを覚えるほど掴み取りたいものばかりなのに、才能不足で苦しんでいた自分とは、ちょうど正反対の彼の存在が、自分にとっての成功の鍵になると、そう直感したのだった。


王子はにっこりと青年に向かって笑い掛けた。


「もうすぐでしょう、ご希望通り、()()が手に入るのは。……さて、これからご本人に会いに行って来るよ。君も、伝えた通り、準備をしておいてね」

「ああ、わかっていますよ」


青年の瞳が熱を帯びて輝くのを見て、王子は成功が手に届くところまで来ていることを感じながら、ふっと薄く口角を上げた。


***


「それでは、行ってくるわね」


指定された部屋の前まで来て、私は緊張にごくりと唾を飲み込んだ。


「ああ。……何か聞かれても、普段通りの君のままで、知っていることをただ答えるだけでいい。昨日も言ったが、何かあればすぐに呼んでくれ」


アーディンと、隣に並んでいるカイル様に頷く。


「ええ、わかったわ」


二人に小さく手を振ると、私は、従者がぎいっと開けた両開きの扉を潜った。


「ローザ、ようやく来たんだね」

「いつ来るのかって、待ち侘びていたよ」


椅子に腰掛けていたダリル様とデレル様の、歓迎を示す大きな笑顔を前にして、私は少し引き気味に答えた。


「……ちょうど、約束の時間になったところですよね?」

「そうなんだけどさ。もう、随分と待ったような気がするよ。まあ、座って。……ライアン兄上とベネディクトも、やって来たね」


私が今しがた潜ったのと同じ扉から、ライアン様とベネディクト様も部屋の中に入って来た。丸いテーブルを囲むようにして、私たちはそれぞれ椅子に座った。バルコニーに面した大きなガラスの扉越しに、室内には明るい陽の光が差し込んでいた。


「これで揃ったね。……ベネディクト、昨日音頭を取った君から始める?」

「ありがとうございます、デレル兄上。もし差支えなければ、是非。……さて、ローザ様」


ベネディクト様は、昨日とは違う柔らかな笑顔で私を見つめた。


「貴女に今日来てもらったのは、実はね、貴女を尋問するためじゃなくて、本当のことを教えてあげたかったからなんだ。貴女が何も知らずに誤解したままじゃ、可哀そうだからね」

「……本当のこと?」


一体ベネディクト様は何をしようとしているのだろうと、身構えて眉を潜めた私に、ベネディクト様はくすりと微笑んだ。


「ねえ、そんなに警戒しないで。本当だよ? 君、純粋そうであまり疑うことを知らなそうだったから、さ。それに、こうしてローザ様から話を聞きたいという口実でもないと、アーディンたちかエリック兄上が、貴女にべったりのようだったからね」

「……今日彼女を呼んだことに、そんな目的があったとは、俺は知らなかったぞ」


少し顔を顰めたライアン様と、その横でどこか楽しげな色をその瞳に浮かべているダリル様とデレル様にも、ベネディクト様は笑みを向けた。


「まあ、兄上たちの誰にも今日の目的を伝えてはいませんでしたから、それも当然でしょう。黙っていたことについては謝りますが、ここで共有できることは、兄上たちにとっても損にはならないと思いますよ」

「……それで、お話というのは?」


固い口調で尋ねた私に、ベネディクト様は続けた。


「そんなに焦らなくても、教えてあげるよ。でも、少しだけ、僕から先に貴女に聞いてもいいかな?」

「ええ、何でしょうか」

「アーディンは、貴女に結婚を申し込んだんでしょう。……まあ、王宮内での話は、すぐに回るものだからね」


ベネディクト様の言葉に反して、驚いた様子で視線を交わす三人の王子達を横目で見てから、彼は次に私にその瞳を向けた。


「……あれは、アーディンがローザ様を愛しているが故のものだと、本当にそう信じているの?」

「……えっ?」


想像もしていなかったベネディクト様の言葉に、私は目を瞠った。


「それは、どういうことですか?」

「ローザ様を悲しませるのは本意ではないけれど、貴女はアーディンの手駒に過ぎないと、そういうことだよ。昨日、あの双頭の竜が貴女の元に飛んで行く様子を見て、僕にもわかった。……貴女には、神聖な動物たちに好かれる何かがあるんだろうね。この国の王位を守る上では、守護獣をはじめとする、あのような動物たちから愛されることは必須の要素だ。貴族たちが使う魔法の力だって、ああいった動物たちの加護の元に成り立っていると言われるからね。アーディンは、君と昔会ったことがあるんでしょう? その時に、きっと君のその特長に気付いたんだろうね。だから、王位継承が近付く大事な時期になって、君を手元に置いておきたいと思った」

「そんなこと、ないと思います。だって、アーディンは昔から……」


まだ幼かったアーディンが、頬を染めて私に纏わりついて来た時のことを思い出していた私に、ベネディクト様はふっと笑みを漏らした。


「アーディンが昔ローザ様に出会った頃には、本当に貴女のことが好きだったとしても、別に不思議はないと思うよ。淡く、幼い恋だったのかもしれない。でも、その感情が今になってもそのまま続いているのかは、また別問題だ。離れていた間の彼のこと、ローザ様は、一体どのくらい知っているの?」

「……」


私は、ベネディクト様からの問い掛けに答えることができなかった。王宮で開かれたあの夜会でアーディンを見掛けるまでは、アーディンとの接点はなかったし、会えずにいた期間について、これと言って具体的な話を彼から聞いていた訳ではなかった。

