舞台上の手品
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「マテオ様、この金色の鷲テラは、大分傷が治っては来ましたが、まだ飛べてはいないのです。あともう少し、完全にこの子が回復するまで、お時間をいただく訳にはまいりませんでしょうか」
私がマテオ様にお願いしたその時、それまで止まり木の上で羽を前後に動かしていたテラが、突然止まり木を蹴った。すっと飛び立って部屋の天井付近を一周すると、マテオ様の持っている鳥籠付近の床に、多少覚束ない足取りではあったけれど無事に降り立った。
テラは鳥籠の中の鷲を見つめている。同類の仲間に出会って、興奮してしまったのだろうか。
マテオ様は床の上のテラを見ると、大袈裟なくらいに眉根を寄せてから、私に向かってにやりと笑った。
「何だ、飛べるんじゃないか。時間稼ぎをしたかったのか、卑怯だな。……おおかた、上手く懐いてないんだろうがな。怪我が治っているなら、すぐにでも兄上にお披露目をしようじゃないか。何か問題でもあるか?」
ジュリアンが音もなく溜息をついてから、マテオ様に向き直った。
「……わかりました、叔父上。父上に伝えましょう。オリヴァーにも声を掛けるので、今すぐにというのは難しいでしょうが、この数日中には。それでご異存ありませんか?」
「まあ、仕方ないな。それでよかろう。ではな、せいぜい残りの時間で精進しろよ」
自信たっぷりの表情でそう言い残すと、マテオ様は大きな鳥籠を大切そうに抱えて、軽い足取りで立ち去って行った。
ジュリアンとマテオ様が互いに金色の鷲を連れた後継争いの場は、その二日後になることに決まった。
***
舞台は、オルレーヌ家の二階にある、天井が高くて奥行きのある一室になった。その場所は、高名な画家が描いたという、見せ付けるほど美しく贅沢な天井画に、金飾を用いた壁の彫刻の合間を縫って多くの絵画が飾られた、贅を尽くした空間だった。絵画の中には、各代の主人と共に金色の鷲が描かれたものも数枚見受けられた。
豪奢な背景の前で、二羽の金色の鷲が止まり木に落ち着いている光景は、煌びやかでどこか幻想的だった。それぞれ自分の鷲の前に、マテオ様とジュリアンが立っている。
部屋の奥にはエドワード様が車椅子姿で、マテオ様とジュリアンの正面側、つまり鷲の後ろ側から様子を見守っており、その横にはオリヴァー様が控えていた。マテオ様が、ジュリアンの友人だけを立会人にするのはおかしいと主張した結果、マテオ様の取り巻きらしき人が数人、部屋のドアの前で、室内の様子を眺めている。私はオリヴァー様の斜め後ろに立ち、ジュリアンの緊張の面持ちを見つめていた。
(結局、テラがジュリアンにもう心を許したのかわからないまま、ぶっつけ本番になってしまったわ……)
テラとジュリアンの距離がどんどん縮まっているのは、見ていてもわかる。けれど、笛を使って呼び寄せる練習もままならないうちに、今日の日を迎えてしまった。あとは、上手くいくように祈るほかには、私には何もできなかった。
準備の整った二人と二羽を見て、エドワード様が口を開いた。
「では、これから、二人にそれぞれの金色の鷲を呼んでもらう。主人の吹く笛に応えるか、またはもし笛ではなくても、主人の呼び声に呼応したと見られたら、守護鳥と心を通わせていると認めよう。それでよいな」
「ええ、兄上。問題ございません。では、まず俺から試しても?」
待ち切れない様子のマテオ様に、エドワード様が頷いた。彼の笛が室内に響く。彼の目の前にいた金色の鷲は、マテオ様の呼ぶ笛にすぐに応えてふわりと舞うと、彼の右手に着けたグローブに降り立った。
喜色を隠し切れずに、マテオ様が叫ぶ。
「ほら、見たでしょう! この鷲は俺に懐いている。俺に心を開いているんだ」
エドワード様は落ち着いた声で答えた。
「まだ、ジュリアンの順番が終わっていない。もう少し待て。……さあ、ジュリアン」
ジュリアンはエドワード様に向かって頷くと、笛を吹いた。テラは、かたかたと止まり木の上を移動しているけれど、なかなか飛び立つ様子はない。私は両手を握り締めて、その状況を見守っていた。僅かに唇を噛んだジュリアンだったけれど、深呼吸を一つしてテラの瞳を見つめると、ゆっくりと話し掛けた。
「さあ、テラ、僕のところにおいで」
テラはジュリアンの呼び掛けに応えるように、ようやく止まり木を蹴ると、彼の頭上で一周してから、彼の腕元に降り立った。
「ほう。二羽とも、主人の呼び声に応えたようですね」
目を細めて笑ったオリヴァー様の声に、マテオ様は顔を真っ赤にしていた。
「俺の鷲のほうが、よっぽどすぐに俺に応えただろう! どちらのほうがより心を開いているかなんて、一目瞭然じゃないか」
マテオ様の手元にいる金色の鷲の赤銅色の目と、私の目がまた合った。さっきから、あの鷲はマテオ様ではなく、じっと私を見ているような気がするのだけれど、気のせいだろうか。
その時、急にマテオ様の金色の鷲が、その手から離れて飛び立った。なぜか私を目掛けて飛んで来るように見える。マテオ様も何事かと驚いたように、見開いた目で鷲を追っていた。
慌てて私が腕を差し出すと、数回羽ばたいてから、鷲はそっと私の腕に降り立った。
「えっ……」
私の腕に降り立った途端、鷲を薄く白い靄が包む。その霞の中からは、まるで目の前で手品でも見ているかのように、全身が輝かんばかりに真っ白な鷲が現れた。目の色だけは、先程までの金色の鷲と変わらず赤銅色をしている。
(もしかして、この子は……)
皆が息を飲んで鷹の様子を見つめる中で、視線を上げると、マテオ様の顔が遠く引き攣るのが見えた。




