迷いの森の住人
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私の言葉に、エリック様は勢い良く身を乗り出して来た。
「ほう、迷いの森に住んでいる人物ですか。……もしかすると、その方は高齢の女性ではないですか?」
「ええ、そうです。エリック様もご存知なのですか?」
私が目を瞬くと、エリック様はさらに身体を前のめりにして、やや早口で続けた。
「まさかとは思いますが、その方は小柄で、燃えるような赤髪で、左足を少し引きずってはいませんか?」
「はい、仰る通りですわ。まあ、エリック様もお知り合いだったのですね」
にこりと笑った私だったけれど、私の言葉に異様に目を輝かせたエリック様が、さらにずいと近付いてきたので、思わず、じりとソファーの背もたれまで身体を反らせて後ずさった。
「ほう、まさか実在していたとは……! その方を、ローザは知っているのですね? アーディン、貴方はさすがに会ったことはないでしょうか」
「俺は会ったことはないですね。ローザがよもや彼女と知り合いだとは、今この瞬間まで思いもよらなかった」
私は目の前で繰り広げられる会話について行けずに、二人の反応に首を傾げた。
「あの、それほど気になるようなことが…?」
「ローザ、貴女には驚かされてばかりですよ。恐らく彼女は、迷いの森の番人とも、魔女とも呼ばれている人物ではないでしょうか。人嫌いで、人間を避けていると、そう言われているようですが……」
「ええっ!? まさか、そんなはずは……」
今度は私が驚く番だった。
「時々遊びに行くと、いつも美味しいお茶をご馳走してくれる、普通の優しいお婆ちゃんですよ。確かに、人が苦手だとは言っていて、それでほとんど人に出会さない迷いの森に住んでいるとは聞きましたが。ヤドリナお婆ちゃんが魔女だなんて、何かの間違いではないでしょうか」
「……ローザ、君はどうやってそのヤドリナという女性と知り合ったんだい?」
興味津々といった様子で腕組みをしたアーディンに、私は記憶を辿りながら答えた。
「ええと……。昔、私が迷いの森で薬草を探していたら、崖下の辺りで蹲っているヤドリナお婆ちゃんを見付けたの。崖で誤って足を滑らせて、利き足の右足を怪我してしまったんですって。それで、お婆ちゃんをおぶってお婆ちゃんの家まで運んだら、とても喜んでくれて。それからは、森で出会う度に珍しい薬草の見付け方や効能、調合方法なんかを色々と教えてくれて、お婆ちゃんは私にとっての、薬の師匠のようなものよ」
エリック様が、声を弾ませた。
「是非、そのヤドリナ様にお会いしたいものです。私たちを、彼女に紹介してはいただけませんか?」
私は躊躇いがちにエリック様を見つめた。
「多分、大丈夫だとは思います。でも、お婆ちゃんは普段人目を避けるようにしているので、必ずとはお約束できないかもしれません。……それでもよろしいですか?」
「ええ、それで結構です。これは私の予想ですが、ローザがいれば、私たちの話くらいは聞いていただけるような気がします。いや、非常に楽しみですね。……すぐにでも迷いの森に向かいたいくらいなのですが、残念ながら私の身が空けられるのは早くて三日後です。三日後に、私たちを迷いの森に、そしてヤドリナ様の所に案内してはいただけませんか?」
「はい、承知いたしました」
頷いた私を見て、エリック様は満足気ににっこりと笑うと、アーディンと目を見交わして頷いた。
「さて、ローザ、貴女には王宮内でご興味ある場所などありますか? よろしければ、次の予定まで少し時間があるので、それまで王宮の中を案内して差し上げましょうか……」
またも私の手を取ろうとしたエリック様をアーディンが軽く睨むと、エリック様の言葉を遮った。
「いや、いい。俺が案内する。兄上は時間の余裕なんて普段からほとんどないでしょう? 無理しなくても構いませんよ」
アーディンはさっと私の腰に手を回してソファーから立ち上がらせたかと思うと、エリック様にひらひらと片手を振った。僅かに苦笑したエリック様に、私は慌てて頭を下げてから、アーディンに促されるままにエリック様に背を向け、ドアに向かって歩き出した。




