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双誓のカランコエ  作者: 刻の昏
39/51

依頼調査

「雫ちゃん、蓮ちょっといいかな?」


ある日、事務所で椎名さんに能力の特訓に付き合ってもらっていると脇にファイルを抱えた二階堂さんに声をかけられた。

椎名さんは露骨に嫌そうな表情を浮かべるけれど、気にした様子もなく二階堂さんはニコニコしている。椎名さんは乗り気ではないようだが、わたしたち2人は特訓のために出ていた庭から室内に移動する。


事務所に入ったわたしたちに二階堂さんはソファに座るよう促す。

わたしと椎名さんは隣同士に座り、二階堂さんがわたしたちの向かい側に腰かけた。


「で?なんか用?」


不機嫌さを隠すことなく、椎名さんが二階堂さんに問いかける。椎名さんのみならず、わたしも呼ばれたということはわたしにも関係がある話なのだろうが、何を言われるのか少しドキドキする。

わたしたち2人を呼んでする話には心当たりはもちろんなかった。


「能力の練習をしてるところ申し訳ないんだけど、2人ともこれから少し頼みごとをしてもいいかな?」

「は、はい、わたしは大丈夫ですけど・・・」

「内容による」


わたしたちがそう返事をすると、二階堂さんは持っていたファイルを開きとあるページに指さした。わたしはそのページに目を向けて内容を確認する。


それは探偵事務所の依頼書となっており、依頼人の名前や依頼内容、その他現状のまとめなどが記載されていた。


「これ、ここにきてる依頼ですよね・・・?えっと、浮気調査?」

「そうそう、少し前から担当している依頼なんだけど、やっと情報が集まってきたからそろそろ依頼人の旦那さんの行動を追おうかと思ってるんだけど・・・、俺この後来客の予定があって行けないから2人にお願いしてもいいかな?」

「わたしたちがですか・・・!?」


突然の言い渡されたお仕事に気分が高揚するのがわかる。

これまで、わたしの実力不足もあり探偵事務所としての正式な仕事に加わらせてもらったことがなく、歯がゆい思いをしていたのでこれはみんなの役に立ついいチャンスだ。


これは頑張らなくてはと、椎名さんの方に視線を向けると彼は相変わらず不機嫌そうな表情を浮かべたままだった。

それなりに椎名さんに関わってきた今ならわかる、これはめちゃくちゃに嫌がっている。


おそらく理由としてはまず自分が直接尾行に参加しなければいけないということ、そして一緒に行動する相手がわたしであることなのだろう。大方、わたしがいると余計に面倒なことになるとでも思っているのだろうけど、今回ばかりは下がるわけにはいかない。


「二階堂さん!わたしたち2人で頑張ります!ね!椎名さん!!」


先手必勝だ。

わたしは、勢いよくソファから立ち上がると承諾する旨を二階堂さんに伝える。

そして、わたしの突然の行動に目を見開いて驚いている椎名さんに笑いかける。


椎名さんに有無を言わせないよう、彼が口を開く前にわたしは二階堂さんに依頼の詳細について聞くこととする。

しかし、そううまくいくはずはなく椎名さんが隣から口をはさんできた。


「何勝手に決めてんの?オレ、やるって言ってないんだけど」

「これはお仕事ですよ!拒否権なんてないはず、です!!頑張りましょう!」

「なんでそんなやる気なんだよ・・・、郁弥、こいつがいたら邪魔。オレだけでいく」

「だめです!!!!!」

「お前に言ってねぇんだよ!黙ってろ!」


嫌です、ともう一度彼の言葉を否定する。

基本的にわたしが関わることを嫌う椎名さんには強くおしていかないといけないことは彼と関わるようになって学んだ。このまま彼の言う通り、おとなしくしていてはいつまでたっても成長できる気がしないし、認めてもらうことだってできやしない。


