開花
わたしの洋服を買ってもらった後、目的の洗剤を買いにいったりお兄ちゃんの服を見たりと1日いろんな所へと行った。
日も暮れてきたので家に帰ろうという話になり両手に今日買った荷物を持って家への道を2人で歩く。
「1日遊んだね〜、お兄ちゃんと出かけるの久しぶりだし楽しかった」
「そうだな…、俺がなかなか休みが取れないばかりにいつも雫に買い物を任せてしまいすまない…」
「いいんだよ、お兄ちゃんのおかげでわたし学校行けてるんだから!」
わたしたち双子の両親と兄は小さい頃に事故で他界している。家族で車で出かけた際に事故に逢い、運転席に乗っていたお父さんと助手席に座っていた兄、後部座席にわたしたちと一緒に乗っていたお母さんはわたしたちを庇って亡くなってしまった。
それ以来、親戚の家でお世話になっていたが高校卒業を機に家を出て今はお兄ちゃんと2人で暮らしている。高校卒業の際の進路で、わたしもお兄ちゃんと同じく就職を予定していたのだがお兄ちゃんが自分が働くからわたしは学校に行ってもいいと言われ、悩んだ末に進学を決めた。
学費を稼ぐために日々頑張ってくれている兄を少しでも支えるべく家のことでできることは可能なかぎりこなしているのだが、それでもお兄ちゃんには感謝しても仕切れない。
「はあ…、でも明日からまた仕事か…」
「お、お兄ちゃん…、明日はお兄ちゃんの好きなもの作るから頑張って……!って、あ。ここ…」
明日のことを思って落ち込み始めたお兄ちゃんを慰めていると、今わたしたちが歩いている場所が昨日あの腹の立つ男性と会った場所であることを思い出した。
思わず立ち止まり昨日彼らがいた橋の下に視線を向けてしまう。
わたしが突然立ち止まったことに疑問を抱いたお兄ちゃんがどうかしたか、と聞いてきた。
お兄ちゃんの方に視線を戻し、ここが昨日変な人と会った場所だということを説明する。
「ああ、雫が昨日怒っていた男性と会った場所か…」
「うん、丁度あの橋の下で会ったの。……、ちょっと行ってみようかな」
「えっ……!?雫!?ま、待って」
好奇心に負けてしまった私はお兄ちゃんの静止の声を振り切って、昨日と同じく下におり橋の下へと向かう。
後ろからはお兄ちゃんが追いかけてきてくれているのが分かる。
きっと後から怒られるだろうが気になってしまったものは仕方ない。
昨日と違い、荷物が多いことから体力を取られながらも昨日の場所までたどり着いた。しかし、当たり前ではあるが昨日の猫耳パーカーの男性も彼の足下で倒れていた人たちも見当たらなかった。
(昨日の人たち、無事だったのかな……)
あのときは、猫耳パーカーの男性への苛立ちから忘れていたが倒れていた人たちの安否は少し心配だったのだ。
しかし、警察沙汰にもなっていないようだしおそらく自分たちでここから立ち去ったのだろう。
気になっていたことが一つ解決しほっとしているとお兄ちゃんもこの場所に到着した。
膝に手を当て、肩で息をするお兄ちゃんに大丈夫かと問いかける。
「し、雫……っ!いきなり走り出すな……
それに昨日約束しただろう、危ないことはしないと……っ!」
「ご、ごめんごめん。でも人がいたのは昨日のことだし、
危険ではないから大丈夫だよ!!」
案の定、叱られてしまったが一先ず疑問も解決したのでお兄ちゃんが落ちつたら家に帰るとしよう。昨日ここで何が行われていたか気にはなるが、きっとこれ以上関わらないほうがいいだろうし忘れることにする。
しばらくするとお互い体力も戻ってきたので、そろそろ帰ろうかと思っているとすぐ近くから土を踏む音が聞こえてきたのでそちらに目を向ける。
そこにいたのは、お兄ちゃんより少しだけ背の高い男性。
男性と目が合う、わたしは彼に対して既視感を覚えた。
(この人……どこかで……あっ)
思い出した。
この人、昨日ここで倒れていた人のうちの一人だ。
猫耳パーカーの男性のことばかりですぐには思い出せなかったが、間違いないだろう。
しかし、どうして彼がここにいるのだろうか。
不思議に思い、未だわたしに視線を向ける男性に声をかけてみようか迷う。
隣にいるお兄ちゃんがわたしにだけ聞こえる程度の声で知り合いか?と聞いてくる。
「昨日ここに倒れてた人だと思うんだけど……」
「なぜその人がここに……」
「おい」
突然、彼の方から声をかけられた。
彼の視線はお兄ちゃんではなくわたしに注がれていた。
男性が一歩わたしたちに近づいてくる。
なんだか嫌な予感がして、距離をとる。