瞳を揺らした私に気付いたように、ベネディクト様は笑みを深めた。


「それにさ、ローザ様はアーディンの魔法が何なのかを知ってる?」


私は、心がざわりと騒ぐのを感じながら、ベネディクト様の言葉にゆっくりと首を横に振った。


「ほら、やっぱりね。アーディンが貴女のことを本当に大切な存在だと思っているなら、貴女を信じて教えてくれたっていいと思わない?」


我が意を得たりとばかりに、ベネディクト様が目を輝かせた。


「貴女は、アーディンに都合良く利用されようとしてるだけなんだよ。もう一つ、証拠を見せてあげる。……兄上たち、すみませんが、僕にこのまま続けさせてもらっても?」


できることなら誰かにベネディクト様を止めて欲しかったけれど、ライアン様も、ダリル様もデレル様も、誰も彼の言葉に異を唱えなかった。

ベネディクト様は、満足そうに従者の一人を隣に呼んだ。彼が合図をすると、従者が私たちの前に手を翳し、たちまち鏡のような、丸く漂う面状のものを宙に浮かび上がらせた。


「これは、何なのですか?」


私はベネディクト様に、彼の従者の魔法によって現れたと思われる、目の前の不思議な物体を見ながら尋ねた。


「これは、記憶を映像化して見ることができる魔法だよ。誰の記憶でも、視覚化できるものなら投影することができるんだけど、今から、僕がこの前に目にしたものを見せてあげる」


鏡状に見えていたものの表面が、ゆらりと揺らいだ。そこに現れた人影に、私は小さく声を漏らした。


「アーディン……」


それは、どこかを歩いているアーディンの後ろ姿だった。アーディンの後ろから、栗色の髪を靡かせた美しい令嬢が駆けて来て、アーディンの腕に突然自分の腕を絡めた。彼女に驚いた様子で、アーディンが振り返る。

映像が切り替わると、アーディンが親しげな笑みを彼女に浮かべ、腕を絡めたまま彼女と談笑している様子が現れた。私とは大分タイプの違う、妖艶な色香を漂わせた彼女と腕を組んで歩きながら、顔と顔が触れそうな距離で、甘い笑みを浮かべるアーディンの姿からは、二人がただならぬ関係であることが容易に見て取れた。全身から血の気が引いていくのを感じながら、私が思わずその映像から目を逸らすと、ベネディクト様がじっと私の顔を覗き込んだ。


「ね、これでわかったでしょう? 貴女が、こういう意味での、アーディンの特別じゃないってこと。アーディンは、女性に対して距離を取りがちだなんて言われていたけど、僕はこの目ではっきりと見たからね」


ダリル様とデレル様は、顔を見合わせると、愉快そうな笑みを浮かべていた。


「へえ、これは驚いたな。アーディンには、今まで浮いた噂はないと思ってたのに」

「ねえ、ローザ。アーディンはやめて僕にしておきなよ」


ライアン様は、益々難しい顔をして、渋い表情を浮かべていた。


「俺も、こういう事情に疎い方ではあるが、これは知らなかったな」


勝ち誇ったようなベネディクト様の顔をぼんやりと眺めながら、私は、さっきの映像を見て、自分の中で何かが引っ掛かったことも感じていた。動揺のあまり、途中から映像を正視できなくなっていたけれど、確かに、そこには違和感があった。そして、映像の中だけでなく、それ以外にも、何かが私の心をざわつかせていた。


『常に冷静でいなさい』


エリオット様から聞いた言葉が耳に響いたような気がして、私は動悸の激しくなった胸を押さえながら、ベネディクト様に向かって口を開いた。


「……あの、今の映像を、もう一度見せていただくことはできますか?」

「うん、もちろん。貴女が見たいなら、何度だって構わないよ」


ベネディクト様が従者に視線を送ると、先程と同じ映像が再生された。今度は心を落ち着けて、何も見落とすまいと思いながら、私はじっと映像の中のアーディンを見つめた。


(……!)


冷静になって改めて見てみると、さっき覚えた違和感の原因がすぐにわかった。


(この男性、確かにアーディンの顔をしているけれど、アーディンじゃないわ。アーディンは、こんな風に笑わない。……全くの別人だわ)


笑う時の癖が、目の細め方や口角の上げ方まで、いつも見ているアーディンとは全然違った。はじめに令嬢に腕を取られて振り返った、驚いた様子のアーディンだけは本物だった。そのためか、うっかりその後も本物なのだろうと見誤っていた。


あれほど一途に私のことを想ってくれるアーディンを、一瞬でも疑ってしまったことを、私は恥ずかしく思った。もしも私が、まだアーディンにそれほど心を傾けていなかったなら、もっと容易に気付けていたのだろうと思う。けれど、もう彼の存在が私の中で大きくなっていたからこそ、心が揺れて、すぐに真実を見抜けなかったのだと、私は改めて感じていた。


よくよく見れば、隣の令嬢と親しげに歩いている途中の映像からは、歩き方すらアーディンとははっきりと違っていた。


(これは、どういうことなの? ……お父様とお母様も、目眩ましの魔法を掛けられていたということだったけれど、似たような魔法で、誰かがアーディンの姿を装ったのかしら。たまたま、ベネディクト様はこの様子を見掛けたの? それとも……)


ベネディクト様に視線を戻した私は、静かに背筋が粟立つのを感じた。さっき感じた、もう一つの違和感の正体に、そこでようやく気付いたからだった。


彼の、少し歪めたように上げられた口角が、迷いの森でディムから見せてもらった映像に重なる。計画通りに事が運んでいることを確信しているのであろう、その独特に歪められた満足気な笑みに、私は確かに見覚えがあったのだ。


(あの時、崖崩れに巻き込まれた私の両親が乗った馬車を、遠くから眺めていたのは……ワイアット様ではなくて、この方だったのね)


目の前のベネディクト様の笑顔が突然怖ろしくなって、私は微かに震えていることを悟られないように、ぎゅっと両手を握り締めた。

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