いつかの帰り道、言われたあの突き放すような言葉はまだ忘れていない。あんな悔しい思い、もう二度としないためにも今はひたすらに頑張るしかないのだ。


「蓮、今回は雫ちゃんと2人で行動してもらうよ。蓮1人でも問題はないだろうけど雫ちゃんの成長のためにも、実際に仕事をしてもらうのは大事だと思うから」

「なら、別にオレじゃなくてもいいだろ。憲史郎とかまなとやらせりゃいいじゃん」

「椎名さん、そこまで嫌ですか・・・」

「嫌に決まってんだろ、お前のお守とか」


あまりの拒否のしようにさすがに少し落ち込む。しかし彼はわたしのそんな様子など全く気にせずに、はっきりと嫌だと繰り返した。

椎名さんのこの様子はわたしではどうにもできないと判断し、縋るように二階堂さんに視線を向けた。


二階堂さんはわたしと目が合うと、大丈夫だと言わんばかりに笑みを浮かべ再度椎名さんの説得にかかる。


「まなは学校だし、憲史郎も今出かけているからね。それに俺から見るに、雫ちゃんが一番気兼ねなく接することができているのは現状蕪くんを抜けば蓮だと思うよ。気軽にコミュニケーションをとれることは一緒に仕事をするうえでとても大切なことだから、今の雫ちゃんをサポートするのは蓮が適任なんじゃないかな」

「気兼ねなくってか、こいつオレのこと舐めてんだろ」

「そんなことないですよ!尊敬してます!!」

「嘘つけ。ホントに尊敬してたらオレの意思無視して話し進めようとなんてしない」


二階堂さんの見事なフォローも椎名さんには効果がなくいまだ渋っている。

それにしても、周りから見るとわたしは椎名さんに気兼ねない態度で接しているようだ。

確かに、先程など意図的に強く押していっている部分はあったけれど、他人からみても明らかなのであれば今後は少し気を付けたほうがいいのかもしれない。


お互い引くことなく火花を散らしていると、二階堂さんが再び話を切り出す。


「とにかく今回は2人で仕事してもらうよ。蓮、雫ちゃんの成長は俺たちの今後にも関わってくるから頼んだよ」

「オレまだやるっていってねぇし…、はぁ、クソ…どうせ断ってもこいつが引くことねぇし…しょうがねぇか…」


二階堂さんの説得により、椎名さんはようやく折れた。その様子に心の中でこっそりガッツポーズを作りつつ、再びソファに腰をかけて二階堂さんの話の続きを聞く。その際、隣から大きなため息が聞こえてきたけど無視することにした。


再度目の前に置かれた資料に目を通す。

依頼人は40代の女性で、専業主婦の方らしい。近頃旦那さんの帰りが遅く、怪しんだ依頼人はここに依頼したようだ。二階堂さんは旦那さんの行動パターンを調べたらしく、その情報がかなり集まったため後は実際の現場を押さえる段階なのでその証拠集めが今回のわたしたちの仕事だ。


漫画や小説でもよく見る浮気調査をまさか自分が実際にやることになるなんて少し前まで考えもしなかったので、少し心が浮足立つ。


「おい、遊びにいくんじゃねぇぞ」

「わ、わかってますよ・・・!」


わたしの心を読んだかのように、

釘を刺してきた椎名さんに驚いたが、彼も言うことも最もなので気合を入れなおす。

旦那さんが浮気相手と思われる女性と会うのは仕事終わりの夜らしいのでその時間に合わせて彼の行動を追うことになった。


夜ということで帰るのが遅くなりそうなので、お兄ちゃんに心配をかけないように後で連絡を入れておかなければ。


「今回、雫ちゃんは初仕事だからね。無理はしないで、蓮の指示をよく聞くように」


二階堂さんの言葉にしっかり頷く。

今回のお仕事で少しでも役に立って、早く皆に認めてもらいたいけれどまた指示を聞かずに行動してしまえば迷惑がかかる。以前のような失敗はしないようにしなければと、肝に銘じる。


_その後は、依頼についての詳細などを二階堂さんから教えてもらい、予定の時間まで過ごした。



「ここだな」


予定の時間に近づき、わたしと椎名さんは旦那さんがよく現れるというお店にやってきた。

大人な雰囲気のバーでこんなところに来たことがないわたしは若干居心地の悪さを感じる。


ちなみに椎名さんは、目立たないようにいつも来ている猫耳のついたパーカーは着ておらず、黒を基調とした全体的に落ち着いた服装を着ている。ただ、髪色はターコイズブルー系で相変わらず派手ではある。しかし普段と違う服装をしていると、雰囲気も違って見えるから不思議だ。