「な、なんですか……?」
「お前、昨日もここにいたよな?あの男の仲間か?」
昨日もあの人から聞かれたような質問を男性からも投げられる。
わたしは昨日と同じく、首を横に振り否定を示した。
昨日の男性は、これで信じてくれた。きっと、彼も信じてくれるはず。
そうしたらさっさと帰ろう。そしてもうこの件には関わらない。
「嘘だな。あいつの仲間じゃねぇって言うんならなぜこの場所にいた?」
「え、それは……」
信じてくれると思っていたものだからとっさに返事ができなかった。
すると男性は、やっぱりなと納得したようにつぶやくと地面に落ちていた少し大きめの石を拾い上げた。
彼が何をするつもりなのか全く理解できず、彼の行動をただ眺める。
隣にいるお兄ちゃんも同じく彼の行動を見つめていた。
「丁度いい。お前らを痛めつければ、あいつもまた現れんだろ」
「雫、たぶんヤバい……、逃げよう」
「逃がすかよ!」
男性が叫ぶと同時に、彼が拾い上げた石の形状が変わる。
何の変哲もない石はあっという間に男性の手の中で映画などで見たことのある
銃の形に変わっていた。
彼は銃口をわたしに向ける。
(あれ、本物……!?でも、なんで……)
逃げなければ、そう思うのに身体が言うことを聞いてくれない。
「死ね!!」
「雫!!!」
バンッという破裂音、そしてお兄ちゃんのわたしを呼ぶ声と同時に身体があたたかい何かに包まれた。
「……ぅっ」
「チッ 外したか」
耳元で呻き声が聞こえ、瞬時に状況を理解する。
男性はわたしに向かって、銃を撃ったのだろう。しかしながら、わたしに痛みは訪れていない。
お兄ちゃんの匂いがする。その匂いに混じって、鉄の匂いも鼻腔をついた。
わたしは今、お兄ちゃんに抱きしめられている。
なら、この鉄の匂いは……
「し、雫、大丈夫か……?」
「おにい、ちゃん……?」
お兄ちゃんがゆっくりと地面に倒れこむ。
その肩からは、血が溢れていた。
お兄ちゃんは、今わたしを庇ってあの人に撃たれた。
その場にへたり込む。このままでは、お兄ちゃんが死んでしまう。
大事な兄が、この世で唯一の家族がいなくなってしまう。
「女の方を狙ったんだがな……、もう一発撃つには時間かかっちまうし……」
男性が何かをつぶやいている。
そうだ、あの人がお兄ちゃんを撃ったんだ。
あの人のせいでお兄ちゃんが苦しんでる、死んでしまうかもしれない。
(許さない……)
怒り、悲しみ、焦り様々な感情が身体の中を巡っている。
激しい感情が、強い力を生んでいるように感じる。
パチッと近くで電気のはじける音が聞こえた気がした。
「雫……」
お兄ちゃんがわたしの名前を呼ぶ。
その表情からこんな時だというのに、わたしを心配してくれているのが伝わってきた。お兄ちゃんはわたしに向かって手を伸ばし、わたしはその手を自身の両手で握る。
「お兄ちゃん……!」
「雫、早く、逃げろ……」
それだけ言うと、お兄ちゃんの手からは力が抜けわたしの両手をすり抜けて地面に落ちる。
瞬間、身体に絶望が走った。
「いや……」
「ハハッ 安心しな、すぐにそいつのところ連れて行ってやるよ」
身体の底から、とても強い力があふれてくるのを感じる。
また、周囲からパチパチと電気のはじける音が聞こえてきて、どんどん大きくなっていく。
止められない。
「しかし、女を庇ってやられるなんざ馬鹿な野郎だ」
男性のその一言で、押さえつけていた力が爆発した。
「うわああああああああああ!!!」
わたしの絶叫と共に、あたりが電気で満ちる。
それと同時にわたしの周りに、小型のナイフがいくつも浮いていた。
それらは、電気を帯びているらしく一つ一つに光が見えた。
わたしはその場に立ち上がる。
今、自分に何が起きているか理解ができないが
そんなことはどうでもよかった。
ただ、目の前の男を苦しめてやれればそれでいいと思った。
「許さない……絶対に許さないッッ!!」
わたしの叫びとともに、わたしの意志に呼応してナイフは男性めがけて勢いよく飛んでいく。とっさのことに驚いたのか男性はすべてを避けきることができず、肩や腕、足にナイフが刺さる。
「…………!!!!」
声にならない悲鳴を上げ、男性が倒れる。
「嫌だ、いやだ、いやだ……!!!」
しかし、わたしの力は止まることはなく、未だあたりは電気にあふれ、ナイフも生まれ続けそれらは明後日の方向に飛び回る。
もはや、男性のことなど見えてはおらずただ溢れ出てくる力を放出し続けていた。