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もう1人の側近

「うわあ……」


私は胸の前で、思わず両手をぎゅっと握りしめた。部屋中に所狭しと並んだ薬棚を見回し、医局に充満している薬の匂いを、胸いっぱいに吸い込む。覚えのある匂いもあれば、初めての香りも混ざっていた。


そのままアーディンは真っ直ぐ医局の奥につかつかと進んで行くと、小さな机の前で椅子に腰掛けている青年に声を掛けた。萌黄色の着衣を纏った彼の口には、赤味がかった細長い草の根の部分が含められている。あれは疲労回復に効く薬草のはずだ。


「ルシファー、ご苦労だったな。やっぱりここにいたか」

「ま、アーディン王子の人使いが荒いのは、今に始まったことじゃないからな。もう慣れたさ。……で、そこにいるのはカイルと、王子の大事なお嬢さんか」


にっと悪戯っぽく口角を上げた彼は、薬草を咥えたまま、艶やかな長い銀髪を靡かせてこちらを見つめた。野性味の感じられる浅黒い肌に、金色の大きな瞳が私の両眼を捉える。


私は、彼に向かって頭を下げた。


「初めまして、私はローザと申します」

「俺はルシファー、そこにいるアーディン王子のもう一人の側近だ。ま、見ての通り、カイルとは違って、常に王子の側にいる訳じゃないがな。……あと、一つ間違い。初めましてじゃない、俺たちはもう会ってる。どこで会ったかわかるか?」

「えっ……?」


私は改めて目の前の青年を見つめた。彼の髪色にはどこか見覚えがあるような気がしたけれど、さすがにそんなはずはないと思い、首を傾げた。


(王宮に向かう途中で道を教えてくれた狼の艶やかな毛並みに、髪色は似ているけれど。さすがに、そんなこと……)


ルシファー様はくくっと笑った。


「多分、お嬢さんが今考えたことが正解だ。俺は、今さっきお嬢さんと会った狼だよ」

「えっ。では、ルシファー様は魔法で狼に姿を変えられるのですか?」

「いや、あれは魔法じゃない、まあ体質ってやつかな。俺は狼にも姿を変えられるんだ。知ってるのはアーディン王子とカイルと、あとは王子の一番上の兄さんだけだがな。お嬢さんは味方だと思って話すが、ここだけの話にしといてくれよ」

「はい」


アーディンが私たちのやり取りを聞いて、口を開いた。


「ローザ、ルシファーの口調はいつもこんな感じだが、まあ慣れてくれ。ルシファーはいわゆる薬師ではないが、この医局への出入りを許されていて、ここにある薬のことはだいたい把握している。もしわからないことがあれば、彼に聞くといい。……ルシファーは、狼と、人の姿を取ることができるんだ。基本的には人の姿を取っているがな。太古の昔に存在したと言われる、獣人にも近しいと考えられる」

「獣人……」

「体質という意味では、ローザとも少し似ているかもしれない。魔法が効かず、魔法を解けるという君の力は、魔法が使えるのとはまた違う能力だと思う。この国には、魔法を使える者以外に、変わった体質の持ち主も、極めて少数だが存在するようだ。これもエリック兄上の研究分野だから、兄上はその意味でも君に相当の興味があるようだね」


ルシファー様は、ああというような顔をして、少し眉を寄せると、お嬢さんも大変だなと呟いた。きっと、思い当たる節があるのだろう。


その時、医局の扉が叩かれ、一人の兵士が足早にアーディンの元に近付いて来た。少し緊張した面持ちで一礼をした兵士が、アーディンに小声で何かを告げると、アーディンとカイル様は顔を見合わせて、小さく頷いた。


アーディンは、手にしていた萌黄色の巾着袋を私に手渡すと、私の耳元で小さく囁いた。


「すまない。俺自身が君にこの医局を案内したかったんだが、急用ができた。後で、必ず君を迎えに来るが、それまではルシファーに君の案内を任せたい。構わないか?」

「ええ、もちろん。もし、ルシファー様のお邪魔でなければ」


私がルシファー様を見つめると、ルシファー様がすっと口角を上げた。


「ああ、喜んで。ここの案内なら、むしろ俺の方が適任だと思うよ。じゃ、王子。安心して行ってきてくれ」

「ああ。ルシファー、任せたぞ」


アーディンは私の肩を軽く叩いてから、カイル様と兵士とを伴って、医局を後にした。


扉が閉じるまでアーディンの背中を見送ってから、ルシファー様は口にしていた薬草を吐き出すと、私に向き直った。


「さて、と。その袋を持ってるってことは、医局の薬師用の服を、王子の一番上の兄さんから受け取ったってことだな。つまり、王宮にいる間は、この医局には立ち入り自由ってことだ」

「本当ですか……?」


思わず嬉しさに頬に血が上った私に、ルシファー様が少し苦笑した。


「まあ、ついでにこき使われないように気を付けな。あの魔術院を束ねる彼は、使えると思った奴に対しては、容赦も遠慮もないようだからな。……じゃ、早速その袋の中身を着てくれるかい? 今の着衣の上に重ねる感じで問題ない。この時間は、医局の閉局時間を過ぎているから客は来ないだろうし、今はここには俺たちだけだが、まあ一応な」