辺りを見回してみるも、まだ旦那さんと思しき人物は見当たらない。遅れないよう少しだけ早く出てきたためおそらくまだ到着指定いないのだろう。お客さんに紛れるために空いているカウンターに座って注文をしようとしたところで、あることを思い出す。


(……そういえば、椎名さんってお酒弱いんじゃ。)


以前、わたしたちの歓迎会をしてもらったときにそんな話が出た気がする。

しかし、隣に座る椎名さんはまったく気にした様子もなくバーテンダーさんにお酒の名前を告げていた。

慣れた様子の椎名さんに、こういうところよく来るのだろうかと疑問が湧いてくる。見た目の若さから、こういうお店に来るイメージはないのだが、本人に聞くときっと怒るだろうから口には絶対に出さないが。


「お前は?」


椎名さんはわたしに視線を向けると注文するように促してくる。

しかし、お酒にあまり詳しくなくメニュー表も見当たらないので何を注文していいのかわからない。黙っているのも怪しまれるので、椎名さんが注文していたものと同じものの名前を挙げた。


「ふふ、かしこまりました」


バーテンダーさんに微笑まれてしまい、不思議に思って椎名さんに目を遣ると何故かとてつもなく不機嫌な表情を浮かべていた。小声でどうかしたのかと聞くと、彼はめんどくさそうにため息を吐いて、ほかの人に聞こえないような声量で話し出す。


「男女でこういうとこくると、面倒な勘違いされる」

「……?あっ。い、いやでも、そういうのじゃないですし」

「マジで早く帰りたい」


生気の抜けた目で椎名さんはそう話すが、一方のわたしは今の彼の発言に動揺していた。

確かに、こういう雰囲気のお店に男女2人で来るのは少なからず親しい関係にあることが多いような気はする。つまり周りから見て、今のわたしたちは親しい関係性だと思われるということだ。


今まで全く気にしていなかったが、自覚すると変に気恥ずかしくなってきた。


(……お仕事なんだからしっかりしないと!)


心の中で気合を入れて、動揺を消し去る。

今は、任された仕事をこなすことが最優先事項なのだからほかのことに気をとられている場合ではないのだ。それに、変に動揺していたら只でさえ嫌がられているのに椎名さんにさらに嫌われてしまう気がする。


周りから怪しまれないように、椎名さんと少し会話をしながら過ごしているとしばらくしてバーテンダーさんが注文したお酒を出してくれた。お仕事中なので本当に飲んでいいのか隣に座る椎名さんを確認すると彼は既にグラスに口をつけており、カランと氷がぶつかる音が響いた。

あくまでわたしたちは今お客さんとしてここにきているわけだから、飲まなければ逆に怪しまれてしまうかもしれない。わたしも、グラスを手に取り口をつけた。


椎名さんに倣って注文したこのお酒だが、すっきりとした味わいでアルコールもそこまで強くないので非常に飲みやすい。これくらいなら、酔わずに済むだろう。

しかし、お酒に弱い椎名さんはどうだろうか。

流れで飲むことになってしまったが彼のことが心配になり、尋ねてみる。


「あの、椎名さん。大丈夫ですか?」

「なにが」

「その、お酒……強くないんですよね?」

「……、うるさい。蹴るぞ」


予想通り怒られたが、見る限り大丈夫そうなので安心する。

さすがに酔うことがわかっていて、飲んだりは頭のいい彼がすることはないらしい。

いらない心配だったなと、思いつつ残ったお酒を飲みながら依頼人の旦那さんの来店を待つ。


すると、わたしたちが座っているカウンター席から3つ程離れた席にとある男女が座った。

男性の方は40代くらい、女性は30代前半くらいだろうか。2人の距離はやけに近い。


男性の方の顔をよく見ると、昼間二階堂さんに見せてもらったターゲットとそっくりだった。


(……こ、この人だ)


心臓が音を立てる。

焦ってはいけない、わたしたちの存在を怪しまれてしまえば証拠が残せなくなってしまうのだから。

事前に椎名さんと男性が現れた後の動きについては話をしていた。


店内では、写真を撮ったりといったことはもちろんできないので2人が外に出てから証拠を手に入れるらしい。

それなら店に入る必要はなかったのではないかと思うが、2人が店に来る時間は男性の仕事の終了時間もあってか同じ時間帯となっていたが、店を出る時間が不明なためあらかじめ近づいておく必要があった。

