選択
あの事件から、数日が経った。
今日は大学の授業がないので自宅でゆっくりしている。
あの後、お兄ちゃんから詳細を聞いたのだが、お兄ちゃんが目を覚ました時側にはわたしが倒れていて、それ以外には誰もいなかったらしい。
しかし、たしかにわたしはあの時誰かがやってきたのを覚えており、またわたしたちの怪我も手当をされていたことからあの場に誰かがいたのは明確だ。
命を助けてもらい、手当までしてもらったのでお礼をしたいのでどうすればいいか全く分からない状況なのである。
ちなみに、お兄ちゃんはあの時銃で撃たれたショックから気を失ってしまっていたが怪我自体は浅かったようで現在では普通に生活を送れている。
しかしながら、わたしたちを助けてくれた人が誰なのか判明していないこと以外にも解決していないことがまだあるのだ。
(わたし、あの時能力発動させちゃった、よね…?)
あの時のことは正直あまり覚えていないのだが、お兄ちゃんが傷付けられてからわたしは能力を発動させ襲ってきた男性に攻撃をしてしまっていた。
つまり、今のわたしは能力者ということだ。
この世界では、能力を発動させた者は特能に申し出て能力をコントロールする訓練を受ける必要がある。
そして、それが終わると特能のメンバーとして働いていかなければならない。
だが、それはこの先の人生を特能の人間として生きることを意味しており、お兄ちゃんがせっかく行かせてくれた大学も辞めなければいけない。
自分のやりたいことを見つける前に、すべてを決められることにはとても抵抗がある。
そして、それだけではなくもう1つ気掛かりなことがあった。
(あの時襲ってきた人、あの人も能力者だった……、ということは特能の人間?)
能力者であるということは特能の人間である可能性が非常に高くはあるが、特能に所属する能力者が一般人を襲うだなんて話聞いたことがない。
もちろん、何かの理由で特能の人間ではない可能性もある。それでも、不信感は残ってしまい他の理由とも相俟って特能に所属することに対して積極的ではなくなってしまっている。
また、わたしは未だこの話をお兄ちゃんにきちんとできていないでいる。能力を発動させた時、お兄ちゃんは気を失っていたためおそらくわたしが
能力者であることを知らないのだろう。
自分の考えもまとまっていないので、今まで話題に出せないでいたがこのままではずっと答えが出せないだろう。いつまでも先延ばしにするわけにもいかない。
(今日、ちゃんと話そう。ずっと黙ってるわけにもいかない)
打ち明けることを心に決め、わたしはお兄ちゃんの帰りを待つことにした。
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「ただいま」
「あっ、おかえり〜」
夕飯の準備をしていると、お兄ちゃんが帰ってきた。
一度自身の部屋に戻り、着替えてリビングへと戻ってくる。
ソファに座るとテレビの電源を入れて、何度かチャンネルを変更し、最終的にニュース番組のキャスターの声が聞こえてきた。
夕飯時に、能力の話を打ち明けることを決めているわたしは少しだけドキドキしながら夕飯の準備を進めた。
「おまたせ、ご飯できたよ!」
出来上がった料理をテーブルに並べながらお兄ちゃんに声をかける。
お兄ちゃんは、テレビの電源を落とすと食事が並ぶテーブルの席につく。
今日の夕飯はオムライス。
わたしの得意料理の1つである。
「ありがとう。いつも任せきりでごめんな」
「いいのいいの、今日もお仕事お疲れ様!」
料理や食器をすべて並べ終えるとわたしも席について食事を始めた。
最初のうちは今日あったことなど、日常的な会話をしていたがお互い半分程食べ終わった頃わたしは例の話を切り出す。
「お兄ちゃん、あのね。聞いてほしい話があるの」
「うん?どうかしたか」
「えっと、あの能力者に襲われた時のことなんだけど。……、わたし、その」
なかなか核心に触れられないわたしを、お兄ちゃんは何も言わずにじっと待ってくれている。そのことに感謝をしながらわたしはゆっくりと話していく。
「あの時、お兄ちゃんが倒れちゃって、なんとかしなきゃってなって。