私は頷くと、巾着袋の口を開けて、畳まれた服を取り出した。萌黄の上着を羽織り、前のボタンを上から留める。揃いの帽子もかぶると、ルシファー様が満足気に頷いた。


「よし、様になってるな。じゃ、行こうか」


私はわくわくする気持ちを抑えきれず、椅子から立ち上がって歩き出したルシファー様の後に続いた。


「あの棚にあるのが、最も効能の高いと言われる類の薬だ。他国から取り寄せたものも混ざっているが、この国が原産の薬草から作られたものがほとんどだ。薬師とは聞いていたが、見ている感じだと、お嬢さん、かなり薬に詳しいようだね。それから、お嬢さんの視覚や触覚、それに注意力っていうのかな。それが、野生動物のそれに近いというか……獣人の俺から見ても、かなり鋭いように思えるな」


ルシファー様の指差す先にある薬瓶を見ては喜色を浮かべて、時々薬の匂いや、原料の薬草の手触りまで確認させてもらっていた私に、ルシファー様が目を瞬いた。


「そうでしょうか? ただ、迷いの森で見たことのある薬草が原料になっている薬なら、大抵はわかります。……あの、保存のために乾かすと効能が落ちてしまう種類の薬草は、ここではどうやって保管しているのですか?」

「ああ。そういうのは、そこにある、冷却魔法のかかった保存箱の中だよ」

「便利ですね……!」


ルシファー様の薬の知識も相当のようだった。簡潔に、けれどわかりやすく並ぶ薬の説明しながら進む彼は、確かに医局の案内には間違いなく適任だと思う。


私は、一つ気になったことを彼に聞いてみた。


「あの。ここでは、リヴル草は扱ってはいないのですか?」


ルシファー様は驚いたように私を振り返った。


「よく知ってるな。……あの草は、かなりの希少種だからな。残念だが、今は切らしているんだ」

「私、少しなら待ち合わせがありますが、よかったら、差し上げましょうか? こちらでお使いいただければと……」


ルシファー様は大きな目をさらに丸く見開いてから、ふっと笑みを漏らした。


「随分と親切なお嬢さんだな。だが、それは何かの時のために持っておくといい。手に入れるのも今は凄く難しいし、ここにあればあったで、それを聞きつけて群がる金持ち貴族が出て来ないとも限らないしな。お嬢さんの納得のいくような使い方をするといい」


私の頭をぽんと撫でて目を細めたルシファー様は、意外にもとても優しい表情をしていた。言葉遣いにはぶっきらぼうなところがあっても、この温かさが彼の本当の気質なのだろう。アーディンが彼を信頼しているのがわかる気がした。


医局全体を回り終えてから、ルシファー様がくるりと私に向き直った。


「これで、ここにある薬は一通り見たかな。どうだい、俺も少しは役に立ったかい?」

「少しどころじゃないです、とっても! ルシファー様の説明、すごくわかりやすかったです。お疲れのところ、わざわざありがとうございました」

「……王子の迎えはまだみたいだな。どうだい、もう少しこの辺を好きに見て行くかい?」


目を擦るルシファー様がどこか眠そうな様子なのを見て、私は慌てて口を開いた。


「ええ、もし差し支えなければ。……でも、ルシファー様は、先程の椅子の辺りで休まれていてくださいね。既に薬のご説明はいただきましたし、後は一人で大丈夫ですから」

「そうかい? じゃ、お嬢さんのお言葉に甘えようかな。薬瓶には好きに触れても問題ないし、ご自由に。俺はすぐそこにいるから、何かあったら呼んでくれ」

「はい、わかりました」


私はぺこりとルシファー様に頭を下げると、もう一度周りを見渡した。薬に囲まれてわくわくしてしまうのは、もう職業柄というほかない。基本的には効能別に並べられた医局の薬を、もう一度見て回りたかった。


その時、医局のカウンターの向こう、来客用の扉を外側から激しくノックする音が聞こえた。


ルシファー様は、もう閉局したと言っていたはずだ。少し戸惑いながら、ルシファー様を呼ぼうか迷っていると、扉の向こうから、切羽詰まった様子の女性の声が聞こえて来た。


「どなたか、まだいらっしゃいますか? お願いです、もしいらっしゃったなら、どうかドアを開けてください……!」


女性の涙声にただならぬ気配を感じて、慌ててドアを開けに小走りに向かった。

ドアを開けると、その向こう側に立っていたのは、侍女のような服装をした、顔をストールでぐるりと覆った1人の若い女性だった。

人目を忍んで来た様子の彼女がストールを解くと、思いがけず、非常に美しく整った顔がその中から現れた。けれど、真っ赤に泣き腫らした両目が示すように、その左頬には、酷く爛れた跡がくっきりと醜く残っていた。

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