繁華街に構えるお店のため、周りに長時間潜伏して怪しまれないような場所もなく一番怪しまれる可能性の低かった店内にあらかじめ潜入するという方法をとったのだ。


ひとまず、2人が店を出るまでの間はまだ普通のお客さんとして振る舞う。

引き続き椎名さんと当たり障りない会話を交わしながら時間が経過するのを待った。


そして、2人がやってきて1時間ほど経った頃。

突然椎名さんが立ちあがった。もちろんターゲットの男性に動きはない。

彼の行動に驚き、ただ見上げていると片手を取られ立ち上がらされた。


その後、椎名さんは会計を済ませると状況を理解していないわたしの手を引いて店を出た。


店を出ると、椎名さんは直ぐに隣の店との間の路地裏にわたしの手を引いたまま移動する。

入り口からは見えない所に移動すると、ようやく手を離してくれるが狭い通路になるため距離自体がとても近い。

未だに椎名さんの行動が理解できず、直ぐ側にある顔を見上げると不機嫌そうな表情を浮かべた彼と目が合った。


「あの2人が出て行った後直ぐに出て行ったら怪しまれる。あいつらの会話内容的におそらくもうすぐ出てくるだろうからここで待つぞ。短時間なら怪しまれないだろうし。」

「わ、分かりました……」


長時間この場所に留まることは怪しまれる可能性はあるが、短時間ならそのリスクも少ないということだろうか。

確かに、男性の直ぐ後を付いて出て行けば怪しまれる可能性はあるが、それならそうと事前に言っていてほしい。いきなり連行されてさすがに驚いた。


(……距離が、近いんだよね。)


ほとんど密着しているような距離感に、先程のことが頭に過ぎって恥ずかしくなってくる。

多分椎名さんは何にも思ってないだろうから、わたしが変に意識するのもおかしな話なのだが。

一つ深呼吸をして、意識を男性達が出てくるであろうお店の入り口に集中させる。


まだ2人は出てこない。

少しの間そのまま待っていると突然バイブレーション音が響いた。

反射的に自身のスマートフォンを確認するも着信の表示はなく、カバンに戻す。

すると頭上から舌打ちが聞こえてきたので、音の出所は椎名さんのスマートフォンだったようだ。


椎名さんは画面を確認した後、着信を切ることはなくわたしに視線を向けた。


「えっと」

「ちょっと離れる。ここであいつら出てこないか見てろ。オレがいない間に出てきたらとりあえず一人で後を尾けろよ。発信機からの信号見て後追う」


それだけ指示をすると、椎名さんは路地裏の奥に姿を消した。

電話の相手が誰かは分からなかったが、この場所で済ませたり一旦拒否したりしないとこを見る限り大事な要件かつすぐには話終わらないような相手なのだろう。突然の別行動に不安を感じないわけではないが、役に立つためにここにいるのだからしっかりしなければいけない。


ちなみにここに来る前に例の発信機をわたしのスマートフォンにつけてきた。

これで万が一わたしがここを離れても椎名さんにはわたしの居場所がわかるため合流することは可能となっている。

気合を入れるために自身の頬を叩くと再びお店の入り口方面に意識を集中させた。


1人になって数分。

未だに男性たちは姿を現さない。椎名さんの話だとすぐに出てくるとのことだったが、もしかすると店内で何かあったのだろうか。そろそろここにずっと滞在していると、このあたりの人から不審な目で見られるかもしれない。しかし独断でこの場を離れるわけにもいかず、時間を確認するためスマートフォンに視線を下げると頭上に影が差した。


「雫ちゃんじゃん!こんなとこで何してんの?」

「え、あ、響也くん!?」

「そうそう!覚えててくれたんだな~」


嬉しそうに笑う男性は、以前まなちゃんと出かけたときに助けてもらった望月 響也くん。

わたしが言えたことではないが、どうしてこんなところに彼がいるのだろう。しかし彼がここにいる理由よりも今は大事な仕事の最中で、このまま彼にここに居座られると都合が悪い。

