レイラの受難
ローザ達が薬草畑を訪れていたのと時を同じくして、王宮の医局近くで表情を曇らせていた一人の女性に、掛けられた声があった。
「レイラ? どうして君がこんなところに?」
「ワイアット様。ご無沙汰しております」
優雅に礼をしたレイラに、第二王子のワイアットは嬉しそうに目を輝かせて頬を染めながらも、怪訝そうに眉を寄せた。
「公爵家令嬢である君が、今日は随分と質素な格好をしているのだな」
普段なら、華やかな美しいドレスを見事に着こなしているレイラが、その日は装飾もない、地味でシンプルな平民のようなワンピースを身に着けているのを見て、ワイアットは首を傾げた。
「ワイアット様、私、今日はお世話になった方にお礼をしたくて、人目を忍んでここに来ているのです。だから、ここで私を見掛けたことは、どうぞ内緒にしておいてくださいましね」
レイラの頼みには、ワイアットは弱い。公爵家のレイラは、ワイアットにとって昔馴染みであり、かつ長年に渡り想いを寄せている相手でもあった。ワイアットは、久し振りに会ったレイラに目を細めながら尋ねた。
「ああ、わかったよ。世話になった人というのは、一体誰なんだい?」
「生憎、先日はお名前を聞きそびれてしまったのですが。以前に王宮の医局で診ていただいた際に親切にしてくださった、若い女性の薬師の方ですわ。金髪に青緑色の目をした、お美しい方だったのですが、今伺ったら、医局にはいらっしゃらなくて。ワイアット様には、どなたかお心当たりはありませんか?」
「さあ。俺はそのような薬師は知らんな」
レイラは肩を落として溜息を吐くと、持参していたお礼の菓子の包みを眺めた。
(直接お礼をお伝えしたかったし、できればもっとお話しして仲良くなりたかったのだけれど、残念ね。手紙をしたためて、このお菓子と一緒に彼女に渡していただけるように、医局のどなたかにお願いしようかしら)
レイラの様子をじっと見つめていたワイアットは、レイラの隣に並んで、その耳元に顔を近付けると、小声で囁いた。
「なあ、レイラ。俺からも話がある。内密にしておいて欲しいが、王位継承権争いが振り出しに戻った。どの王子が次期王になっても、おかしくはない状況だ」
レイラが、ワイアットの言葉に、驚きに目を見開いた。その顔からは血の気がすうっと引いていた。
「それは、どういうことですの? では、次期王に決まっていたはずのアーディン様は、後継者の一候補に戻ったと、そういうことなのですか?」
「ああ、そうだ。混乱を避けるために、今は秘密裡にしているが、次期後継者が改めて決まり次第、早々に公表されるだろう。……なあ、レイラ」
ワイアットは、レイラの両肩に手を置いた。
「俺が以前君に伝えた気持ちは、今でも変わってはいないよ。俺がもし王位を継ぐことになったら、君は、俺の気持ちに応えてくれるかい?」
「……ワイアット様は、私にとってお兄様のような方ですから。私も貴方様をお慕いしていることには違いありませんが、ワイアット様なら、ほかにいくらでもお相手を選べるでしょう?」
レイラは、王族らしい凛々しい顔に、切なげな色を浮かべていたワイアットを微笑み交じりに軽くいなすと、丁寧に彼に向かって礼をした。
「ごめんあそばせ、ワイアット様」
ワイアットは、レイラの後ろ姿を目で追いながら、彼女の言葉に唇を噛んでいた。
(くそっ、やはり、レイラはアーディンのことが。あいつは、どこまで俺の邪魔をすれば気が済むんだ……。だが、この日のために、俺は長い間準備して来たんだ。レイラに有無を言わせず、首を縦に振らざるを得ないような状況にさえ持ち込めれば、俺の勝ちだ)
ワイアットが苛立たしげに顔を歪めていた一方で、レイラは、ワイアットに対してはその顔に変わらぬ笑みを張り付けていたけれど、内心では動揺を隠せずにいた。
(ワイアット様が仰っていたことは、本当なのかしら。あのアーディン様が、どうして? 私も、何が起きているのか確認しないと)
考え事をしながら早足で歩いていたレイラの耳に、聞き覚えのある低い声が響いた。
「レイラ」
びくり、とレイラの肩が跳ねる。青ざめたレイラが振り返ると、そこには無表情でレイラを見下ろす父の顔があった。
「お、お父様……」
「こんなところで、お前は何をしているんだ?」
「あの、少し所用がありまして……」
「私の娘であるお前が、そんな格好までする必要があるような用事があるというのか?」
父の冷たい声に、レイラは表情を失っていた。
「も、申し訳ありませんでした」
「わかったら、すぐに家に戻れ。よいな?」
レイラは無言で父に向かって頭を下げた。レイラは、まだ足ががくがくと震えるのを感じながら、父が去って行くのを見守っていた。父の姿が視界から消えたのを見て、レイラはようやく人心地つくのを感じた。
(今回は、それほど追及されずに済んだわね。お父様に見付かった時はどうしようかと思ったけれど、なぜか機嫌が良さそうだったせいかしら?)
レイラは、いつもは冷たい仮面のような表情の父が、レイラには淡々と叱責しつつも、口元には薄っすら笑みを浮かべているのを見て取っていた。レイラは、深く息を吐いた。
(お父様、私のことを可愛がってくださってはいるけれど、お父様の言うことを聞いている限り、という条件付きの愛情のようにも思えてしまうわ。やっぱり、私は王家との縁を繋ぐための手札にすぎないと、そういうことなのかしら。今回は命拾いしたけれど、もしお父様に逆らいでもしたのなら、私もどうなるかわからないわ。……あの子が突然、姿を消してしまったみたいに)
レイラは、青い顔でふるりと身体を震わせた。
(そういえば、お父様は、どのような用事でここにいらしていたのかしら? ……さっき、ワイアット様が仰っていたことにも関係があるのかしらね)
レイラは再度、父が歩き去った方向をちらりと見つめると、まだ震えの止まらない足を叱咤して、どうにか歩き出した。
ようやく役者が出揃いました。登場人物が多くなってしまって、冗長になったところもあり色々と申し訳ありませんでした。次話から大きく動く予定です。
ここまでお付き合いくださっている皆様、本当にありがとうございます。