でも、どうしていいかわからなくて…、それで、たぶん、わたし、能力を発動させちゃった」
場に沈黙が流れる。
わたしは、お兄ちゃんの顔を見ることができず俯いた。驚かせたに違いない、もしかすると黙っていたことを怒られるかもしれない。
お兄ちゃんの反応が怖くて、わたしは何も言えなくなる。
しばらくすると、とても小さな声でお兄ちゃんがやっぱり、と呟いたのが聞こえてきた。
反射的に顔を上げる。
すると、とても真剣な表情でわたしを見つめるお兄ちゃんと目が合った。
「なんとなく気付いてた。でも、雫何も言ってこなかったから気のせいなのかと思ってたんだ」
「ご、ごめんね、すぐに言えなくて」
「いや、言いづらかったよな。……、それよりこれからのことだけど…」
「やっぱり、特能に言わなきゃだめ、だよね?」
わたしの問いかけにお兄ちゃんはすぐに返事をすることなく、考えるような素振りを見せる。
普通ならここで直ぐに特能に申請する流れになるのだが、お兄ちゃんも何か思うことがあるのだろうか。
お兄ちゃんの次の言葉を待つ。
コップに入れた氷がカランと音を立てた。
「俺は、雫が特能に入るのはあまり賛成できない」
「ど、どうして…?」
「あの時俺たちを襲ったあの男も能力者だった。
なら、特能の人間である可能性が高い」
一般人を襲うような人間がいる場所に、お前を預けるのは心配だとお兄ちゃんは続ける。
どうやら、わたしと同じ点を疑問に思っているらしい。
しかしながら、能力者が特能に所属することは義務付けられており、それを拒否すればどうなるのか想像がつかない。
見つかって仕舞えば何かしらのペナルティを課せられる可能性だってある。
それを考えればこのまま申請せずにいるのはとてもリスクの高い選択に思える。
「わたしも、お兄ちゃんと同じ意見だけど、でも無視しちゃってていいのかな…」
「それは……」
どうしたらいいかと頭を悩ませていると、突然インターホンが鳴った。
現在既に、夜の8時を回っておりこんな時間に来客なんて普段であればほとんどない。
誰だろうと、不思議に思っているとお兄ちゃんがひとまず出ようと言って席を立ち玄関へと向かう。わたしも直ぐにその後を追った。
お兄ちゃんが帰ってきた時点で鍵をかけていたので、鍵を開けて扉を開く。
するとそこに立っていたのは2人組の男の人だった。
1人は、入り口から少し離れた後ろに立っており暗いこともあって顔がよく見えない。
手前に立っている男性は、若く見えるがおそらく20半ばくらいの人で耳を少し超えるくらいの亜麻色の髪や、少し垂れた目元から優しい雰囲気を感じる。
しかし、左耳から覗く3つのピアスや首元で控えめに光るネックレス、黒と白を基調とした服装が落ち着きながらもオシャレで彼にとても似合っている。
(これは、俗に言うイケメンさんだ……、て違う違う)
男性のことをじっと見て気が付いたが、この人なぜか既視感がある。
どこかで会ったことがあるような気がするが、詳しく思い出せない。
「あの、何か御用ですか」
お兄ちゃんの声が、いつもより固くて男性に対して警戒心を持っていることが伺える。
わたしも見たことがある気がするとはいえ、こんな時間に家まで来られる理由がわからず男性をじっと見つめる。
しかし男性は、わたしたちの視線など意に介さないといったような感じで笑顔を浮かべて口を開く。
「すみません、こんな夜遅くに。実は、彼女に用がありまして」
そう言って男性の視線はわたしに向けられる。
同時に隣にいるお兄ちゃんの視線もわたしに集まり、2人分の視線を受けたわたしはどうしていいかわからずたじろいだ。
「橒月雫ちゃん、だよね?」
「ど、どうして名前……」
「その辺りのことを含めて少し話がしたいんだけど、大丈夫かな?」
名乗った覚えもないのにいきなり名前を呼ばれ不信感が一気に高まる。
正直、目の前の男性に恐怖を感じるがなぜわたしの名前を知っているのか、そして何の用があるのか聞かないわけにはいかないだろう。
お兄ちゃんの方を見てみると、目が合った。
言葉は交わさなかったがおそらく同じことを思っているのだろう、小さく頷くと2人に中に入るように促した。
男性はお礼の言葉を告げると、今までずっと黙っていた後ろの男性にも声をかける。