なんとか帰ってもらおうと頭を悩まされるもふさわしい言い訳が思いつかない。


響也くんは、わたしの返事を待っているようだったがわたしが何も言わないでいると痺れを切らしたのか、再び口を開いた。


「オレさ、さっきまでほかの女の子と一緒にいたんだけど怒らせちゃって今暇なんだよな~よかったらどっか遊びに行かない?」


この間あんまり話せなかったし、と人懐こい笑みを浮かべて話す彼に焦りを感じる。

まずい、響也くんとの関りはまだ浅いがそれでも彼が聊か強引な性格であることはなんとなく予想ができることで、このままでは強制的に連行される未来が見える。


「いや、わたし用事があって……」

「え~?用事ってこんなとこでなにすんだよ?女の子一人でいたら危ないしさ、ほら!」


断りの言葉を並べるも聞く耳を持ってもらえず、それどころかわたしの手を引いて路地裏から出てしまう。とっさに振り払おうとするも思いのほか強い力で握られており、そのままお店を離れることになってしまった。

なすすべなくそのまま響也くんに連れられてたどり着いたのは先ほどのお店からかなり離れた広間で、そこまできてようやく響也くんはわたしの手を離してくれる。


前を歩いて、わたしに背を向けた状態だった響也くんだがこちらに振りかえると笑顔を浮かべて、先程と同じ質問を投げかけてきた。


「で?雫ちゃんあそこで何してたわけ?」

「人を待ってて……」

「ふ~ん、誰待ってたか知らないけど夜遅くに女の子一人で待たせるとか最低な奴だな。まあ、雫ちゃんもいつも変な行動ばっかしてる気がするけど」


この間は缶ビール転がしてたしと、あの日のことを思い出すように語る。

なぜだろう、核心はないけれど彼の態度はどこかわたしに対する警戒を感じる気がする。たしかに彼に会うときは、いつもおかしな行動をしている自覚はあるけれど、何かを探るようなそんな意図を感じる。


下手に情報を渡してはいけない、そう思った瞬間ポケットに入れていたスマートフォンが震えた。

椎名さんかもしれない、そう思いスマートフォンを取り出しロックを解除した瞬間響也くんがあ!と声を上げた。


「そうだ!連絡先!この間次に会ったら交換する約束してただろ!?貸して!」

「出会ってすぐの人と交換するのはちょっと……!」

「い~じゃん!固いこと言うなって!よっと!」


響也くんは突然距離を詰めてきて、わたしの手からスマートフォンを取り上げる。

咄嗟に手を伸ばすも届かず、わたしのスマートフォンは完全に彼の手に渡ってしまった。

画面にはまだ椎名さんからの着信画面が表示されており、その画面を見た瞬間響也くんの表情が一瞬険しくなる。


「椎名、蓮……?偶然か?まあ、今はどうでもいい……っと」

「ちょ、ちょっと……!」


響也くんはわたしのスマートフォンを操作してメッセージアプリに友達追加をすると、にっこり笑顔で端末を返してくる。

わたしはそれを受け取り画面を確認すると、メッセージアプリの友達欄に望月 響也の名前を発見した。


思わずため息を吐きそうなる気持ちをグッと抑えて、彼を見据える。


「連絡先交換したから、もう満足?わたしほんとにそろそろ戻らなきゃ…」

「え〜!さっき会ったばっかじゃん!もうちょっと遊ぼうぜ?!」

「わたし用事があるんだって…」


どうにかして戻らなければと説得するも響也くんは、頷いてくれない。


早くしなければ、椎名さんにも叱られるしターゲットの男性にも逃してしまう。


本格的に気持ちが焦り始めた頃背後からこちらに駆け寄る足音が聞こえてきた。


それとほぼ同時に聴き慣れた声が、耳に届いた。


「橒月ッ!!!」

「し、椎名さん!?!」


こちらに向かって駆け寄ってきたのは椎名さんで、わたしたちのすぐそばまでやってくると、走って上がった息を整えている。


わたしを探してくれていたのだろうか。

申し訳ない気持ちと、おそらくこれから怒られるだろうことを察して心臓が早鐘を打つ。


「橒月…?まさか…嘘だろ…それにこいつはやっぱり…」

「え、響也くん…?」


響也くんに振り返ると、大きく目を見開いてわたしを見つめる彼と目が合う。

わたしの苗字に何か問題でもあったのだろうか。そして、先程も椎名さんの名前に反応を示していたが、もしかして彼らは知り合いなのだろうか。


何かを考え込むように黙ってしまった響也くんを見つめていると、もう一度椎名さんに名前を呼ばれる。

恐る恐る振り返ると、そこには今まで見たことのないような冷たい目をした椎名さんがわたしを睨んでいた。

恐怖による声をあげそうになるのを抑える。


いつかの夜でさえ、あんなに冷たい目をしていなかった。彼は、今とても怒っている。

いやそれだげじゃない、彼の目に浮かぶのは疑心?


