散々
(鬱だ....)
折角の平日休み、「君はいつも頑張っているんだからたまには休みなよ」と社長に言われて急遽取った有休休暇、何故今俺は電車に揺られ会社に向かっているのだろうか。
朝はのんびりと雫と朝食を取り、大学へ行く雫を見送り、少しばかりでも事務所に顔を出して仕事の一つでも手伝えればと思った。
事務所の皆さんは絶賛浮気調査の真っ最中だったらしく、手伝ってくれるならばと持ち込まれた書類を見せてくれた。俺が目を通してしばらくすると、ポケットに入れていた携帯が鳴り響く。表示されていたのは、会社の番号だ。
「お疲れ様です、橒月でー..」
「蕪くん!?ごめんねお休み中、可能ならでいいんだけど今すぐ来て欲しいの!」
「ど、どうしたんですか..!」
「蕪くんのお客様を山崎さんが怒らせてしまって..!事情は後で話すから!貴方しか出来ないの!待っているわ!」
「あっ、あの!」
ー電話は、一方的な会話で切れてしまった。
その為、仕方なく俺は早急に家に戻りスーツを着込み会社へと向かっている訳だ。
(...はぁ またか)
こう言ったことは、今までにも何度かはあった。
休日に電話が掛かってきて、今すぐ来てくれ、対応してくれ、と。
そうして、皆口を揃えていうのだ、「貴方しか出来ない」と。
(....俺しか、出来ない、なんてこと)
入社してもうすぐ丸2年程の若者にしか出来ない仕事、そんなものは本当にあるのだろうか。俺で無ければ出来ない仕事など、本当に?それこそ俺より多い年数を務めている先輩の山崎さんが、俺より劣っているなんて俺は思わないのに。
「...はぁ」
溜め息が漏れる。
分かっている、また山崎さんに酷く怒られ、なじられるのだ。山崎さんは、いつも俺を睨み付け、疎んでいる。お前なんかに、といつもいつもいつも____
ガタン、と電車が止まる音と振動に意識が現実へ引き戻される。ああ、ここで降りなければ。俺は早足で、会社へと向かった。
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「お疲れ様です..」
「蕪くん!待ってたわよ!!!早く来て!!」
「あっ、は、はい!!!」
会社内へ入り挨拶をした俺の腕を、電話を掛けてきた女性社員の方が強く引いた。
勢いに押されるまま、俺は特に詳細な説明も無いまま例のお客様に電話をするよう促された。電話だけならばこちらに来る必要は無かったのでは無いかと少々疑問に思いながらも、電話番号を押し受話器を上げる。ワンコールも鳴らず、繋がる電話。聞こえてくるのはお客様の低い声だ。お怒りの様子が伝わる。
「はい」
「お世話になっております。私~」
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「では、後日また伺わせて頂きます。お忙しい中、大変申し訳ございませんでした。ありがとうございます した。」
30分程、応対して受話器を置いた。
安堵の溜息を吐くと、後ろから大袈裟な歓声が上がった。
「さすが橒月くん、いつも頼りになるね」
「蕪くんが来てくれて助かったわ」
「あ、ありがとうございます...」
自分では褒められる理由が全く分からないのに、お客様の話を聞いただけだと言うのに、口々に皆が俺を褒めてくれる。そんな居心地の悪さに、毎度違和感を感じつつも周りの空気に合わせてにっこりと微笑むのだ。
恐らくお客様も、普段と違う方の対応だと言う先入観が邪魔をしたことが今回の発端の様に思えた。だから俺が褒められる事はある筈ないのに、嗚呼。
「悪かったな、橒月。休みだって言うのに会社まで来させて」
「あ、いえ、俺の対応していたお客様でしたから当然です。むしろご迷惑をお掛けしてしまい申し訳ございません。」
「........今から休憩なんだ、ジュースくらい奢ってやるよ」
「え、あ...!」
後ろで俺を見ていた先輩、山崎さんが浮かべているのは引きつった笑みだ。普段と違う低い声、現状引っ張られている腕に籠った力。今から話されることなんて見当がついている。それにしても、良く腕を引っ張られる人生だ、なんて今の空気にそぐわない事が頭をよぎって行く。
「で、お前さぁ、また俺の事見下してる訳?」
「ち、違います...山崎さんの事を俺はいつも尊敬していて」
「は?....どうせ馬鹿にしてるんだろ?天才様は入って少しなのに仕事も完璧で皆から好かれて羨ましいねぇ」
「.....」
__また始まった。
休憩室に2人、椅子に腰を下ろして向かい合う。
とりあえずと購入してくれたコーヒーは、プルタブも開けずに俺の両の手で留まっていた。
「俺ァお前が入ってきてからこのザマだよ、仕事も真面目にやってる、お客様にも信頼されてたさ、なのになのに!」