「蓮も挨拶くらいしなよ」
「…………」
亜麻色の髪の男性の後ろに続いて家の中に入ってきた、もう1人の男性の姿を見てわたしは驚きの声を上げる。
ずっと後ろにいたのは、あの事件の前日橋の下でわたしに失礼な態度をとった猫耳パーカーの男だったのだ。
「あ、あなたは……!?」
「……、今頃気づいたのかよ」
彼のことはすっかり忘れていたが、改めて再会するとあの時の怒りが蘇ってくる。
状況が読めていないお兄ちゃんが不思議そうにしていたので、この間話した男性であることを伝える。
とにかく怒っていても仕方ない。
早くこの2人から話を聞かなければいけないので、とりあえずリビングへと案内をする。
リビングへと戻るとさっきまで食事中であったことを思い出し、急いでテーブルの上を片付けてこちらに座るように促す。
2人暮らしではあるが、来客があった時の為に4人掛けテーブルにしておいて良かったと思う。
ちょうど4人なので、わたしとお兄ちゃんで隣に座り2人には向かい側に座ってもらった。
(聞きたいことはたくさんある……、この人たちは一体誰なんだろう)
「まずは自己紹介をさせてもらうね。
俺は二階堂郁弥っていいます。ほら蓮も」
「はあ……、椎名蓮」
亜麻色の髪の男が二階堂さん、猫耳パーカーの人が椎名さんというらしい。
2人が名乗ってくれたため、わたしの名前は既に知っているようだがわたしとお兄ちゃんも順番に自己紹介をする。
一通り、お互いのことを知ることができたのいよいよ本題に入る。
「あの、どうしてわたしのことを知っているんですか?」
「俺たち、実は一度会ってるんだよ。覚えてない?」
やはり、どこかであったことのあるような気はしていたが間違ってはいなかったようだ。
しかしながら、何処であったのかを思い出すことができない。
申し訳なく思いながら心当たりがない旨を伝えると、二階堂さんは笑顔を浮かべてきにしないでといってくれた。
「仕方ないよ。だって、俺が君たちとあったのは雫ちゃんの力が暴走してた時だからね」
「えっ……?!じゃあわたしたちを助けてくれたのって……」
「うん、俺と……、ここにはいないけど俺の仲間の2人で君を止めたんだ」
いきなり告げられた衝撃の事実にわたしもお兄ちゃんもすぐに言葉を発することができなかった。あの日、誰かに助けられたことは知っていたがまさかそれが二階堂さんだったなんて。
「あの時はごめんね。あの場所に長居するわけにはいかなくて、倒れてる君たちを放っておいてしまって……」
「い、いえいえそんな、俺たち2人の命を助けてもらって感謝しかないです…、ですがどうして妹の名前を……?」
二階堂さんがわたしたちを助けてくれた事実は理解したが、お兄ちゃんの言う通りそれだけなら彼らがわたしの名前を知っていることが説明できない。
そして、今日わたしたちの家の場所を知っていた理由もわかってない。
まだ、彼らに対しての不信感は完全には晴れていなかった。
じっと二階堂さんを見つめる。
しかし、お兄ちゃんの問いかけに答えたのは二階堂さんではなく、ずっと口を閉ざしていた椎名さんの方だった。
「お前、スマホ出せ」
「えっ、スマホ…?ど、どうしてですか…?」
「いいから、さっさとよこせ」
相変わらずの偉そうな態度に、苛立ちを覚えながら渋々ポケットからスマホを取り出す。
そしてそのままそれを、椎名さんへと手渡した。
なにをする気なのだろうか、彼の行動をじっと見ているとスマホの裏面右下辺りに触れると、すぐにわたしにスマホを返してきた。
そして、自身の人差し指の腹部分をこちらに見せてくる。目を凝らして、彼の人差し指を見てみると目視できるギリギリのサイズのわたしのスマホと同じ色の円形のなにかがくっ付いていた。
「発信機。お前のスマホにこれつけてたんだよ。そこから、お前のデータもちょっと見た」
「は……っ!?な、なんですかそれ、は、犯罪ですよね!?!」
「うっせぇ、全部見てるわけじゃねーよ。必要なことしか見てないから安心しろ」
何処が安心できるというのだろうか、人の個人情報を無断で覗くだなんて信じられなかった。しかし、椎名さんは悪びれた様子もなく平然とした態度で、ポケットより小さな箱を取り出すとわたしのスマホについていた発信機を仕舞った。
