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突然の訪問者

その日の夜、私は部屋の中に物音が聞こえたような気がして、浅い眠りから目覚めた。


(……気のせいかしら?)


夢見が悪かったせいだろうかと目を擦った時、ベッドがぎしっと軋む音がして、私は一気に眠気が吹き飛ぶのを感じた。黒い人影が、窓から差す淡い月光に浮かび上がっている。


「……誰なの?」


微かに震える声で私が尋ねた時、暗闇の中でふっと笑う気配があった。それも、一人ではない。

薄闇に目が慣れてくると、私が寝ているベッドの脇に手をついて、私を見下ろす四つの金色の瞳と目が合った。


「き、きゃあっ……!」

「おっと、悲鳴はやめてくれるかな。余計な人まで起こしたくはないからね」


私の口を手で塞ぎながら、こんな状況で私に笑い掛けたのはダリル様だった。私は首を大きく捻って、彼の手をどうにか払いのけた。


「ダリル様、どうしてここに……?」


(この部屋には、ちゃんと護衛がついているはずなのに……)


非常識な突然の訪問者に、背筋を粟立てている私に対して、ダリル様は、なぜか驚いたような顔をして、隣にいるデレル様と顔を見合わせた。


「……ちょっと、君に聞きたいことがあってね。またね、って、さっき言ったでしょう?」


王宮の人々が寝静まっているであろう夜更けに、さも当たり前のような顔をして部屋に入って来て、目の前で綺麗な笑みを浮かべているダリル様とデレル様が、私には薄気味悪くてならなかった。そっくりの顔をした二人とも、滅多にお目にかかれないような美形であることも手伝ってか、薄闇の中、二人が揃って淡い月光に照らされている様子には、何とも言えない迫力があった。


ヤドリナお婆ちゃんにもらった笛が手元にあればと思ったけれど、夜着に着替える時に引き出しにしまっていた。打つ手なくベッドの上で上半身を起こし、恐怖に顔を引き攣らせながら、身体を庇うように毛布を引き寄せた私を見て、デレル様が愉快そうに笑った。


「そんなに、怖がらないでよ。……そんな珍しい反応されると、逆にぞくっとくるね。いつも、僕たちには女性の方から群がって来るから、そういう嫌そうな顔をされたこと、今まで覚えがないんだけどな」


ダリル様も、私の顔を見て、楽しげにその瞳を輝かせた。


「ちゃんと言うことを聞いてくれたら、ご褒美をあげるから。……ねえ、まずは君の名前を聞かせて?」


抵抗できない圧を目の前の二人から感じて、私は渋々口を開いた。


「ローザよ」


いくら王子とはいえ、女性の寝室に無断で侵入して来た失礼極まりない彼らに、敬語を使う気にはなれなかった私は、ぶっきらぼうに答えた。けれど、ダリル様とデレル様は、私の言葉ににっこりと笑った。


「可愛い名前だね、君によく似合ってるよ。じゃ、次の質問」


デレル様が、鋭くその瞳を細めた。


「君は、何のためにここに来たの? エリック兄上の客人っていうけど、何か特別な才能が?」

「……その質問には、答える気はないわ」


私の直感が、大きな警報音を鳴らしていた。彼らは、信頼できる相手にはとても思えなかった。


思わず彼らを睨み付けた私に、ダリル様が満面の笑みを浮かべた。


「うわ、こういう子初めて。そそるね。……じゃあさ、先に悦ばせてあげるから、代わりに教えてくれない?」


ダリル様の瞳が光ったような気がした。私に突然近付いて来たダリル様の顔から、私は慌てて顔を背けたけれど、彼の長い指が私の顎を掬った。


「……っ!」


頭の中が真っ白になるのを感じながら、避けることもできずに、突然押し付けられそうになった彼の唇を、私は思い切りがりっと噛んだ。血の滲んだ形の良い唇を、ダリル様は無言でぺろりと舐めた。


「ふうん……。まるで、警戒して毛を逆立てたペルシャ猫みたいだね」


さらに彼の瞳が喜色を浮かべて輝いたことに、私は慄いていた。ぎしっと音を立てて、ベッドに上がり、私の手を押さえ付けようとしてきた彼に、私は叫んだ。


「嫌っ。お願い、ダリル様も、デレル様も、早く出て行って……!」


男性二人の力に、私一人で敵う訳がない。私は心の中で、アーディンの名前を呼んでいた。


(アーディン、お願い。助けて……!)


