もう一人の黒幕
エリック様は、まだ緊張している様子の私の両親と、そしてそのすぐ横にいる私に向かって、柔和な笑みを浮かべた。
「しばらくぶりの再会なのですから、後は家族水入らずでゆっくり過ごされてはいかがですか? こんな所で立ち話も何でしょうから……」
「エリック兄上、ちょっと待ってください」
鋭い声でエリック様の言葉を遮ったのは、ベネディクト様だった。
「今の話からは、そこのお二方も、ワイアット兄上の計画に加担していたということになりませんか? その話が真実かどうかも含め、ワイアット兄上たちと同様、共謀していた可能性のある彼らのことも、取り調べた方が良いのではありませんか」
私は、彼の言葉に思わず取り乱していた。
「そんなっ。私の両親はただ巻き込まれただけなのに、どうして……!?」
私のことを、ベネディクト様は疑わしげに見つめた。
「それに、そこのローザ様は彼らの娘だとか。このような場面で再会するなど、どこか出来過ぎでは? あの二人が世話をした双頭の竜が、ローザ様目掛けて飛んで行ったのを見る限り、何か裏があっても不思議ではないような気がしますが」
「ワイアット兄上に脅迫されていただけだと、今そう聞いたでしょう。それに、あの竜がローザの父上と母上に敵意を向けたようには見えませんでしたよ」
すかさずベネディクト様と私たちとの間に割って入り、庇ってくれたアーディンの背中にほっとしていると、ベネディクト様がアーディンに薄く笑った。
「あの竜の怒りを買ったワイアット兄上や、兄上を支援していた者たちの魔法の力は失われたようだけど、そもそも魔法が使えなかったから、そこのお二方には何も起こっていないように見えるだけじゃないの?」
腕組みをして何やら思案顔になっていたライアン様が、ベネディクト様を見て口を開いた。
「ベネディクトの言っていることも、確かに一理あるかもしれないな。少なくとも、詳細に彼らの話を聞いて、ワイアット兄上の話と矛盾がないか、確認する必要はあるだろうな」
ダリル様とデレル様は、ベネディクト様とライアン様の言葉に顔を見合わせていた。
「まあ、白のような気はするけど、話だけでも聞いてみれば?」
「彼らの話だけ正しいって認めるのも、不公平といえば不公平だろうしね」
(無茶苦茶な話だわ……!)
かっと頭に血が上り憤っていた私を、隣にいたお父様が諫めると、王子たちに向かって口を開いた。
「ご懸念の点は理解できますし、私たちももちろん協力いたします。取り調べていただくことに異存はございません」
「お父様……」
お父様は私に向かって、大丈夫だと示すように微笑み掛けると、お母様に目配せをした。
エリック様はしばらく口を噤んでいたけれど、眉を寄せながら、お父様の言葉に頷いた。
「心からの同意は致しかねますが、ご本人たちがそう仰るのでしたら、わかりました。それで疑いを晴らせるのなら、それも一案かもしれません。……丁重に対応して差し上げるのですよ」
エリック様が視線で合図をした従騎士と一緒に、私の両親は一度私のことを振り返ってから、静かに王の間を出て行った。
(せっかく、ようやく会えたばかりなのに。どうしてこんなことに)
足から力が抜けて、よろめいた私の身体を、アーディンが支えてくれた。
ベネディクト様は、次いで私のことも射るような目で見つめた。
「エリック兄上。ローザ様にもお話を伺いたいのですが、後で彼女のお時間をいただいても? ……それから、アーディン。君がこの事件の裏で糸を引いていた可能性だって、無きにしも非ずに思えるけどね。そこにいるローザ様は、見る限り、君にとって特別な存在みたいだし」
「ベネディクト、そういうことなら、俺たちも混ぜて欲しいんだけど。……また君と話したいからね、ローザ」
こんな場面でもウインクを飛ばして来たダリル様とデレル様にげんなりとしながら、私は彼らとベネディクト様に目を眇めた。
「……彼女は私の客人だと、そう言っているでしょう」
「ローザまで巻き込むなんて、さすがに行き過ぎです。申し開きなら、俺がしますから」
すぐにエリック様とアーディンが庇ってくれたけれど、私は彼らの言葉に頷いた。
「私は構いません。……どうぞ、お好きに聞いてください。アーディンのことが疑われるなんて、私としても我慢できませんから」
「じゃあ、落ち着いて話を聞ける場所に移ろうか。僕としては、公平を期すために、エリック兄上とアーディン抜きで君に話を聞きたいんだけど、いいかな?」
「ええ、身の安全さえ保障していただければ」