椎名さんが言うことが本当なら、わたしのここ数日の行動は全て彼らにばれており、またわたしの情報の一部も彼らに知れ渡っているということ。もちろん、後ろめたいことなどないけれども気分が良くないことは確かだ。
しかし、彼らがそのような行動を起こしたのも何か理由があってのことだろう。怒るのはその理由を聞いた後にしようと思い、わたしは再び2人に視線を向けた。
「ちなみに、あの時こいつらがお前らんとこ行けたのも、お前らを襲った能力者にこれつけてたから。行動追ってたらお前らと接触してたから向かわせた」
椎名さんが淡々と説明をする。
どうやらあの日、二階堂さんたちは都合良くあの場所に居合わせたようではないようだ。
あの事件の前、椎名さんがあの能力者と戦っていた場面を目撃している。おそらくあの時にわたしと同じようにスマホか何かにつけていたのだろう。
(犯罪まがいのことしておいて、罪悪感を感じてる様子がまるでない……、やばい人だ。)
「ごめんね、どうしてもそうするしかなくて」
「その理由を、お教えいただけますか?」
お兄ちゃんが質問すると、二階堂さんは軽く頷いて理由を説明してくれた。
「さっきも言ったけど、あの時はあの場所に長居するわけにはいかなかったんだ。
けど、俺たちはもう一度君に接触する必要があった。だから、こんな手段をとらせてもらったんだ」
「どうして、わたしに?」
「単刀直入に言うね。君に、俺たちの仲間になってほしい」
「はっ…?」
予想の斜め上の言葉に素っ頓狂な声を出してしまった。
(な、仲間ってなに……?この人たち何者なの?)
様々な疑問が生まれる。
仲間とはどういうことなのか、仲間という単語を使うということはこの人たちはなにかしらの活動を行っているのだろうか。
そして、どうしてわたしを誘う必要がある?
ちらりと隣にいるお兄ちゃんに目を向けると、険しい表情を浮かべ二階堂さんを見ていた。
「あなたたちは、何者なのですか?どうして雫を?」
「それも全て説明するよ」
そうして、二階堂さんは説明を始めてくれる。
衝撃的なことが次々と彼の口から紡がれ、わたしたちは彼の話を理解するのに精一杯で口を挟む余裕なんてなかった。
まず、彼らはこの町で探偵事務所を構えておりその事務所のメンバーらしい。彼ら以外にも、もう2人メンバーがいるが今日は代表して二階堂さんと椎名さんがここにやってきたとのこと。そして、驚くべきことに探偵事務所メンバー全員がわたしと同じ能力者であるらしい。
なんの能力かについては、詳細は話してもらっていないが能力者であることは確かでさらに全員特能には申請を出さずに生活をしている。
「俺たちが、特能に所属していない理由なんだけど……、その前に。この間、君たちを襲った能力者、彼も特能の人間なんだよ」
やっぱり、とお兄ちゃんの声が聞こえた。
わたしたちも先ほど話していたことだが、やはりあの能力者は特能の人間だったらしい。
しかし、それならば次の疑問が生まれる。特能が、一般人を襲うだなんて話聞いたことがないのだが、なぜ彼はあのようなことをしたのだろうか。
二階堂さんはわたしたちの疑問を察したように、説明を続けてくれる。
「どうしてって、思うよね。特能の表向きな役割は、能力者のコントロールと治安維持的な活動が主になっているから」
でも、と。二階堂さんは続ける。
わたしは固唾を飲んで、彼の言葉の続きを待った。
これを聞いて仕舞えばもう元の生活には戻れないような予感がした。それでも、わたしは聞かなければいけない。そう強く思った。
「彼らの本当の目的は、そんなことじゃない。能力者を使って、兵器を作ろうとしているんだよ。だから、能力者を集めてるんだ。俺たちはその事実を知っているから特能には所属していない」
頭を殴られたような感覚。
ずっと信じていたものに裏切られたようで、にわかには信じがたい話だった。
しかし、二階堂さんの表情は真剣で嘘をついているような雰囲気はない。
隣にいる椎名さんも言葉は発さないものの、纏う雰囲気はふざけているようなものではない。
「か、仮にその話が本当だとしてどうしてあなたたちが知ってるんですか…?
