第一王子の歓迎
ランスは軽快な足取りで街中を駆け抜けて行く。
アーディンの言っていた通り、街行く人々は特にランスに注目する気配はない。ランスの頭に生えている立派な角をちらりと見やりながら、私は安堵の溜息を吐いた。
(……本当に、ランスの角は私以外には見えていないみたいね)
私の視界に、遠く小さく街道の奥に王宮が映り込むまでに、そう時間は掛からなかった。だんだん陽が傾いてきて、王宮の方向へと続く長い街道は、柔らかな橙色の夕日に照らされ始めている。けれど、最も店が密集し、人混みで賑わっていた往来を抜けて、ランスの駆ける速度が上がると、あっという間に王宮の姿は目の前に大きく迫って来た。堅牢な城壁を形造る、積み上げられた石の一つ一つが、もう私にも見て取れる程の距離まで来ている。
(……呆気ないほどに、上首尾にここまで辿り着けたわね……)
視界に認めた、高く聳える城門の前に立つ兵士の姿が次第に大きくなると、私はランスの歩みを緩めた。そして、先程アーディンの声をした銀色の狼から受け取った、掌に握り締めていたままの鎖を改めて見つめた。掌から溢れる金色の鎖は、夕日を受けてきらきらと光っている。私が手綱を持ち替えて、そっと鎖を持った手を開くと、鎖の間から、繊細な金細工があしらわれた、熟したワインのような濃い赤紫色に輝く宝石が顔を覗かせた。一目で貴重なものだとわかる、美しいペンダントだ。
城門の前まで来ると、私はランスから飛び降りて、手にしていた金の鎖を首に掛けた。ちょうど胸元に、赤紫色のペンダントが収まる。
城門の左右に一人ずつ、鎧を身に付け、長い槍を手にした兵士が立っている。ランスの手綱を引いて、私はその左手側にいた兵士の方に近付いた。
「あのう……」
おずおずと話し掛けた私に、兵士は槍を握り直して堅い声を出した。
「君は、王宮にいるどなたかと約束があるのかい? 君も知っていると思うが、ここを通れるのは、事前に許可を得ている者のみなんだが……」
そこまで言い掛けて、兵士は私の胸元に掛かっている鎖と、その先に光るペンダントトップを見て、はっと息を飲んだ。
「……それは……」
戸惑う私の前で、急に兵士の態度が慇懃なものに変わる。深々と突然腰を折った兵士は、丁寧な口調で話し掛けてきた。
「承っております。さ、どうぞこちらへ」
「……ありがとうございます」
ランスを連れて城門をくぐり、しばらく歩いて行くと、王宮の正面の入口付近に佇む人影が見えた。兵士は、その人影の方向に向かって歩いて行くようだ。私は、遠目にその人影を認めて、内心で首を傾げた。
(……あれは、誰かしら。アーディンではないのね……?)
兵士はそのプラチナブロンドの長髪の男性の前で敬礼すると、私を振り返った。目の前の男性は、柔らかい微笑みを浮かべて歩み寄って来たかと思うと、礼儀正しく右手を差し出してきた。
「貴女がローザ様ですね。ようこそお越しくださいました」
「はい。は、初めまして。あの、貴方様は……」
美しい碧眼が目の前の男性の眼鏡の奥から覗いているのを見て、握手を返しながら彼の名前を聞こうとしていた私は、慌ててその言葉を飲み込んだ。
この方は、もしかすると。いや、恐らくは……。
「もしかして、第一王子のエリック様、でしょうか……?」
際立った聡明さでその名を王国内に轟かせている、エリック第一王子。数いる王子の中でも、アーディンとは近しい間柄だと噂には聞いていたものの、なぜ彼がここにいるのか、私にはさっぱりわからなかった。
目の前の男性は、私を見て頷くと、にっこりと笑った。その瞳には、微かに、けれど隠しきれない興奮が浮かんでいる。
「いや、素晴らしいな。これは……」
「……?」
まさか第一王子自らが自分を待っているとは思わず、驚きと緊張で固まっている私に、エリック様は小声でぶつぶつと何やら呟いていたけれど、私と握った手に一度視線をやってから、やや紅潮した顔に両の瞳を輝かせて、改めて私の顔を見つめた。
「や、失礼しました。アーディンも王宮内で貴女を待っていますよ。……詳しくは後で。その馬はそこの彼に任せて、まずは中へ。さあ、こちらです」
くるりと踵を返して王宮に入って行くエリック様に手を引かれるままに、慌てて私もその後を追って、高い天井の廊下が続く王宮内へと入って行った。
大変更新が遅くなりました…m(_ _)m
新年、明けましておめでとうございます。
何かと大変な時期ではありますが、皆さまにとって幸多き1年となりますようにお祈りしております。




