隠されたメッセージ
ワイアット様たちの背中が扉の向こう側に消えると、エリック様が表情を翳らせたまま深い溜息を吐いた。
「残念だ、としか言いようがありませんね。……そちらにいらっしゃるのは、ローザの父上と母上だそうですね。これまで何が起きていたのか、教えていただくことはできますか?」
エリック様に視線を向けられて、私の両親は恐縮したように頭を下げた。お父様が、躊躇いがちに口を開いた。
「私たちは五年ほど前に、馬車で自宅に帰る途中、崖崩れに巻き込まれました。馬車は土砂に酷く押し潰され、もう助からないと思ったところまでは覚えているのですが、気付くと、この王宮のベッドの上にいました。……私たちは、ワイアット様に助けていただいたようでした」
お父様はお母様と視線を交わすと、既に空になった檻を見つめた。
「妻も私も、五体満足で生き残っているということが不思議なくらいでしたが、ワイアット様に、助けていただいたお礼と、何か御恩返しができることがないかを伺いました。すると、ワイアット様は、傷付いた双頭の竜を保護しているが、日に日に弱っていき困っていると仰るのです」
エリック様は目を瞠ると、お父様の言葉を途中で遮った。
「……ということは、そんなにも前から……双頭の竜は、この王宮にいたのですか?」
「はい。ただ、金色に輝く双頭の竜は、我が国を守護すると言われる存在。混乱を招かないようにと、当時からごく秘密裡に匿われていました。私たちが、珍しい動物の世話にも慣れていることをご存知だった様子のワイアット様は、私たちに、竜を回復させるための世話を任されました。ただ、任務が無事に完了するまでは、この話を漏らしてはならず、王宮の外に出ることも許されないと聞いていました」
お父様の話を聞いていたエリック様が、顔を顰めた。
「ということは、要するに、お二人はワイアットに監禁されていたようなものですね。先程まで、お二人とは違う男女が檻の側にいたように見えたのですが、あれは魔法を掛けられていたのですか?」
「はい。先程ワイアット様と一緒に連行されていった女性に、目眩ましの魔法を掛けられ、私たちはいずれも違う姿になっていました」
「ワイアットは、随分と用意周到だったようですね。お二人が特殊な動物の世話にも長けていることを、ワイアットが予め知っていた状況からしても、お二人を崖崩れから助けたのではなく、あの竜の世話をさせる目的で、王宮に連れて来るために事故に見せかけてお二人を巻き込んだと、そう考えるのが自然でしょうね」
「同感ですね、エリック兄上」
エリック様の脇で、厳しい顔で頷いたアーディンに向かって、お父様が不思議そうに首を傾げた。
「……ところで、アーディン王子は私共のことをご存知のようでしたが、どこかでお会いしたことが……?」
私は、アーディンの姿に目を瞬いていたお父様とお母様に向かって微笑んだ。
「お父様、お母様、覚えているかしら。昔、私たちの家にしばらく滞在していたアークのこと。ここにいるアーディンは、あの時のアークよ」
私の言葉に、驚いたように顔を見合わせた二人から、嬉しそうな笑みが零れた。
「アーディン王子、貴方様は、あのアーク君だったのですね。ご立派になられて……。先程の王子の言葉を聞いて、どこでお会いしたのだろうと不思議に思っていたのですが、ようやく合点がいきました。お元気そうで何よりです」
「あの時は、俺のことを助けてくださって、本当にありがとうございました。お二人とローザがいなかったら、今、俺は生きてこの場にいることはできなかったはずです」
私の両親に対して、丁寧に頭を下げて笑みを返したアーディンが、ふっと真剣な顔つきになった。
「……ワイアット兄上は、やはりローザの存在を盾にしていたのですか?」
お父様は、苦痛を浮かべた顔で、小さく頷いた。
「私たちが不在の間、ローザの生活と身の安全を保障していただく代わりに、私たちは竜を回復させねばならないと、そのようなお話でした」
エリック様の表情が、険しさを増す。
「ワイアットの言葉の裏を返せば、無事に竜を回復させることができなければ、ローザの安全は保障できないと、そう解釈できますからね。脅迫まがいのやり方で、お二人を長期にわたり王宮に無理矢理留まらせた上、口も噤まざるを得ない状況に追いやっていたなんて、やはりワイアットは厳罰に処さなければなりませんね」
