台風の目
私の横で、カイル様が扉の向こうに呼び掛けた。
「カイル、ルシファー、ローザ様と共に戻りました」
「入ってください」
エリック様の声がして、カチャリとドアが開いた。エリック様とアーディンの顔を目にして、私はつい安堵に表情を緩ませたけれど、見知らぬ青年が部屋の中にいることに気付いて、改めてはっと緊張に顔が強張るのを感じていた。エリック様と色合いの似た、美しい顔立ちのその青年は、私から見ても、独特の威厳と雰囲気があった。
彼は、私の顔を見て口元を綻ばせると、立ち上がって私の前までやって来た。尻込みする私の瞳をじっと見つめて、彼は私に右手を差し出した。
「初めまして、ローザ様。私は第四王子のエリオットです」
「は、初めまして。エリオット様」
意外にも気さくに声を掛けてくださった彼もまた王子ということで、私は面食らいながらも、彼に右手を差し出し返した。みるみるうちに、エリオット様の顔に満面の笑みが浮かぶ。なかなか右手を離してはくれない彼に、そう言えばエリック様とお会いした時も似たようなことがあったと思い返していたら、エリオット様が再度口を開いた。
「エリック兄上と私は、母も同じ全兄弟なのです。私たちの顔立ちは、割合と似ているでしょう?」
「あ、そう言われてみると、確かにそうですね」
心の中で納得してぽんと手を打ち、王子相手にもかかわらず、つい軽い口調で答えてしまい焦った私に向かって、エリオット様はくすりと微笑んだ。
「貴女は、大変なところに飛び込んで来ましたね。でも、この運命ばかりは回避できなかったようですね」
「……」
エリック様とアーディンが、城の中では誰も信用しない方がいいと言っていたことを思い出し、私は、エリオット様が何をどこまで知っているのだろうかと戸惑った。私を見つめるエリオット様の目つきが、鋭く、真剣なものになったことを感じていると、彼は再度口を開いた。
「貴女は、台風の目となる方。荒れ狂う大海の羅針盤となる可能性も持ち合わせている一方で、貴女の行動一つで、この国の運命を狂わせることもできるでしょう。実に珍しい星の下に生まれた方だ……」
彼は、私の右手を握ったまま、私の目の奥を覗き込んでから、私の耳元に口を寄せて囁いた。
「貴女がずっと探していた方は、確かにこの王宮にいますよ」
「えっ……?」
私は思わず目を瞠って、エリオット様を見つめた。
「幸運を祈ります」
私の手をようやく離した彼は、最後に謎めいた笑みを浮かべると、エリック様とアーディンに軽く手を振り、部屋を出て行った。
***
エリオットは、先程まで握っていたローザの掌の感触を思い起こしながら、自らの右手を眺めていた。
(いや、実に興味深い。あのローザというご令嬢は、まさに……)
どういう訳か、エリオットが見る未来の中には必ず、ローザの姿があった。遠い未来を見ようとすると、まだぼやけていてよくは見えなかったけれど、近いうちに、兄弟の王子たちが、ローザという特殊な存在に興味を抱くことは間違いなさそうだった。
「私の先読みの力は、彼女の力とは相性が良いというべきでしょうか。彼女がいかに魔法を無効化できたとしても、未来に映る自分の姿までは変えられないのですから。ーーさあ、どうなることでしょうね。特に、あの彼がどう出て来るか……」
権力の中枢から少し離れた所から、客観的に大局を眺める、それがエリオットのやり方だった。誰がどう動くかによって、見える未来も刻一刻と変わってくる。目まぐるしく姿を変える大きなうねりの中にいることを、エリオットはひしひしと感じていた。
これから待ち受けている未来に思いを巡らせながら、エリオットは口元に微かな笑みを浮かべた。




