新たな客人
ぽかんとして、エリオット様の背中を見送っていた私のところに、少し心配そうに眉を寄せたアーディンがやって来た。
「ローザ、驚いたような表情をしているが、大丈夫かい? 兄上に、何て言われたんだ?」
「それは……」
すぐに言葉が出て来なかった。アーディンに何と説明してよいものかと躊躇っている私に、エリック様が慮るような視線を向けた。
「エリオットは、さっき彼も言っていたように、私とは母も同じ、完全に血の繋がった兄弟です。だからという訳でもありませんが、私は兄弟の中でも比較的、彼のことは信頼しています。そして、エリオットは先読みの名手であり、この国の神官長をしています。ローザ、貴女も何か彼から預言めいたものを言われたのではありませんか?」
エリオット様の不思議な言葉を、私は思い返していた。
(私がずっと探していた人、というのは、ディムに見せてもらった通り、私の両親を事故に遭わせた誰かということなのかしら。それとも……?)
最後の、幸運を祈ると言ってくれた彼の言葉に、確かに彼の思いが込められているような気がしたけれど、それでも私は、彼の言わんとすることが何なのか、よくはわからなかった。
「はい。エリック様の仰る通りです」
私が頷くと、エリック様が微かに苦笑した。
「……これは、良い悪いで割り切れる話でもないかもしれませんが。彼は、その優れた先読みの能力を、この国の未来を良くするために使うというよりも、まるでゲームの先を予想して、盤上の駒がどう動くかを読み解くような、彼の好奇心を満たすために使っているようにも、私には見えてしまって仕方ないのです。まあ、単なる私の穿った見方かもしれませんけどね。彼の興味の対象が、権力を伴う立場ではないからなのか、彼はその魔法の力もあえて隠さずに、神官長の職に就いたのですよ」
「あの、それはどういう意味ですか?」
アーディンが、エリック様の言葉を継いだ。
「少し、話すと長くなるが。この国では、魔術院に通う者は、その魔法の力を名簿と共に登録することになる。だから、どのような力の持ち主かということは、国により把握されているんだ。ただ、そこには例外がある。王族だけは、その登録を免除されているんだよ。だから、王族がその魔法の力を人々の前に晒け出すのか、あるいは秘密にしておくのかは、各人に任されている。能力によっては、広く知らせた方が他者への牽制となる場合もあれば、隠しておいた方が好都合なこともある」
エリック様がアーディンの言葉に頷いた。
「例えば、私の魔法の力は稲妻を操る力ですが、魔術院を統括する立場に就く時、それを公にしました。どんな魔法の力が使えるかを予め知らしめておいた方が、魔術院の組織を御しやすいと思ったからです」
「エリック兄上の魔法の威力は、この国でも右に出る者がいないと言われるほど凄まじいからな。当然、兄上の場合は、その力を表に出すことで、権力を狙う者や、他国への抑止力を働かせることにも繋がる。秀でた魔法の才能がある場合、戦などの場で目立った活躍をすることでその力が知られることもあるが、この場合も、強い力を知らしめることで、周囲の者への牽制になると考えていいだろう」
「……なるほど」
私が感心して聞いていると、横からルシファー様の声がした。
「エリオット様が神官長になるって聞いた時には、少なからず驚いたな。この国では、神官長はそれほど地位が高いという訳でもないし、もしエリオット様が能力を隠しておいて、その上で魔法の力の強い側近でも集めれば、権力を手にする上では相当有利に働いたかもしれない」
ルシファー様の横で、カイル様も頷いていた。
「もちろん、エリオット様の能力は偉大な力で、尊敬されてはいますが、あえて隠さずに神官長に就任されたことに、エリオット様の意志を感じますね。先読みの力それ自体は、国を率いる者の力というよりは、上に立つ者を補佐するために効力を発揮するもの。次の王位には興味がないと、あえて意思表示したようなものではないでしょうか」
「その通りでしょうね。エリオットは、王位の継承に興味がないことを、先程もはっきりと示していました。……あなたたちにも話しておかねばならないことですが、先刻、父上が私たちに残した言葉を発端に、一悶着起こりそうでしてね」
表情を翳らせたエリック様が、先程国王の部屋で起こった出来事をかいつまんで説明してくださった。カイル様の顔からは血の気が引き、ルシファー様も渋い顔をして、心配そうにアーディンを見つめていた。
「国王様の身に、そのようなことが……」
「次期王も、アーディン王子から振り出しに戻ったのか。それは揉めそうだな……」
エリック様が、その場に集う一同の顔を見回して、押し殺したような溜息を吐いた。
「父上の身体は心配ですが、父上が伴っていた双頭の竜も姿を消した以上、早急に手を打たねばなりません。表向きには、現段階では何も公表はしませんが、もし、兄弟の誰かがアーディンに先んじて、次の王位継承者が決まれば、即座にがらりと体制が変わります。もう水面下では、皆が色々と動き出していることでしょう」
私は、今まで後継者と目されていたアーディンが、国王の言葉をどう感じているのだろうと、きゅっと胸が痛むのを感じながらアーディンを見つめた。顔色一つ変わらないアーディンの表情からは、私は彼の考えを何も読み取ることはできなかった。
その時、部屋のドアをノックする音が部屋に響いた。エリック様が、やや警戒を滲ませた声で尋ねる。
「……どなたでしょうか?」
エリック様が尋ねた声に対する返答が聞こえるよりも前に、すっと部屋のドアが開いた。