ジト目でダリル様とデレル様を見た私に、二人は苦笑していた。お父様とお母様を疑ったことに、ベネディクト様にも隠し切れない怒りを浮かべている私を見て、ベネディクト様はふっと笑みを漏らした。
「もちろんだよ。君の安全は保障すると、約束する。……じゃ、これで君との交渉は成立だね。ライアン兄上と、エリオット兄上はどうなさいますか?」
「では、俺も同席させてもらおう」
そう答えたライアン様に対して、エリオット様は静かに首を横に振った。
「私は結構です。貴方たちにお任せします」
「……ローザ、本当にいいのか?」
心配そうに私を見つめるアーディンに、私は頷いた。お父様とお母様の忠告には反するかもしれなかったけれど、私は少しでも真実に近付きたかった。もしかしたら、彼らと直接話したら、この中にいる誰が黒幕なのかがわかるかもしれないと、そう思ったのだ。
エリック様は軽く溜息を吐くと、私の顔と、ベネディクト様の顔を交互に見つめた。
「ローザ、あまり顔色が良くないようですが、大丈夫ですか? ……ベネディクト、ローザも疲れているようですし、もう陽も傾いて来ました。せめて、明日にしてはいかがでしょう?」
「ええ。ローザ様に明日、確かにお話を伺えるなら、僕はそれで結構です」
エリック様は、次に視線を三人の王子に移した。
「ライアン、ダリルとデレルも、明日でいいですか?」
「ああ、俺は構わない」
「ま、急ぐこともないしね。明日楽しみにしてるよ、ローザ」
「今夜は邪魔しないから、安心して」
最後のデレル様の言葉に、エリック様は怪訝そうな顔をしていたけれど、ダリル様とデレル様は、ひらひらと私に手を振るとすぐに立ち去っていった。
***
(ワイアット兄上。……愚かだったな)
魔法の力を失って、大理石の床の上に崩れ落ちた兄上を見て、皮肉なものだと思った。
あれほど強い炎魔法を持っていながら、あのたった一瞬で、すべてを失ってしまったのだから。
自分があの力を授かっていたならと、喉から手が出るほどに憧れていた、エリック兄上に次ぐ強力な攻撃魔法。
(それに引きかえ、自分は……)
自分が生まれ持っていた魔法の力に気付いた時、失望どころか、絶望しそうになった。こんな魔法しか使えないなんて、誰にも、決して漏らす訳にはいかなかった。自分なら、こんな力の持ち主に仕えたいとは、まず思わないだろう。それに、魔法にも種類によって特徴がある。攻撃魔法のように、ほぼ誰にでも同様の効果を与える魔法もあるが、自分の魔法のように、相手の内面に働き掛ける魔法は、相手にこちらの手の内を知られてしまうと、著しく効き辛くなるのだ。
最弱の手札を持っていることを悟られないように、常にポーカーフェイスで。地道な努力を重ねて、あたかも強い手札を持っているかのように、自然に振る舞うことを身に着けた。上手く使えば、弱いなりに、自分の魔法も役立った。……まあ、経験を積むうちに、こんな力はあってもなくても変わらないような気もしたが。
ただ、あの彼を味方に引き入れられたのは大きかった。彼が見返りにと望むものが、自分にとってはあまりにもつまらなくて驚いたものだが、人にはそれぞれ、こだわりというものがあるのかもしれない。
少しずつ、少しずつ、力のある者たちを味方につけ、自分が切れる強い手札を増やして来た。それも、次期王の椅子を手に入れるためだけに。
ようやく、その道筋が確かに見えてきたのだ。このチャンスを逃す訳にはいかなかった。
(……父上には、感謝しないとな)
父上が倒れ、兄弟全員を集めた時。あの父上の言葉は自分に向けて発せられたものだとわかって、心が震えた。他の兄弟たちにはわからなかっただろうが、あの時、父上は自分に対して、言霊で縛る魔法を掛けていた。掛けられた者にだけ、掛けられたとわかる魔法。恐らく、父上の魔法の力を知っているのは、兄弟の中で自分だけだろう。
倒れるずっと以前に、父上が、魔法の力にばかり依存すべきではないと言っていた理由がわかったような気がした。父上は、魔法の力で人を縛る代わりに、本当は人を信じたかったのだろう。けれど、次第に信じることができなくなり、魔法を使う機会が増えた結果、自分が仕掛けておいたあの罠に嵌った。……あれが自分によるものだと、よく見抜いたものだと思ったが。
(……父上、あなたのお言葉の通り、自分の命は、この国の民を守り発展させるために、喜んで捧げましょう。次期王の冠さえ手に入るのなら、ね)
口元に浮かびそうになった笑みを堪える。次にどの手札を切るのかは、既に決めていた。