そして、わたしたちがあの能力者に襲われた理由は?」
あの時、確かあの能力者はわたしたちにあの男の仲間か?と聞かれた。
おそらく、今までの話や状況から察するにあの男というのは椎名さんのことを指すのだろう。
わたしが椎名さんの仲間だとして、なぜ襲われなければなからなかったのか。
その疑問がまだ解決していなかった。
あとは、なぜこの話を特能の人間ではない二階堂さんたちが知っているのか。こんな情報到底一般人が知り得るものではないだろう。
わたしだって今の今まで全く知らなかったのだから。
「最初の質問の答えに関しては……、うーん、今はまだ話せない。また後々話すことにはなると思うけど今は我慢してほしい」
二階堂さんはごめんね、と謝罪の言葉を述べる。とてもきになるところではあるが、知り合って間もないわたしたちには言えないところなのだろう。
仕方ないと、自分の中で納得させもう1つの質問の答えを待つ。
「もう1つの質問、なぜ襲われたかについては俺たちが特能に目をつけられているからだね。能力者でありながら申請をしていないのもそうだし、まあ色々やってるからなあ。
この間、蓮が特能の人間に絡まれたところに雫ちゃん、居合わせたんだよね。それできっと、俺たちの仲間だと勘違いされたんだ」
「だからさっさと帰れって言ったんだよ」
椎名さんが面倒くさそうに言い放つ。
確かにあの時早く帰るよう言われたが、わたしと関係があると思われないためだったのか。ただ、邪魔者にされただけかと思っていた。
そして、わたしたちそして椎名さんがあの能力者に襲われていた理由はわかった。
やはり、わたしは彼らの仲間と勘違いされていたようだ。
驚きはしたが、もうずっと衝撃的な話ばかりなので随分慣れてきてしまっているのを感じる。
二階堂さんがわたしの問いに全て答えると今度は、しばらく口を閉ざしていたお兄ちゃんが話し出す。
「特能のこと、あなた方のことはなんとなく理解しました。しかし、雫を仲間にする理由はなんですか?」
「俺たちは特能がやろうとしていることを止めたい。そのためにもっと戦力が必要なんだ。だから、能力者である彼女の力を貸してほしい」
二階堂さんが、わたしを仲間に勧誘する理由。それはやはり、わたしの能力が目的だったのだ。
もちろんすぐには返事ができなかった。
確かに今までの話、理解はした。しかし、すぐに受け入れることはできない。
受け入れることができていない以上、これからの身の振り方なんて決めることはできなかった。
しかし、お兄ちゃんはすぐに答えを出した。
「そんな危険なことに雫は巻き込めません……!」
「お前には聞いてねぇよ、黙ってろ」
椎名さんが冷たく言う。
しかし、お兄ちゃんは怯むことなく言葉を続ける。
「黙ってなんていられません…!雫は俺の大事な妹なんです。そんな彼女を危険な場所に送り出すだなんて絶対にできない!」
「蕪くんの気持ちは、わかるよ」
普段温厚なお兄ちゃんが、強めな口調で反論する。しかし、二階堂さんは落ち着いた様子でお兄ちゃんの言葉を受け止める。
そんな3人のやり取りをわたしはただ見ていることしかできなかった。
自分のことなのに、何も言えず悔しい気持ちが募る。
ぎゅっと力を込めて手を握る。
少し伸びた爪が食い込むようで痛かったが、思考がクリアになるようだった。
ちゃんと、考えなければ。これはわたしのことなのだから。
お兄ちゃんの言葉を受け止めた二階堂さんが口を開く。
「でも、考えてみてほしい。雫ちゃんが、能力を発現させたことはおそらく向こうにもばれているよ。そして、今回俺たちが助けに入ったことで俺たちに繋がりがあることにより確信を持っているに違いない。おそらく、また君たちを襲いに来るんじゃないかな」
「…………っ!!」
二階堂さんは、残酷な事実を平然とした態度でわたしたちに突きつける。今まで、反抗していたお兄ちゃんも何も言えないようだ。