「......」
「お前は何も努力していない癖に飄々と俺の上を行った。俺の努力なんて無かったみたいに踏みつけて当たり前のように居座ってやがった。ふざけるな!!」
「山崎、さん」
「恵まれてやがって、クソ、クソ....!」
頭を抱えて、俯く山崎さん。
彼から吐き出される数々の言葉は、刃物の様だ。
そうだ、俺は恵まれているだけだ。
そんなこと、自分が一番よく知っていて、
そんな自分が嫌いで、それで、
こう言われた時の対処法が何よりも分からないままなのだ。
此処で謝っても、なんとなく名前を呼んでみても、今までどれも同じ結果になるだけだった。でも、よく考えたらそれは当然なんだろう。だって、山崎さんの痛みを俺がやわらげることなど出来やしない。俺が全ての原因なんだから。
____胃の辺りから、何かが込み上がって来そうで、喉を手で強く抑えた。
山崎さんは、俺がこの会社に入社してきた当時の世話係をしてくれた人だ。少し明るい茶色の髪が、周りを盛り上げるのが上手な山崎さんに良く似合っていた。
自分からあまり話すことのしない俺に良く話しかけてくれて、沢山色んなことを教えてくれた。歳は26くらいで、そんなに離れていなかったからまるで兄の様な、錯覚を覚えてしまうくらいに接してくれた。とても嬉しかった。
でも、俺が仕事をやる度、褒められる度、期待される度、山崎さんの笑顔は酷く歪んで行った。
こうやって、俺を呼び出して、ひたすら責めることなんて珍しくも何ともない光景だ。この前も、電話をかけて来たのは山崎さんだ。言って酒を飲んで、暴れて、
嫌、そうなってしまったのは、何度考えてもやっぱり俺のせいだ。
「橒月ィ」
「...は、はい」
俯いたままの山崎さんの声で、現状に引き戻される。
「俺はお前が妬ましくてしょうがねぇよ」
「.......俺を、ですか....」
何度も聞いた言葉だ。
妬ましい、羨ましい、俺に向けられる言葉。
でも、何度聞いても噎せ返りそうな位に
俺なんかに、なんの価値があるのだと、
羨ましくも妬ましくも無い、汚い男だと
自分で自分を責め続けてしまうのだ。
(...俺なんかを、どうしてそんな目で
見てしまうのですか)
俺は、こんな俺よりももっと素晴らしい人間がいることを知っている、むしろ俺から見た貴方はとても掛け替えの無い唯一無二の人だと思ったのに。
それに、俺はただ才能を持って生まれただけの、運が良かっただけの、いやそれは、羨ましくて妬ましい対象だろうな、そうだろうな。
「.........疲れた」
「すみません」
俺は勝手な自己完結を無理矢理脳内で済ませ、山崎さんの方を見ずに俺も俯いて、簡単な謝罪を述べた。
山崎さんは、それ以上は何も言わなかった。
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皆さんに挨拶を済ませ、会社を出た。
外はもう、夕日が出ている。
折角外に出たのだから、家の近くのスーパーで夕飯の買い出しをして帰ろうと頭を切り替える。
マイナスな感情は、目を瞑り唾を飲み込んで奥深くに沈み込ませた。
(___今日は何にしようか、シチューとかどうだろう)
献立を考えながら、駅までの道をゆっくり歩いていると、前から金髪の目立つ風貌をした男の人が歩いてくるのが見えた。
「あ、おーいそこの」
ぶつからないように、と端により通り過ぎようとしたが、何故か呼び止められる。俺の事だろうかと、辺りを見渡したが男の人は俺に近寄ってきて「君君」と肩をポンポンと叩いて来た。
「え、ええと...どちら様でしょうか」
金髪の男の人なんて知り合いに居ただろうか。
目を丸くしつつ、俺は相手に問う。
「オレ、特能の人間なんだよねー。っていえば、分かって貰える?」
「.....ッ!?」
特能。その言葉を聞いて、身体が強ばるのを感じていた。雫も能力発動後、1人で接触したと聞いたから俺にもいつかこんな機会が来るだろうとは分かっていた。
「ああ、そう警戒しないでよ傷つくじゃん!ちょーっと付き合って欲しいだけなんだよね」
「....本当、ですか」
特能の人間だと言う彼は、俺よりも少し年上そうに見える。首元にはペンダント、服装、話し方からしてどちらかと言えば軽薄そうな印象を持ってしまう方だ。
「ホントホント!だから、とりあえずもう少し人気のない所に行こっか!君が橒月蕪くん、で合ってるよね?」
「....はい、俺が、橒月蕪です。」
____ああ、ごめん雫。
今日はやっぱり、夕飯を作れそうにはない。
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