急ぎの知らせ
「アーディン様、ローザ様。失礼しても構いませんか?」
「ああ、入れ」
ガチャリと音を立てて開いた扉の外には、カイル様とルシファー様の姿があった。どう見ても、同じベッドから起き出して来たように見えるであろう私たちを見て、カイル様は目を丸くした後に決まり悪そうに視線を逸らし、ルシファー様は、楽しげに口角を上げていた。
カイル様は、一つ咳払いをしてから、私に向かって深く頭を下げた。
「ローザ様、昨夜はすみませんでした。ローザ様の元に侵入者があったというのに、すぐにお助けすることができなくて」
ルシファー様も、神妙な面持ちで頭を掻くと、申し訳なさそうに私を見つめた。
「すまない、ローザ。怖い思いをさせてしまったな」
私は、カイル様とルシファー様に向かって、首を横に振った。
「いえ。お二人が私を助けようとしてくださったことは知っていますし、それに、魔法で空間が歪められていたのだろうと、アーディンにも聞いていますから」
「ローザ様がご無事で何よりでしたが、結局ローザ様の元に駆け付けられなかったという結果がすべてですから。何らか、アーディン様と対策を講じます」
「ああ、そのことだがな。これから、俺がローザの隣で直接守ることにしたから、心配ない」
「……は?」
カイル様とルシファー様が顔を見合わせる。私の腰に手を回して微笑むアーディンと、思わずそんな彼に頬を染めた私を見て、ルシファー様がしたり顔で頷いた。
「そういうことか。……長年の想いが実ってよかったな、王子」
「アーディン様、ずっとローザ様のことを待っていた甲斐がありましたね。いや、本当におめでとうございます」
カイル様も柔らかな笑みを浮かべていた。長い間アーディンの側で仕えている彼らからの祝福の言葉に、どこかくすぐったいような気持ちを感じていると、カイル様は、ふっと真剣な表情になってアーディンを見つめた。
「アーディン様、本題に入りますが、ワイアット様より緊急の招集がかかりました。王子全員に、本日の午後、王の間に集まって欲しい旨の伝達が来ています」
「ワイアット兄上が? どのような要件なんだ?」
「詳細については知らされていませんが、大切な報告があるそうです」
「父上の身に起きたことに何か調べがついたのか、あるいは……」
アーディンは私に視線を向けながら口を開いた。
「昨晩、ローザのところにやって来たのはダリル兄上とデレル兄上だった。兄上たちのどちらかは、どうやら、空間を歪める魔法を使って移動することができるようだ」
「何てこった。だから、昨夜はあんなことになったのか」
ローザがいる部屋に飛び込んだと思ったら、ローザのいないがらんとした別の部屋だった昨夜を思い出したルシファーが、苦々しく顔を歪めた。
「ダリル様とデレル様でしたか。あまり、関わりたくない相手ですね……」
同じく眉を寄せたカイル様に、アーディンが続けた。
「ダリル兄上は、ローザに言っていたそうだ。王家の紋章に描かれている、あの二種類の守護獣のうち、一匹の居場所はもうわかっていると。もしかしたら、それに関係する話なのかもしれない」
「もしそうだとしたら、次期王の座を巡っても動きそうですね」
「ああ。今は、まだ俺が王位継承者とされたままだが、父上のあの言葉があったからな。他の王子に有利なカードが揃えば、すぐに王位継承順位も覆されるだろう」
私は、アーディンの話を聞いて、飲み込めずにいたことを彼に尋ねた。
「ねえ、アーディン。その、王家の紋章に描かれている守護獣というのは、それほど大切なものなの? この前、エリック様とも一緒にヤドリナお婆ちゃんのところを訪ねた時にも、あの王家の紋章の中央に描かれているペガサスのような動物のことを聞いていたけれど。それによって王位継承順位が変わってしまうほどの重要性があるのかしら?」
「これは、公にはされてはいないし、その謎が完全に解明されているものでもないんだが、各貴族家や王家の繁栄を支える存在として、家紋や、あるいは王家の紋章に描かれた動物が確かに関連しているということが、経験知としてはわかっているんだ。そのような動物には、魔法の加護があるとも言われ、王族や貴族の間では、それが暗黙の了解になっているんだよ。君も、オルレーヌ家でジュリアンのところにいる時に、きっと似たようなことを目にしただろう?」
私は、ジュリアンの元に飛んでいった金色の鷲を思い出しながら頷いた。
「ええ、確かにそうね」
「王家の場合には、王位継承権を有する者の中でも、次期王として最も相応しい力と器を備えた者の元に守護獣である動物が現れると、そう伝えられている。現に、王家の紋章に描かれた双頭の竜が現れたのも、とりわけ兄弟の中でも秀でていた父王の元にだった。あの竜は姿を消してしまったから、これから次の代を支える守護獣を探すことになる」
「王家の紋章に描かれている動物は二種類いるけれど、その場合にはどうなるの?」
「二つの動物のうち、なかなか姿が見られず力がより強いのが、紋章の中央に描かれている、白い馬体に金色の翼と角を持つ、一角のペガサスだ。その守護獣が現れるのは、君も見た、あの『星降る宵』が見られた代だけだと言われているんだ」
「私がアーディンに出会った、あの流れ星がたくさん降っていた夜のこと?」
「ああ、そうだよ。そして、俺の背中に見られるような、守護獣の身体の一部が現れた者がいる時には、その者に守護獣の加護が与えられたとも伝わっている。とはいえ、王子が多数いる場合には、大抵は長子から強い能力が受け継がれることが多かったんだ。実際、第一王子であるエリック兄上も、図抜けた魔法を備えているからね。今まで、末子である俺を後継者とすることに決まっていて、目立った争いもなく済んでいたのは、父上が俺の身体に現れたこの印を認めたこと、俺にこの印が現れてから俺自身の力が格段に向上したことに加えて、エリック兄上が俺を推してくれたことも大きい」
「そうだったのね」
「ただ……」
アーディンがすっと目を細めた。
「あの紋章の中央に描かれている動物は、君も知っての通り、まだあの姿では見付かっていない。もし見付からない場合には、王家の紋章を囲むように描かれている、金色の双頭の竜を探すことになるだろう。……王家の守護獣の存在は、王族の魔法の力とも深く関わっているんだ。守護獣が不在の時期が続くと、王族の魔法の力が弱まってしまう。これも、過去の歴史からわかっていることだがね。だから、早急に次の守護獣を見付ける必要がある」
波乱含みになりそうなこれからを予期してか、ルシファー様とカイル様の表情も、心なしか曇っているように見えた。
私は、ダリル様の話を聞いてから少し心に引っ掛かっていたことも、アーディンに聞いてみることにした。
「アーディン、もう一つ聞きたいことがあるんだけど」
「何だい、ローザ?」
「その守護獣って、例えば育てることは可能なのかしら?」
「……守護獣を、育てる?」
アーディンも、そしてカイル様とルシファー様も、怪訝な表情で顔を見合わせていた。