「お前、なんでそいつといんの」

「え、っと…響也くん、ですか…?」

「そう。望月響也だろ、そいつ。お前の兄に聞いた特徴と一致してる」

「な、なんでお兄ちゃんの名前が…?」


椎名さんの話についていけない。

彼はいったい何を言っているのだろう。わたしが響也くんと一緒にいることに対して怒っているようだが。


響也くんなら何かを知っているだろうか。

そう思って彼に視線を向けるも、一瞬目が合うと気まずそうに逸らされてしまった。


(椎名さんが怒ってる理由も、響也くんの態度もわからない…)


誰もこの状況の理由を説明してくれないので、困っていると椎名さんが来てからほとんど口を開かなかった響也くんが椎名さんに向けて言葉を発した。


「あのさ、勘違いしてるみたいだけど雫ちゃんはオレの正体知らないよ。一緒にいるのもただの偶然だしな」

「信じるとでも思ってんの?」

「その子の様子見たらわかんだろ。嘘つける子じゃないのは、オレでもわかる」


2人の交わす会話の意味が全く理解できない。響也くんの正体?彼は、何かわたしに隠しているのだろうか。


頭の中が疑問符で一杯になる。


椎名さんの様子を伺うと、わたしと目が合って数秒深くため息をついた。

先程まで向けられていたわたしへの敵意が和らいだように感じる。そのことに安堵しながらも、この状況への理解が叶っていないことに不安がおさまらない。


「橒月、そいつ特能の幹部だ。お前の兄はそいつに襲われた」

「えっ…!?!嘘……っ!」

「ごめん、本当なんだよね。あっ、でもこれだけは勘違いしないで欲しいのはオレは君のこと知ってたわけじゃなかった」


響也くんは誤魔化すこともせずに、椎名さんの言葉を肯定してしまった。彼がわたしに近づいたことと、わたしの立場は関係ないというがそれだって本当か怪しい。


すぐに空から距離を取って椎名さんの側による。わたしの行動を響也くんは困ったように笑いながら見届けると、くるりとわたしたちに背を向けた。


「今日は特に上から何か言われてるわけでもないし、このまま帰るわ。オフは働かない主義だし、オレ。またね、雫ちゃん。お互い敵対組織に所属してるけどさこれからも仲良くしてよ」


それだけ言うと響也くんは暗闇の中姿を消した。彼がさった後その場に残ったわたしたち2人の間には沈黙が走る。


情報量が多すぎて頭がパンクしそうだ。

響也くんは特能の幹部の人間で、お兄ちゃんは彼に襲われて。彼はわたしのことを知らなかったと言っていた。わたしに近づいたのは本当に偶然だった?


露わになった真実を一つ一つ噛み砕いていると、椎名さんがわたしに声をかけてくる。


「帰るぞ」

「え、帰るって…依頼はどうするんですか…?」

「今日はもう無理に決まってんだろ。男にも逃げられた」


椎名さんそう告げる。

しかし、わたしはその言葉に鈍器で殴られたようなショックを受ける。

わたしが、響也くんに連れられたせいで男性を見失い依頼の達成が不可能となってしまった。


わたしたちの存在が相手にバレたわけではないだろうから、後日再度行動することは可能だが本来なら今日完了する予定で、その為に二階堂さんはわたしにこの仕事を任せてくれたのに。


また、皆さんに迷惑をかけてしまった。


「すみません、椎名さん。わたしのせいで」

「今回の件についてはお前を放置したオレの責任でもある。…初めての仕事で浮かれてんのかしらねぇけど遊び半分でやんなら今後お前には何も任せない」

「………、はい」


いつもみたいに不機嫌なわけでも、怒るわけでもなく淡々と告げられた言葉はわたしの心を深く抉った。仕事なのだから、役に立てなければ次は任せてはもらえない。当たり前のことだが、ショックが大きすぎる。