私は、エリック様の言葉を聞きながら、養父が話しているのを偶然耳にした時のことを思い返していた。
(だから、養父はあの時、私を引き取って金になったなんて言っていたのね、きっと。私を手元に置いて監視する代わりに、金銭を受け取ったのかしら)
エリック様は、こめかみを押さえながら続けた。
「ワイアットは、あの双頭の竜を、次期王位を得るための手段として利用しようとでもしていたのでしょう。父上に何らか手を出したのも、彼である可能性が高そうですね。彼の今後の自白とも照らし合わせる必要はありますが、これで王家の膿は出せるというところでしょうか。……ローザ、あなたも辛い思いをしましたね」
エリック様の口調は、私を慮ってくれていることが感じられる、優しいものだった。私は、一日だって忘れたことのない、懐かしい両親が目の前に立っているのだと改めて実感しながら、お父様とお母様の元に駆け寄ってそのまま抱き着いた。少しやつれた二人の顔を見上げて、私は堪えていたはずの涙が頬を伝うのを感じながら、しゃくり上げつつもどうにか口を開いた。
「お父様もお母様も、あの事故で亡くなったことにされていたのよ。また会えるなんて、夢にも思わなかったわ。でも、ずっと、ずっと会いたかったの。良かった……」
お父様も、私に回す腕にぎゅっと力を込めた。
「また君をこうして、抱き締めることができるなんて。大分大きくなったようだね……」
私の耳元でそう呟いたお父様の腕は、少し震えていた。次に、私は目に涙を浮かべていたお母様の身体を抱き締めた。お母様も、私の身体にゆっくりと腕を回した。
「気を張っていたのでしょう、辛かったわね。けれど本当にあなたが無事でよかった。天に感謝しなければならないわね」
私ははっとして、再会が叶った両親の顔を見つめた。何気ない会話に聞こえるだろうけれど、少し顔色の悪い二人の瞳を覗き込んで、私は彼らの意図を理解した。上手く笑えているだろうかと思いながら、私は何とか口角を上げて頷いた。私たちの再会を見守っていたエリック様が、遠慮がちに私の両親に尋ねた。
「お二人はもう自由の身です。……このような状況で伺うのも恐縮ですが、お二人は、以前過ごされていた家に戻られるおつもりなのですか?」
エリック様の言葉に、両親は揃って首を横に振った。
「少なくとも、当面の間はここに留まるつもりです。回復途上の動物たちが、まだ何匹も小屋に残っていますので、彼らの世話を放り出す訳にも行きませんから。それに、既に我々が他界したことになっているのなら、家に戻っても混乱を招くだけでしょうし、娘のローザもここにいますしね」
「確かに、仰る通りですね。……弟による不祥事のせいで、このようなことに巻き込んでしまって本当に申し訳ありませんが、お二人には、新しく別の身分をご用意して差し上げた方がよいかもしれませんね。すぐに検討しますし、ご滞在いただく部屋も、より過ごしやすい客間をすぐに準備させましょう」
王の間に流れる空気は、先程までと比べたら、多少なりとも穏やかになったようだったけれど、私は、お父様とお母様から今しがた聞いた言葉に、身体に緊張が走るのを必死で堪えていた。アーディンは、お父様とお母様からの短いメッセージに気付いたのだろうかと思いながら、私は、その場にいる面々をそっと見回した。
さっき、抱き着いた私に、お父様とお母様が話し掛けた時。二人とも、なぜか文節ごとに言葉を区切っていて、抑揚が少しだけ不自然だった。昔、お母様が、あなたは目だけじゃなくて耳も良いのね、と褒めてくれて、お父様も隣で微笑んでいたことを思い出す。二人がほんの僅かに強調していた文字を繋げていくと……。お父様がエリック様に対して答えている時も、どことなく、慎重に言葉を選んでいたようだった理由がわかったような気がした。
(ワイアット様だけでなく、きっと、まだこの中にも誰かいるのね)
お父様がエリック様にした説明は、嘘ではないと思う。ただ、きっとすべての真実までは含まれてはいない。この場で洗いざらいつまびらかにすることのできない理由が、何かあるはずだ。私は、深く胸に息を吸い込むと、唇をぎゅっと引き結んだ。




