金色の翼
カイル様とルシファー様に、部屋の外での見張りを依頼したアーディンと二人、私は部屋に入った。アーディンは、私の瞳をじっと覗き込んだ。
「ローザ、どうしたんだい? 迷いの森に行ってから、どこか思い詰めたような顔をしているように見えるよ。何か心配事があるのなら、俺に話してくれないか」
アーディンは、昔、少しだけ一緒に住んでいた時も、ちょっとした私の様子の変化に気付いては気遣ってくれる、繊細な優しさを持っていた。線が細くて可愛らしかった昔と比べて、随分と立派に、そして豪胆に成長した彼の、変わらない温かな部分が垣間見えて、私は張り詰めていた気持ちがふっと緩むのを感じた。
「あのね、アーディン……」
アーディンに、ディムに見せてもらった光景のことを話すかどうか逡巡している私の手を、彼はそっと握った。
「君を俺たちに巻き込んでしまっているせいで、不安にさせてしまっているのはわかっている。すまない。俺に少しでもできることがあるなら、遠慮せず言って欲しい」
私は彼の言葉に頷くと、まだ躊躇いを残しながら口を開いた。
「私の両親が遭った馬車の事故のことは、アーディンも知っているかしら? 私、養父母の家にいた時に、あの事故が、もしかしたら誰かに仕組まれたものなのかもしれないって、そう思える言葉を耳にしていたの」
「……何だって?」
アーディンの表情が、途端に険しくなった。
「はじめ、アーディンが迎えに来てくれた時に逃げ出したのも、自分であの事故のことをどうにかして突き止めたいって、そう思ったことも理由の一つだったのよ」
「どうして、そんな危険なことを一人でしようとしていたんだ。そういうことなら尚更、俺に頼ってくれたら良かったのに」
「……いきなり、結婚なんて言うんだもの。あのまま王宮に連れて行かれていたら、身動きが取れないまま、私の気持ちの整理もつかないまま、逃げられなくなってしまいそうな気がして」
アーディンが微かに顔を歪めた。
「あれは、俺が悪かったよ。君の気持ちも考えず、焦り過ぎた。それで、君のご両親が遭った事故のことが、何かわかったのかい?」
「迷いの森で再会したディムには、変わった能力があって。彼に、見せてもらったの。私の両親が乗った馬車が、崖崩れに巻き込まれた時の光景を」
私は、ディムから聞いたことを簡単にアーディンに説明した。アーディンは、黙って私の言葉に耳を傾けていた。
「あれはやっぱり、事故じゃなかった。……その様子を見て、笑っていた人がいたんだもの」
「その犯人が誰なのか、君は知っているのかい?」
「まだ、わからないわ。でも、その人が乗っていた馬車には王家の紋章が付いていて、その人は、獅子の鬣のような、濃い金髪をしていたの」
「そうか。だから、君はあの時、俺に、濃い金髪の兄弟がいるかと尋ねたんだな」
アーディンの表情が一層険しくなり、隠し切れない怒りが滲む。
「君は、さっきワイアット兄上とベネディクト兄上に会ったが、何か手掛かりは掴めたか?」
「いいえ、まだ何も。それに、必ずしも、犯人はそのお二人のどちらかでもないのかもしれないし、私もまだ混乱しているの」
「……君の予想通り、二人の兄上のうちどちらかが、君のご両親の件に何らか関与している可能性は高いかもしれない。俺もすぐに、できる限りの手を打つよ。すまない……」
辛そうに唇を噛んだアーディンに、私は慌てて首を横に振った。
「何を言っているの、アーディン。あなたが謝ることじゃないわ。それに、あなただって、昔、ご兄弟と思われる誰かに命を狙われたんでしょう? この国の王子で、王位継承権を争う立場にあるあなたが、生き馬の目を抜くような厳しい環境にいることは、私も知っているわ。……あなたが責任を感じる必要は、どこにもないから」
「ローザ……」
アーディンは、苦しそうに顔を顰めたまま、私の首元に顔を寄せた。
「俺は、君だけはどうしても失いたくはないんだ。これは俺の我儘だと自覚してはいるが、昔から、君の存在が、いつかまた君と過ごせる時が来るかもしれないということが、俺にとっては希望の光だった」
アーディンが、その額を私の髪に埋めるようにして、ぽすっと私の肩に乗せた。幼かった頃のアーディンも、寂しそうに、甘えるように私の肩に顔を乗せて来たことが幾度もあったけれど、彼の顔の位置があの時よりもずっと高くなっていることを、私は感じずにはいられなかった。
アーディンは、しばらくしてからゆっくりと顔を上げると、私の両目をじっと見つめた。
「俺は、次期王位を諦めるつもりは毛頭ない。父上が何と言おうと、兄弟がどれだけ攻勢を掛けて来ようと、関係ない。それは、君に救われたあの時の経験があるからなんだ」
「それは、どういうことなの?」
アーディンの口から飛び出した意外な言葉に、私は首を傾げた。
「……俺は、あの時君に救われて、不思議な体験をするまでは、王位継承権を争う有力候補の一角として目されてはいなかった。無論、末子とはいえ王子である以上、継承権のある者として、他の一部の王子たちからは命を狙う対象になっていたのだろうが、明らかに軽視されていたのは間違いない。だが、あの時不思議な声を聞き、俺の身体にこの模様が現れてから、状況が一変したんだ」
アーディンは、肩口の服をぐっと引き下げ、右肩を私の前に露わにした。金色がかった雄々しい翼の模様が、そこにはくっきりと現れていた。
本日は3話更新予定です。よろしくお願いします。




