国王の眠り
「エリック様、アーディン様。さ、こちらへ。他のご兄弟たちは、ちょうど国王の部屋に揃われたところです」
騎士に先導され、エリックとアーディンは国王の待つ部屋へと急ぎ足で向かった。部屋の両脇に控えている護衛が二人に一礼すると、重い扉を開く。
「父上」
エリックとアーディンが、国王の横たわる寝台に駆け寄った。既に寝台を囲むように椅子に掛けている王子たちの視線が、二人に集まる。国王の首が、エリックとアーディンの方向にゆっくりと向けられた。第二王子のワイアットが静かに口を開いた。
「エリック、アーディン。……これで揃ったな」
常に威厳のあった父王の、今までに見たこともないような弱々しい姿に、エリックもアーディンも言葉を失っていた。国王の瞳は虚ろで、焦点も定まりきってはいないようだ。国王の寝台の横には、金色に輝く、大人一人分ほどの大きさの双頭の竜が、静かに宿木に止まっていた。王家の紋章を彩る、二頭の動物のうちの一頭であるこの竜は、聡明そうな瞳を見開いて、国王の姿をじっと見下ろしていた。
エリックとアーディンが寝台脇の椅子に腰を下ろすと、国王のやや掠れた声が、しんと静まり返った部屋に響いた。
「今日お前たちに集まってもらったのは、他でもない。この国の将来について話しておきたかったからだ」
一拍置いて、国王は続けた。
「お前たちも当然知っているだろうが、国民が考えている以上に、この国にとって、王家の紋章に刻まれている守護獣は重要な存在だ。……単に形骸化した力の象徴ではない。それぞれ恵まれた力を持つお前たちだが、一つ伝えておこう。魔法の力のルーツは、守護獣に遡ると言われている。自らの力を過信し、守護獣の存在を軽視すれば、その力を失うことにもなりかねない。そのことを忘れるな」
国王は視線を上げて、宿木に止まっている金色の双頭の竜を見つめた。
「私の代では、この双頭の竜がこの国を守る手助けをしてくれた。『星降る宵』が観測されたお前たちの代では、双頭の竜だけでなく、王家の紋章の中央に刻まれた角のあるペガサスが、この国のどこかに現れているのかもしれない。だが、私がそれを見届けることは叶わぬようだ」
国王は、彼を囲んでいる王子たち一人一人の顔に、ゆっくりと視線を巡らせた。
「守護獣が選ぶのは、最も国を守るのに相応しい人物だ。私は今でも変わらず、アーディンが選ばれるだろうと思っている。そして、私と同意見のエリックも、アーディンの今後の舵取りを支えるに違いない。……だが、まさか、ここにいる『お前』が、アーディンとエリックに反旗を翻して、私をここまで追い詰めるとは思わなかった」
その場に一瞬の沈黙が落ち、それから混乱に満ちたどよめきが王子たちから上がった。
「……父上。それはどういう意味ですか?」
眉を顰めたワイアットが、低い声で尋ねた。国王は、ワイアットの声が耳に届いているのかいないのか、微かに口元に笑いを浮かべると、絞り出すような声で囁いた。
「だが、『お前』も私の愛しい息子であることには変わりがない。もし、もしも、『お前』が守護獣から認められ、次の王座を奪い取る未来があるのなら。……その時は、『お前』のその力は、我が国の民を守り発展させるために捧げよ。良いな?」
ようやくそれだけ言葉を紡ぐと、国王は静かに目を閉じた。
「父上、それは……」
焦ったエリックの言葉を、国王の様子を確認していた、寝台脇に控えていた医師が制して、首を横に振った。
「国王陛下は、もう意識はあらせられません。今はまだこうして命の火を保っておられますが……」
言い辛そうに口を噤んだ医師の脇で、双頭の竜はゆっくりと翼を羽ばたくと、滑るように、開いた窓から外へと飛び立って行った。
「父上の竜が去って行った。ということは、つまり、」
第二王子のワイアットが、居並ぶ兄弟の顔を見回した。
「……早急に、父上の後継を決めなければならないということか」
呟くように、第三王子で、現騎士団長でもあるライアンがぼそりと言った。
「でも、さっきの父上の言葉は? 僕が聞いた限りでは、父上の命を脅かした者がこの八人の兄弟の中にいると、そう聞こえましたが。僕の理解は間違っているでしょうか?」
第七王子のベネディクトが、瞳を揺らした。
「私にも、そういう意味に感じられました。この中にいる、父上をこのような状況に追い込んだ誰かが、次期王として父上の後を継いでも良いと、そう解釈できるように思います。でも、こんな矛盾に満ちた話があるでしょうか?」
第四王子のエリオットが、怪訝な表情で微かに眉を下げた。
「おかしな話だとは思うけど。でもさ、確かにそう聞こえたよ?」
「……てことは、アーディンに決まったと思った次期王の座だけど、ゲームリセット&リスタート、ってところかな。ねえ、エリック兄さんとアーディンはどう思う?」
双子の王子である、第五王子のダリルと第六王子のデレルが顔を見合わせてから、揃ってエリックとアーディンを見つめた。
エリックは、渋い表情で唇を噛んでいた。
(父上は、意味もなく混乱を招くようなことは、軽々しく口にはされない方だ。なぜ、あのようなことを仰ったのだろうか?)
しばらく逡巡してから、エリックは頷いた。
「私にも、そう聞こえましたが。ただ、父上の言葉は同時に、父上をこのような状態にした犯人がここにいるということも示唆しています。その事実を無視する訳にはいきません」
「だが、もう賽は投げられたんだ。どのみち、父上を支えていたあの竜は去った。早く次の王国の守護獣を探さないと、国としての立場も危うくなる可能性があるだろう。違うか?」
第二王子ワイアットの言葉に、アーディンも頷いた。
「……兄上の仰る通りでしょうね」
「それなら、話は早いな。王家の紋章に記された二体の守護獣ーー双頭の竜と、角のあるペガサス。どちらがどうやって姿を見せるのかはわからないが、彼らが誰を次の王として認めるのか。そういう話になるだろうな」
口角を上げたワイアットの脇で、浮き足立った様子のダリルとデレルが頷いた。
第三王子のライアンは、椅子から立ち上がると首を横に振った。
「俺は降りるよーーこれ以上、国に混乱に呼ぶような真似は避けたいし、騎士団長の任務だけで俺には十分だ」
第四王子で、神官長をしているエリオットも、第三王子ライアンの言葉に同意を示して立ち上がった。
「私も同じく。こんな嵐に巻き込まれるのはご免です」
「……なら、残った我々で仕切り直しですね」
淡々と言ったベネディクトの言葉を皮切りに、残る全員が椅子から立ち上がった。一種異様な高揚感に満ちたその部屋で、アーディンは最後に、瞼を閉じた父王を静かに振り返った。
「……アーディン、行きましょうか」
覚悟の籠った瞳で父を振り返ったアーディンに声を掛けると、エリックは厳しい表情で、国王の眠る部屋を後にした。
王子たちの人数が多くてわかりづらく、すみませんm(_ _)m
以下、王子一覧です。
第一王子 エリック(魔術院統括)
第二王子 ワイアット
第三王子 ライアン(騎士団長)
第四王子 エリオット(神官長)
第五王子 ダリル&第六王子 デレル(双子)
第七王子 ベネディクト
第八王子 アーディン(本作ヒーロー)
その他の王子の能力等の設定もおいおい出て来ますが、よろしくお願いします。




