魔術院
誤字報告をありがとうございます、修正しております。
魔術院。それは、王家直属の教育機関であり、そしてこの国の魔法や伝承等に関する唯一かつ機密的な研究組織でもある。
この国に現れる魔法の能力者は、そもそも極少数であり、まだまだ謎が多い。……というよりも、むしろ解明されていない部分の方が多いと言えるかもしれない。魔法といっても、その種類は千差万別であり、どのような魔法がどう受け継がれるのかという法則性は定かではなく、未だに多くの謎に包まれている。
その中でも、統計的なデータから、ある程度の確度を持って推測される事柄というのも存在する。その一つが、魔法の能力者の大半は貴族に集中しているという事実である。
それがなぜなのか、理由は明らかではない。しかし、殆どの能力者が貴族に見られること自体は、王家にとっては都合の良いことでもあった。
魔術院を出ることは、貴族の中でも一部しか持ち得ない魔法の才能に恵まれたことを示すものであり、一種のステータスでもある。このため、貴族は自らの子息の魔法の才能の有無に幼い頃から目を配り、魔法の能力が認められた貴族家の子息は、皆喜んで魔術院に入学した。
つまり、王家としては、魔術院の存在によって、この国におけるほぼ全ての能力者を把握し、管理することができるのだ。これは王家にとって大きなメリットである。どの貴族がどのような魔法を使えるのかは、魔術院の名簿に登録されることになるーー魔法の力を伏せておく方がメリットになることもあるため、王族だけは、その例外とされているが。
魔法の能力の種類によっては、ある能力者が数百人の兵力に匹敵することもあるし、また政治や外交を円滑に進めるために役立つ能力者が見付かる場合もある。魔法の研究に優れた適性を示す者もいる。そのような者の把握は、国力の維持及び向上のために重要な死活問題でもあり、数少ない優れた能力者の発掘及び抜擢は、魔術院にとっての至上命題だった。
そして、どの年度に、どのような能力の持ち主が、どの貴族の家柄から何人輩出されたのか。そのような、長年積み上げたデータに基づく統計は、この国にとって貴重な情報源ともなっている。
なお、殆ど例のないことではあるが、仮に平民から能力者が出た場合、それは非常に名誉なことであり、かつ魔術院から高額な奨学金が与えられるため、基本的には自ら魔術院に名乗り出てくると考えられる。
しかし、貴族とは異なり、能力持ちかどうか注視される機会がそもそも少ないことに加え、能力といってもその幅は広く、目立たない種類の能力も存在することから、自らの能力自体を見過ごして、魔術院が把握する能力者から漏れてしまう可能性もゼロではなかった。
そして、魔法の才能持ちに認められる能力の種類は、基本的に一種類だけであるということもほぼ判明している。
例えば、火を操れる、水を操れるといった能力であれば、操り方によってバリエーションがない訳ではないし、空を操る能力であれば雨と稲妻を同時に発生させることもできる。けれど、まったく種類の異なる多様な魔法を同時に操れる使い手は、今までに見付かってはいなかった。
他にも、伝承と合わせて魔術院で研究が進んでいる分野もある。家紋と貴族家の発展に関する研究がその一つだ。
各貴族家の家紋に取り入れられている動物には様々な種類のものがいるが、共通していることは、描かれているのは、少し変わった外観をした、魔法の加護を受けている稀少種だということだ。貴族家の者が、その家紋に誂えられている動物の中で、心を通わせられる個体と出会った場合、その者が当主となった代は、栄え、大きく発展することが知られている。……これも理由は定かではないものの、古来より言い伝えられており、統計的にもかなり確度が高く、貴族家の間では周知の事実となっている。恐らくは、元々の順番は逆で、そのような家に加護を与え、守護的な役割を果たした動物が、家紋に描かれたという歴史があるのだろうと思われる。
さらに、家紋の動物が稀少な種類であればあるほど、心を開いてくれる個体に出会った場合、受ける加護も強くなり、貴族家の栄える度合いが大きいことが、統計上確かに示されていた。
