王宮の隠し小屋
カイル様とルシファー様は既に、中庭にある薬草畑の前に着いていた。薬草畑に向かって歩いてきたアーディンと私に、ルシファー様は生温い視線を向けた。
「お熱いことだな、お二人さん」
ルシファー様の言葉に、私はアーディンと手を繋いでいたことを思い出し、慌てて手を放した。カイル様も頬を緩めて私たちを見ていて、気恥ずかしくはなったものの、目の前に広がる薬草畑に、私は思わず息を飲んだ。
「うわあっ! こんな風に、王宮内でも薬草を育てていたんですね」
見た目としては、薬草が鬱蒼と生い茂った、緑色の花壇というような感じだろうか。複数種類の薬草が見受けられるその場所では、独特の癖のある薬草の匂いが、つんと鼻を刺激した。よく目を凝らしてみると、珍しい種類の薬草もちらほらと混ざっている。
「まだここは案内していなかったな、ローザ。君なら、ここで栽培している薬草は、大体馴染みがあるかもしれないな。幾つか、野生で見付けるのが難しい、薬効の高いものもある」
ルシファー様の言葉に、私は頷いた。
「そのようですね。王宮内でも、こんなに稀少な薬草を育てていたなんて、驚きました。この周囲を覆っている光の膜のようなものは、何ですか?」
上を見上げて私が指差した先を見て、アーディンが口を開いた。
「あれが、さっきカイルの言っていた、動物除けの魔法だ。ここに入る人間用の通路は、さっき俺たちが通って来た道だけだ。普通の動物なら、あの魔法で十分に防げるんだがな。君も知っている、迷いの森でよく出会うような少し変わった種類の動物は、一般の動物に比べて特殊な力を帯びているようだ。あの膜に跳ね返されることなく、この中まで潜ろうとした結果、身動きが取れなくなって、保護されることが時々あるらしい」
「その動物が保護されているという小屋は、どこなのかしら?」
私は周囲をきょろきょろと見回したけれど、辺りには静かな木立が並ぶ様子が見えるだけで、そのような小屋は見当たらなかった。カイル様が、私に微笑み掛けた。
「あの大きな木が数本並んでいる場所の裏側です。一見わかりにくい所にありますし、この王宮に勤める者でも、この小屋の存在を知っている者はあまり多くはありません」
「俺も、薬草畑に来たことは何度もあるが、その小屋に入ったことはないな」
ルシファー様がそう呟くと、アーディンが私を手招きした。
「ローザ、こちら側に回ってくれるかい?」
アーディンの言葉に従って、手前に立っていた高い木の裏側に回ると、目の前に木造りの小さな小屋が現れた。ルシファー様が小屋の扉を開けると、部屋の奥から、ひょこひょこと足を引き摺った小さなリスが現れた。身体の割には大きなふさふさとした尻尾は、途中から二又に分かれている。リスは、くりくりとした愛らしい瞳で私たちのことを見上げていた。
(わ、可愛い! ……やっぱり、ここにいるのは、ちょっと特殊な動物のようね)
部屋の奥を見渡すと、ちらほらと檻も見えるものの、その場にいる大抵の動物は、自由に部屋の中を動き回っているようだった。もう少しよく見ようと首を伸ばしていると、私に向かって声が掛けられた。
「すみませんが、ここは立入禁止ですよ」
私が振り向くと、そこには一人の若い女性が立っていた。彼女は、一見柔和な雰囲気を纏っていたけれど、その瞳は笑ってはいなかった。私の後ろからアーディンが姿を見せたのに気付いて、彼女は慌てて頭を下げた。
「失礼いたしました。アーディン様もいらしていたのですね。……ただ、ここには繊細な動物たちが何匹もいます。まだ治りかけで気が立っている動物もいますし、あまり動物たちを刺激しないよう、できれば入口からの見学に留めていただけますか?」
アーディンが、確認するようにちらりと私を振り返ったので、私は承諾を示して彼に頷いた。私は、小屋にいる女性に尋ねた。
「このような動物たちには、扱いが難しいものも多いのではないですか? なのに、ここにいる動物たちは皆、穏やかな表情をしていますね」
それまで固い顔をしていた女性が、私の言葉に表情を緩めた。
「ええ、そうですね。このような動物たちには、神聖な力が備わっているとも言われますし、傷付けたくはないのですが、ここで薬草を育てるためには、魔法による動物除けの設置は仕方がありません。動物除けの罠に引っ掛かった動物たちを無事に森に返すのが私たちの仕事ですから、できる限り怖がらせることなく順調に回復させられるよう、力を尽くしています」
「この動物たちの世話は、お一人でなさっているのですか?」
「いえ、私のほかに数名のスタッフがいます。皆、このような動物の扱いには精通していますよ」
私は彼女の言葉に頷いた。この空間には、どこか温かな感じが漂っていた。動物たちが安心して過ごしているのがわかる。きっと、その道に熟達した人たちが、動物たちの世話をしているのだろう。小屋の中をぐるりと見渡しても、探していた動物――王家の守護獣と言われる動物を見付けることは結局できなかったけれど、昔、両親がいた家に、私が傷付いた動物を拾って帰り、父に治療をしてもらった時と似たような空気を感じ、懐かしさに包まれながら、私は彼女に頭を下げた。
「突然お邪魔しましたが、見学させてくださって、ありがとうございました」
微笑みを浮かべた彼女に背を向けて、私はアーディン達と一緒にその小屋を後にした。
「ごめんね、アーディン。せっかく付き合ってもらったのに、何も収穫がなくて」
私の言葉に、アーディンは首を横に振った。
「いや、そんなことはないよ、ローザ。……な、ルシファー?」
「ああ、そうだな。いや、やっぱりローザの勘はなかなかのものだな」
さっきから鼻をひくひくと動かしていたルシファー様は、にっと笑って私を見つめた。
「……?」
困惑した私に、ルシファー様と視線を交わしたカイル様が口を開いた。
「午後になればわかると思います。今はこのまま様子を見ましょう」
私は不思議に思いながらも、彼らの言葉に頷いた。
***
(よかった、無事に立ち去ったわね)
小屋の入口で、四人の姿が視界から消えるまで見守っていた女性は、ほっと息を吐いた。女性は、小屋の一番奥にある檻のところまで歩いて行った。
「いくら目眩しの魔法が掛けてあるとはいえ、念には念を入れないとね。ようやく、機が熟したのだから……」
君の目眩しの魔法は何かと重宝するな、と褒めてくれた王子の言葉を、女性は思い出していた。これに限らず、王子には恩を売っているのだ。きっと、彼が次期王位を得た暁には、自分にも見合った地位が与えられるだろう。
そんな楽しい空想をしながら、一見空に見える檻を覗き込んだ女性は、ふっとその口元に笑みを浮かべた。