その時、ダリル様が私に伸ばしかけていた手を止めたのは、しばらく口を噤んでいたデレル様だった。怪訝な顔をしたダリル様に向かって、首を横に振った彼は、私の顔を覗き込んだ。


「じゃあ、君に一回チャンスをあげるよ、ローザ」


そして、私の目を彼の手が覆った。視界が彼の手に遮られ、真っ暗になる。


「な、何をしているの?」


動揺した私の視界が、再度開けた。もう、ダリル様はベッドから既に下りていて、ダリル様とデレル様は、ベッド脇に並んで、腕組みをしながら私のことを見下ろしていた。


「僕たちの、どっちがデレルで、どっちがダリルかわかる?」

「当ててみて。一回で当てられたら、今日のところはこのまま失礼するよ」


私は、目の前に並ぶ瓜二つな顔をした二人を順番に眺めると、震える声を絞り出した。


「私から見て右手にいるあなたが、デレル様。そして、左手にいるあなたが、ダリル様」

「……どうして、わかったんだ?」


驚きに目を瞠ったダリル様が、私に尋ねた。


「まず、お二人は声が違います。ダリル様の方が、少しだけ高くてハスキーな声をしていらっしゃるわ。それに、デレル様は、左の口角を上げる癖がありませんか? 唇の形も、少し違っています」


デレル様が、楽しげにくっくっと笑った。


「いや、驚いたよ。君は素晴らしいね、ローザ。はじめ、この部屋に僕たちがいることに気付いた時、君はダリルのことを見分けただろう? あれは、単なる偶然かと思っていたんだが、そうではなかったんだね。感覚の鋭い君は、僕たちの違いに気付いていた。兄弟たちですら見分けることも、声を聞き分けることもできなかった僕らの違いにね」

「……ご兄弟でもお二人の違いがわからないというのは、本当なのですか?」


思わず首を傾げた私に、ダリル様が頷いた。


「ああ。普段、僕は金の指輪を右手の人差し指に、デレルは銀の指輪を同じ指に着けている。王宮にいる者たちや兄弟は、皆、指輪の色で僕たちを見分けているんだ。試しに何回か指輪を入れ替えてみたけど、皆面白いように、僕たちのことを間違えたよ。ねえ、デレル?」

「ああ、その通りだね。……ローザ。僕、君のことが気に入っちゃった」


デレル様は、なぜか嬉しそうな笑みをその顔に浮かべていた。デレル様の脇腹を、ダリル様が小突く。


「僕も同じく。今度は、もっとまともな時間に君のことを誘うから、その時はよろしくね? ……抜け駆けするなよ、デレル」


予想もしていなかった展開に呆然としている私に、二人は共に艶のあるウインクを飛ばした。


「ああ、そうだ」


立ち去ろうとしていた様子の二人だったけれど、固まっている私に、ダリル様が、何かを思い出したように振り返った。


「一つ、手土産にいいことを教えてあげるよ、ローザ。……王家の紋章に描かれている守り神。あのうちの一匹は、もう居場所がわかっているんだ。すぐに、王位継承権争いは動き出すはずだよ」


それだけ言い残すと、ダリル様はデレル様と一緒にひらひらと私に手を振ってから、そのままふっと姿を消した。


(……えっ?)


ドアを開けることもないまま、忽然と姿を消した彼らに、私はやはり夢でも見ていたのだろうかと目を擦った。けれど、恐怖に激しく脈打っている心臓も、背中を流れる冷や汗も、起こったことが夢ではなく、現実なのだということを示していた。


私が半ば放心状態でぼんやりとしていると、突然、大きな音を立てて部屋のドアが開いた。


「ローザ!!」


息を切らして走って来たアーディンの姿を見て、私は安堵のあまり、気付いた時には彼の腕の中へと飛び込んでいた。

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