王宮へ
厩の扉を白い鷲と一緒に潜り、ランスの馬房に向かう。
私の足音に気付いたかのように、ちょうどランスは馬房から首を出し、こちらを見つめていた。私は馬房を開けて、ランスの温かな首筋を軽く叩いた。
「ランス、これからアーディンのいる王宮に急いで向かうわ。緊急事態なの。……一緒に来てもらえるかしら?」
ランスはその大きな瞳で私を見ると、了承を示すように小さく嘶いた。まるで何が起きているのかを理解しているかのような、そんな聡く澄んだ瞳をしている。
急いで背に鞍を乗せ、手綱を持ってランスに飛び乗ると、白い鷲が私の肩にふわりと舞い降りた。
ランスの背に乗ってオルレーヌ家の中庭を通り抜ける。さっき飛び降りたばかりの二階のバルコニーをちらりと振り返ると、部屋の内側から眩い光が輝くのが見えた。
(お願い、無事でいてね。ジュリアン、オリヴァー様……)
私はきゅっと唇を引き結んだ。……アーディンに会え次第、急いで助けを求めなければ。
そのままランスを駆って進んで行くと、すぐにオルレーヌ家の立派な外門が見えて来た。両開きの扉の片側だけが開いている。ランスも十分通り抜けられる幅があった。
「ランス、ここから外に出るわよ。……っ!?」
ひゅっ、と音を立てて、前方から矢がしなりながら飛んで来た。ランスが頭の角で矢をはじく音がカキンと大きく響く。
よく見ると、外門の程近くに茂っている樹木に隠れるようにして、微かに動く人影が見えた。
(マテオ様の手の者……? 見張りを立てていたのかしら……)
ここで立ち止まる訳にもいかないけれど、このまま進んでも危険だろうか。
僅かに逡巡したその時、私の肩から白い鷲が大きな羽を広げて飛び立った。驚いてその後ろ姿を目で追うと、鷲は人影が見えた茂みの中に、両羽を開いたまま滑るように飛び込んで行った。
「うわっ、何だ、この鳥は……!?」
叫び声と共に、一人の男が転がり出て来た。
「目っ、目が……!」
目を鷲に突かれたらしい男性は、目元を両手で押さえてよろめいている。その隙に、ランスと私はオルレーヌ家の外門を抜けて、無事に外の道に走り出た。
ランスと私の後ろから追いかけるようにすっと飛んで来た白い鷲は、そのまま私たちの頭上に高く舞い上がり、挨拶をするかのようにふわりと一回転した。
私は上方に首を向けると、その鷲の姿に微笑んだ。
「私たちを助けてくれたのね、ありがとう……!」
私の声に応えるかのように、鷲は一声鳴くと、そのまま天高くに飛び去って行った。
(……さて、と)
私はランスの背に乗りながら、目の前に真っ直ぐに続く道を眺め、そして王宮までの道のりを思い浮かべた。
ここから王宮まで続く道のりは、大きく分けて二つある。
今ランスが走っている道をこのまま進めば、やがて王宮直下の城下町に続く大通りにぶつかる。一つは、両側に多くの店が立ち並び、たくさんの人々で賑わうその道を、そのまま王宮まで行く方法。
そして、もう一つは、次の四つ角を左に折れて、あまり整備のされていない山中を辿る険しい道。こちらは人通りがほとんどない。時々珍しい薬草が見付かることもあるということで、昔、両親と通ったことが一度だけあるけれど、通ったのはその一度きりだった。
「ランスの角、目立つからなぁ。やっぱり、山道かな……」
馬車なら進み辛い山道だけれど、迷いの森に慣れているランスならば造作はない筈だ。人目を引きながら街中を行くよりは、まだ目立たずに進める方が安全だろうか。ランスの弾むような駆け足に合わせて、目の前に上下する彼の角を見ながら、思わず私の口から漏れた呟きに、思わぬところから返事があった。
「いや、このまま真っ直ぐだ。大通りを進め」
私はぎょっとして、手綱をきつく握り締めたまま、辺りを見回した。おかしな場所から声が聞こえた気がしたのだ。……それも、聞き覚えのある声が。
ランスの右斜め後ろに視線をやった時、あっと驚きに息を飲んだ。ランスの駆け足に負けず劣らずの速さで走っている、銀色に輝く狼が見える。
かなりの速さで駆けている筈なのに、たいして息も上がらずに平然と声を発していること、そして珍しい毛色から察するに、この狼もきっと迷いの森の出身なのだろう。
振り返った私と目が合うと、狼が口を開いた。
「俺の声が聞こえるか、ローザ?」
「アーディン! ……あなた、アーディンなの?」
「ああ、まあ、そうだな。……俺自身は別の場所にいるが、他の者の魔法の力を借りて、この狼の身体を借りて喋っているのは俺だ。
いいかい、ローザ。よく聞いてくれ。この先、大通りに出て、人目を気にせずそのまま王宮まで一直線に進むんだ」
「でも、ランスが……」
銀色の狼がふっと笑ったように見えた。
「君の言いたいことはわかるが、実はランスの角にも間接的な形で魔法をかけてある。君から見たら変わらないように見えるだろうが、俺の言葉を信じてくれ。……実のところ、山を抜けて行く道にも、このまま進んだ大通りにも、君を狙う別の者がそれぞれ潜んでいる。だが、大通りを行く方が、まだ躱すのが容易いんだ」
「わかったわ。アーディンがそう言うなら、信じるわ」
きっと、アーディンは私よりもずっと多くのことを把握した上で、私に助言をしてくれている。それならば、彼の言葉に従うまでだ。
そして、私ははっとして彼に向き直ると、狼の身体を借りたアーディンに話し掛けた。
「そうだ、それよりも! ジュリアンが今、大変なの。できればジュリアンを助けて貰えないかしら? オルレーヌの家に、誰か味方を……」
「ああ、そちらはもう解決済みだ。詳細はまた後で知らせよう」
アーディンが言うのならば、きっともう危険な状態は脱しているのだろう。ほっと胸を撫で下ろした私に、アーディンの声が念を押した。
「大通りに出たら、そのまま脇目を振らずに王宮まで、できるだけ急いで。いいね?」
私はその声に頷いた。
「アーディン、あなたの言う通りにするわ。来てくれて、ありがとう……!」
「後は、これを持って行ってくれ」
銀色の狼は、首に掛けていた何かを口で器用に外すと、私の方にそれを放った。手綱から離して伸ばした私の右手の中で、受け取ったその鎖のようなものがしゃらりと揺れる。
「王宮の門に着いた時、もし誰かに呼び止められたらそれを見せればいい。……また、すぐに君に会える筈だ。王宮で君を待っているよ」
「ええ。また後で会いましょう!」
もう、既に店々が遠くに見え始めてきていた。あとほんの少し進めば、城下町に入る。
微笑みかけた私に、白銀の狼は満足気に目を細めてから、道の脇に生い茂る草地に飛び込んで姿を消した。
私は少し上半身を屈めて、ランスに話し掛けた。
「ランス、あなたにもアーディンの声が聞こえていたかしら。このまま、街を出来るだけ速く通り抜けましょう。よろしくね、ランス……!」
お安い御用とでも言いたげに少し鼻を鳴らしたランスは、そのまま速度を落とさずに、軽やかな脚取りで城下町へと駆け込んで行った。




