嵐の予感
「どうした、ローザ? 顔色が悪いようだが。何かあったのか?」
ディムと小屋の中に戻った私に、アーディンが心配そうに駆け寄って来た。
「ううん、何でもないの。でも、アーディンに聞きたいことがあって。アーディンのお兄様は、エリック様以外に六人いるわよね? その中に、あの……濃い金髪の方はいるかしら?」
突然の私の質問に少し面食らった様子のアーディンだったけれど、すぐに私の言葉に頷いた。
「濃い金髪? ああ、兄たちの中には二人いるが。……それがどうかしたのか?」
私は背筋に冷たいものが下りるのを感じながら、アーディンを見つめた。
「一応、確認なのだけれど。その金髪は、エリック様のような淡いプラチナブロンドとは違って、獅子の鬣のような色かしら?」
「ローザの言う通り、獅子の鬣にも喩えられるような、はっきりと目を引く濃い金色だよ。何か、知りたいことでも?」
「……ええ。その方たちのお名前を、教えてもらってもいいかしら?」
「ああ。第二王子のワイアット兄上と、第七王子のベネディクト兄上だ」
「ワイアット王子と、ベネディクト王子……」
「兄たちに会いたいのか?」
そう尋ねたアーディンに、私は慌てて大きく首を横に振った。
「違うの!! そういう訳ではないのだけれど……」
アーディンはじっと私の瞳を覗き込んだ。
「詮索するつもりはないが、何か悩みがあるのなら、いつでも俺に相談して欲しい。俺はいつだって、できる限りローザの力になりたいと思っているから、それだけは覚えておいてくれ」
「ありがとう。わかっているわ、アーディン。私も少し、混乱していて……。頭の整理がつくまで、少し時間を頂戴。そうしたら、アーディンにまた相談させてもらうわ」
「わかった。あまり、抱え込まないようにな」
明らかに顔色の悪い私を、アーディンが気遣ってくれているのがわかったけれど、ディムに見せてもらった光景についてアーディンに相談してよいものか、まだ私には判断がついていなかった。いくら突拍子もないことを言ったとしても、彼が私の話を信じてくれるだろうことは疑ってはいない。けれど、仮にも彼と血の繋がった兄弟について、こんなことを相談してよいのかもわからなければ、既に命を狙われたこともある彼を面倒ごとに巻き込んで、その身を危険に晒してしまうことも避けたかった。
一つ大きく深呼吸をして、気持ちを切り替える。何事もなかったような顔を装って、私はまだヤドリナお婆ちゃんを囲んでいた面々の中にそっと混ざった。
様々な種類の珍しい薬草茶が入った瓶を手に取って、興奮に顔を紅潮させているルシファー様に、お婆ちゃんはにこにこと説明している。エリック様とカイル様も、相槌を打ちながら、お婆ちゃんの話に聞き入っていた。
お婆ちゃんが、戻った私の顔に目を留めて、はたと気付いたように手を打った。
「すまんな、そろそろ腹の虫が鳴る頃じゃろう。たいしたおもてなしはできんが、よかったら夕飯を食べて行っておくれ。それに、雑魚寝にはなっちまうだろうが、ここを出るのは、明日の朝、陽が上ってからの方がよいじゃろう。……ローザ、ディム。悪いが、夕飯の準備を手伝ってもらえるかい?」
「ありがとう、お婆ちゃん。もちろんよ」
ディムも頷いて、一緒に夕飯の調理をすることになった。薬草入りのサラダに豆のスープ、木の実のパンという、私にとっては食べ慣れていても、きっと王宮暮らしの彼らには簡素な夕食だろうと思われたけれど、皆喜んで食べてくれた。和気藹々とした夕食の時間は随分と打ち解けた雰囲気になっていて、あまりほかの人と会う機会もなかっただろうディムまでも、楽しそうに笑ってくれていたことが、私には嬉しかった。きっと、皆悪い人ではないということが伝わったのだろう。
翌朝、私たちはお婆ちゃんにお礼を言って、夜明けと共に出発した。最後に、私はお婆ちゃんとディムの手をぎゅっと握り、お互いに健康と幸運を祈り合った。
「本当にありがとう、お婆ちゃん、ディム。会えて嬉しかったわ」
「わしもだよ、ローザ。達者でな。それから、これはわしからのちょっとした贈り物じゃよ」
ヤドリナお婆ちゃんは、左手で私の掌に、いくつか穴の空いた小さな笛のようなものを置いた。感触からして、動物の角のようなものでできているようだ。
「嬉しいわ、ありがとう。これは、何? どうやって使えばいいのかしら?」
「これは、特殊な加護の魔法が込められたものなのじゃ。まあ、使う時がくればきっとわかるだろうから、持ってお行き」
お婆ちゃんがそう言うのならば、そうなのだろう。にこにこと笑うお婆ちゃんに、私はこくりと頷いた。
最後まで心配そうな目で私を見つめていたディムにも、あえて大きな笑顔を作って頷いてみせた。
皆がそれぞれの馬に乗り、最後に振り返って二人に手を振った。
「婆さん! 婆さんの薬草茶のレシピ、教えてくれて感謝してるよ。王宮でも再現するからな」
大きく手を振りながら、馬上で叫んだルシファー様に、お婆ちゃんは嬉しそうに目を細めていた。
「ローザ、迷いの森から出る道はわかるかい?」
アーディンの問い掛けに、私は頷く。
「ええ、ここに来たのと同じ道で帰るわね。私について来てもらえるかしら」
ランスの腹に少しだけ踵で力を込めると、ランスは承知したとばかりに、軽快に走り出した。
***
ヤドリナとディムは、ローザたちの後ろ姿が森の奥に消えるまで、その背中を見送っていた。
まだ薄暗い夜明けの森を、次第に上って来る朝陽が照らしていく。普段と一見変わらぬ、風すらもない穏やかな朝だったけれど、ヤドリナは鋭い視線で、雲のない空を見上げていた。
「嵐が、来そうじゃな……」
ヤドリナに肩を貸していたディムは、ヤドリナの言葉に不思議そうに小首を傾げながら、ヤドリナの視線を追って、高く晴れた空を見つめていた。