それ以上何も言えず、黙って椎名さんの後ろをついていく。2人分の足音だけがあたりに響いている中、突然椎名さんが口を開いた。


「それと、もう望月とは関わんな。向こうはお前に接触してくるかもしれねぇが、無視しろよ」

「……、わたし、あの」

「なに」

「な、なんでもないです」


響也くんと連絡先を交換したことは、なんとなく言えなかった。きっとまた怒られてしまう、これ以上彼に失望されたくはない。


もし彼から連絡が来ても無視をしよう。

そうしておけば問題はないはず。


「あの、椎名さん。お兄ちゃんが響也くんに襲われたってどういうことですか…?」


先ほどからずっと気になっていたこと。

お兄ちゃんからは、響也くんの話など聞いたことはなかった。椎名さんが知っていてわたしが知らないことを何も感じないわけではないが、今はそんなことを気にしている場合ではない。


椎名さんはわたしに一瞬視線を向ける。

答えが返ってくるのを期待したが、彼が次に発した言葉はわたしの希望を叶えるものではなかった。


「オレからは言えない。アイツに直接聞いとけ」

「そうですか…わかりました」


本当はもっと詰め寄り違ったが空気的にそれができる雰囲気ではない。

それからは再び無言の空気が流れて、事務所にたどり着くまで会話を交わすことはなかった。


その後、今日のことについて二階堂さんに報告するとわたしたち2人とも怒られることはなくお疲れ様と労われてしまい、それどころか響也くんとの接触に対して心配までされてしまった。


二階堂さんからも、今後は響也くんとは関わらないように釘を刺される。


自分が不甲斐なくて本当に悔しい。

わたしがもっとしっかりしていたら響也くんから特能についての情報を引き出すくらいの仕事を与えてもらえただろうかなど、そんなことばかり考えてしまう。


一通りの報告が終わったら、今日ももう遅いと言うことで解散の流れになる。

お兄ちゃんに連絡を入れるとちょうど仕事が終わったらしく迎えにきてもらえることになった。


「椎名さん、今日は本当にご迷惑をおかけしました」

「別に、お前が役に立つなんて最初から思ってねぇよ」


それは、彼なりに気にするなと言う気遣いの言葉だったのかもしれない。しかし、今のわたしにとっては辛いものでしかなかった。

もう一度謝罪の言葉を述べて事務所を出る。


外に出ると既にお兄ちゃんが待っていて、お仕事お疲れ様と声をかけて2人で帰路を歩き出す。


「ねぇ、聞きたいことがあるんだ」

「ん?どうかしたか…?」

「望月響也くんって知ってる?」

「あっ…」


お兄ちゃんが驚きの声をあげる。

この反応的にやはり彼のことを知っているのだろう。


(わたしに、黙ってたんだ…なんで?わたしが頼りないから?)


いつも何かが有ればすぐ言うようにわたしには言うのに、お兄ちゃんは黙ってたんだ。

そして、椎名さんにだけ報告して彼もわたしには何も言わなかった。


その事実が重くのしかかる。

今、聞いたら答えてくれるだろうか。そんな期待をして、再び質問を投げかける。


「わたしね、今日響也くんに会ったんだ。それで、お兄ちゃんが響也くんにお兄ちゃんに襲われたって話聞いた。ねぇ、なにがあったの?」

「そ、それは…」

「教えてよ、お兄ちゃん」


お兄ちゃんに詰め寄る。

しかし、申し訳なさそうな顔をするばかりでわたしの望む返答はしてくれない。


「大丈夫だ、雫の心配するようなことじゃない」


困ったように笑って、そう言うだけだった。

それ以上は聞くことは出来ずモヤモヤした気持ちを抱えながら、うちまでの道を歩く。


その間お兄ちゃんは、わたしに話を振ってくれていたが会話を楽しむ余裕はなくそっけない返事を返してしまった。

やがてお兄ちゃんもわたしに話しかけるのをやめてしまい、結局椎名さんといた時と同じく家に着くまで気まずい空気が流れたのだった。


そして、後日。

例の浮気調査の仕事にお兄ちゃんが参加し、無事にターゲットの男性と浮気相手の女性の証拠を手に入れ依頼は無事解決した話を聞いた。


わたしの心に、重い影が残る。


しかし、気にしないふりをして笑顔を浮かべる。この痛みは慣れっこだ。大丈夫、頑張ればきっとわたしにだってできる。


そう信じて、その後の日々も過ごした。

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