……そして、王家にとってもそれは例外ではない。
王家の紋章には、金色の双頭の竜で縁取られた真紅の盾の、槍を2本斜めに交差させた背景の上に、白く輝く馬体に金色の翼と角を合わせ持つ、ペガサスとユニコーンが重なったような姿をした馬が雄々しく羽ばたく姿が描かれている。この一角のペガサスは、大変に珍しい動物であり、今までにも数百年に一度という周期でしか見付かってはいなかった。
しかし、歴史上、賢王が治めたと言われる治世には、必ずこの動物が見られたという記録が残っており、国の守護獣として崇められている。そして、そのような時期において王と認められるのは、この守護獣に選ばれし者だったと言われている。
さらに、歴史を紐解くと、この国の守護獣とされる動物が現れる前触れとして、大量の流れ星が一箇所に降る現象ーー「星降る宵」とも言われるーーが目撃されている。
数年前、この国で数百年振りに観測された、魔法の加護を帯びた星が次々に降るという「星降る宵」は、先読みの能力者の預言通りであった。しかし、その後に姿が見られるはずの守護獣が、あれから数年経った今でも見付かっていないのだ。
その疑問の解明に全力を傾けている人物が、魔術院に存在した。
プラチナブロンドのさらりと流れる長髪を後ろで束ね、サファイアのような深い青色の瞳に眼鏡をかけた彼こそ、魔術院を管轄するトップである、第一王子のエリックだった。
「おかしい。なぜ、これほど調べているのに、国の守護獣の姿が見付からないのだ……」
彼はいくら探しても気配すら感じられない守護獣の存在に、首を傾げていた。
なかなか今まで調査が進まなかったのは、今回の星降る宵が、迷いの森で起こったこととも関係していた。
今までも、歴史上で、加護の星が流れるとされる、星降る宵の現象が観測されたのは、国のどこかの森だったようだ。しかし、その場合には、星降る宵の直後に、いずれも白銀の馬体に金色の翼と角を併せ持つ、神々しいほどの姿が森の中で見られたという。……既に成長した姿で発見された旨が歴史書に記載されていることからは、星降る宵によって赤子の守護獣が生まれ落ちるという訳ではない模様だったけれど、降り注ぐ加護の星がどのような意味を持つものなのかは、未だ神秘のベールに包まれていた。
先読みからの星降る宵の預言を受けて、久々のこの国における守護獣の誕生に心を踊らせていたエリックは、しかし迷いの森での調査に苦戦することになる。
彼は嘆息を吐いていた。
(あの森には、術式のわからない魔法が全体に掛けられているようだ。……あの森で調査ができる能力者も限られている)
迷いの森に入れる数少ない能力者といっても、その能力は様々である。
例えば、迷いの森の入口付近に移転魔法をかけておき、迷ったら魔法でその場所に戻る者、迷いの森に住む動物に目印となる魔法を掛けて、その動物についていく者。
けれど、迷いの森には魔法のまったく使えない場所があったり、狙いを定めた動物が突然姿を消してしまったり、いずれの場合も迷いの森に踏み込んで調査することは至難の技だった。
そんな中でも、少しずつ進めた調査で判明したことは、未だに守護獣の姿が見付かってはいないという、エリックを落胆させるのに十分な事実だった。
(このままでは……。アーディンがせっかく後継者に決まったのに、また世継ぎ争いが再燃しかねない)
エリックは、第一王子という立場上、口が裂けても言えないことだったけれど、政よりも魔術院での魔法等々の研究に没頭していたかったのだ。そんな彼は、国の守護獣の出現を示す星降る宵と、守護獣に選ばれし者に現れたとも伝わる、アーディンの身体に見られたある印に、純粋な知的興奮と同時に、内心小躍りもしていた。
能力的にも、アーディンが優れていることは兄弟皆が知っている事実だったけれど、アーディンを推した有力者の一人が、第一王子かつ魔術院を統括する彼であったことも、今のところは後継者の決定を揺るぎないものにする一つの要因になっていた。
(いずれにしても、改めて、迷いの森を調べる必要があるな)
彼はこめかみを細く白い指先で押さえると、苦々しく深い溜息を吐いた。