こんな言われ方されたら、断ることなんてできない。
彼らの中では、わたしの加入はほとんど決定事項なのだろう。
「特能の方がいい?それとも、2人で逃げ続ける?」
「そ、それは……っ」
追い打ちをかけるように言葉を続ける二階堂さん。椎名さんは何も言わない、けれどわたしたちに助け舟を出すつもりはないのだろう。
お兄ちゃんの勢いはすっかりなくなってしまい、悔しそうに顔を歪める。
(悔しい、特能に行かなかったのは怪しかったのもあるけれど、未来を勝手に決められるのが嫌だったから。でもこのままじゃ、結局この人たちの言う通りになる……)
誰かに自分の道を決められること。
それが嫌だった。だから、能力が開花した後にも特能に所属することに抵抗があった。
しかし、この状況何を選んでも誰かの決めた道を進むことになってしまう。
そんなのは嫌だ。
どうせ、何かを選択しなければいけないのならせめてそこに自分の意思がほしい。
誰かに言われて、決められてじゃなくて自分から進みたい。
わたしは、真っ直ぐに目の前の2人を見つめる。
「わたし、あなたたちと一緒に行きます」
「雫……!?なんで、」
「いいの?」
お兄ちゃんが驚きの声を上げる。
二階堂さんが、優しい顔で訪ねてくる。
椎名さんも言葉は発さないがわたしの顔をじっと見ていた。
わたしは、自分の意思を3人に告げる。
誰に決められたわけでもない、わたしの決めた答えを。
「はい。特能に行けば、わたしの将来は全て決まってしまう。それに危険だということも知りました。でも、特能に行きたくないからあなたたちの仲間になるわけではないです!
わたしは、自分の未来は自分で決めたい。あなたたちと一緒にいた方がきっと、わたしの望みは叶う気がするから!だから、これはわたしの意思で決めたことです!」
「……ふーん。いいんじゃねぇの。言いなりになるやつより、よっぽど使えそう」
わたしの今の気持ちを全て伝えると、初めて椎名さんがわたしに同意を示してくれた。
否定されなかったことに安堵の息を漏らす。
「蓮の言う通りだね。改めて、こちらからお願いするよ。俺たちの仲間になってくれる?」
「はい、よろしくお願いします!」
先程はすぐに答えられなかった問いに、今度は即答することができた。
次は、お兄ちゃんと向き合う。
正直、止められるかと思っていたが予想に反してお兄ちゃんは優しい表情を浮かべていた。
「ごめんね、お兄ちゃん。心配してくれたのに……」
「いいんだ、それが雫の意思なら俺は尊重する。でも約束してくれ、あまり危険なことはしないと」
「うん、頑張るね」
頑張るじゃなくて……、と頭を抱えるお兄ちゃん。その姿に少し笑いながら、再び二階堂さんたちに向き合う。
先程まで張り詰めていた空気が少しだけ緩んでいる気がした。
「これから、よろしくお願いします!」
「こちらこそ。とりあえず、今日はもう遅いから、明日事務所に案内するよ。また迎えに来るね」
「はい、明日も学校はないのでいつでも大丈夫です」
「俺も、仕事休みだからついて行く」
その後、迎えに来てもらう時間などを決めて、今日は解散の流れとなった。
玄関まで2人を見送った後、お兄ちゃんと2人きりになる。
なんだか、怒涛の展開でどっと疲れた。
この短時間で、ずいぶんいろんなことが変わってしまった気がする。
「なんか、大変なことになったな」
「うん、そうだね……、でも後ろ向きに考えても仕方ないし、明日から頑張らないと!」
「ほ、ほんとに無理だけはするなよ…!」
「頑張る!」
「だから頑張るじゃなくて……!」
ついさっきと同じ展開に、わたしはまた笑ってしまう。お兄ちゃんは困っていたけど、楽しくて仕方ない。
色んなことが変わってしまった。
でも変わらないものもすぐ側にあって、わたしはそんなものを守るためにも明日から頑張ろうと改めて思った。