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双誓のカランコエ  作者: 刻の昏
25/51

帰路

それから、一旦は事務所に集まろうと言うことになり朝と同じ道を今度は戻る。

その間、さすがに全員疲れていたのか会話も少なく車内はとても静かだった。


行き道と同じく聊さんが運転をしてくれているため、疲れているのに申し訳ない気持ちでいっぱいだ。


しばらく車に揺られていると、事務所に到着する。車を車庫に入れて、全員で中に入ったのだが事務所の部屋に入ったあたりで後ろから椎名さんに呼び止められた。


「おい」


名前を呼ばれることはなかったが、彼の視線がわたしに向いていたのですぐに自分が呼ばれていることに気がつく。

しかし、椎名さんの表情は険しく呼び止める声からも不機嫌さが伝わってきた。


なにか彼を怒らせるようなことをしただろうか、わたしは恐る恐る返事をして椎名さんの言葉の続きを待つ。


「なんであの時、オレの指示聞かなかった」

「あっ…」


それだけで椎名さんがいつのことを指しているのか、一瞬でわかる。

周りのみんなはあのときのわたしたちの会話を知らないためか不思議そうな表情でわたしたちを見つめている。


何か言わなければ、あの時、わたしが動こうとした理由を。なのに、すぐに言葉が出てこない。


「雫…?」


お兄ちゃんが心配そうにわたしの名を呼ぶ。

しかしそれにすら応えることができなかった。


ずっと黙っているわたしに痺れを切らしたのか椎名さんが言葉を続ける。


「あの時、お前が動いたとしても状況は絶対に良くならなかった。なのにお前はオレの指示無視して動こうとした。わかってんの?下手すりゃお前、こいつが来る前にほんとに死んでたんだぞ」

「あ〜…、なるほどね……」


聊さんから納得したような声があがる。

多分、今の椎名さんの言葉でわたしたちの状況を察したのだろう。


わたしは、恐る恐るでもしっかり椎名さんの顔を見ながら言葉を発する。


「でも、あの時、わたし唯一動けていたのに、じっとしているなんて出来ませんでした。みんなわたしたちのせいで、大変なことになってるのに。ただ、助けを待つだけなんて出来なかった!!」

「だから!!それが判断ミスだっていってんだよ!!!」


椎名さんが声を荒げる。

今までも怒られることは何度もあったがここまで彼の怒りを見ることはなかった。


怯んで咄嗟に反論ができなかった。


「そんな、言い方…!」


わたしがなにも言えないでいると、隣にいたお兄ちゃんが椎名さんに反論しようとする。


椎名さんはそんなお兄ちゃんのことをキツく睨み付けた。


「うるさい。黙ってろ。オレはコイツに言ってんだよ」

「でも、」


冷たい声でそういい放つもお兄ちゃんは引かない。わたしを守ろうとしてくれている。


お兄ちゃんの優しさは本当に嬉しいが、今ここで椎名さんと話すべきはわたしなんだ。お兄ちゃんに代わってもらっていてはいつまでも弱いままなんだ。


わたしは小さく息を吐いて、椎名さんをじっと見据える。


「お兄ちゃん、大丈夫だよ。ありがとう」

「雫…」


お兄ちゃんは再度心配そうにわたしの名前を呼ぶも、それ以上椎名さんに反論することはなく引いてくれた。


「あの時、突然のことで冷静な判断ができていなかったのはそうかもしれません。でも、やっぱりあのままじっとしていたってどうにもならなかったと思います…!」

「じゃあ聞くけど、あの時お前なんかできた?無茶して動いて、なにができたんだよ」


言葉に詰まる。

偉そうに大見得を切ってはいるが結局のところ、あの時なにができたわけでもない。


気を失って最終的にはお兄ちゃんが全員を助けてくれたのだから。それでも、自分の意見を曲げるわけにはいけない。

再び言葉を紡ごうとした瞬間、パンと手を叩く音が部屋に響き音の方向に目を向けると、二階堂さんが笑顔で立っていた。


「はい、ストップ。2人とも落ち着いて?」

「あ?」


椎名さんが不機嫌を隠そうともせずに、二階堂さんを睨み付けた。しかし当の本人は全く気にした様子を見せず、変わらずの笑顔で椎名さんに視線を返しながら告げる。


「たしかに、指示を無視して動いたことは雫ちゃんの非であるけど。蓮、君が言ったように君と俺たちが合流していたところでなにか変わっていたかな?」

「…………」


椎名さんはなにも言わない。

二階堂さんはそんな彼に向けての言葉を続けて発する。


「そもそも、俺たちと合流する前に敵の能力者に見つかっていたかもしれない。それがもし幹部クラスだとしたら君一人で対処できていた?」

「チッ…」


小さく舌打ちをする椎名さん。

その様子から彼が二階堂さんに対して、反論の言葉を持っていないことが伝わってきた。


椎名さんはそれ以上の口論を諦めたのか、黙ってパソコンの前にある椅子に座る。

二階堂さんは椎名さんが席についたことを確認すると今度はわたしの方に向き直った。


「雫ちゃん。あの時、正しい判断があったとは思わない。でも、本来君は蓮の指示を聞かなきゃいけないんだ。君が経験不足なのもあるけど、一番はその場にいない蓮が一番冷静に状況を判断することができるから。それは、わかるよね?」

「はい……すみませんでした、わたし、とにかく必死で…….」


二階堂さんに窘められわたしは全員に向かって頭を下げる。先程、頭に血が上って椎名さんにはああ言ったけれど冷静になって考えたら悪いのはわたしだ。


勝手な判断で動けば、周りに迷惑がかかる。少し考えれば誰でもわかることなのに、突然の状況にそんなことも忘れてしまっていた。


わたしの、悪い癖。


頭を上げた際に椎名さんの方を見るも彼はこちらには目も向けず、いつの間にか立ち上げていたパソコンの画面を見ている。


(怒ってる、よね…)


散々生意気な態度を取ったのだから、怒らせて当然だ。また後で謝っておかなければ。


「うん。君が俺たちを助けようとしてくれたのは伝わってるよ。だけど、きちんと周りの指示は聞くように」


二階堂さんの言葉に対してしっかりと頷く。すると彼は、優しく微笑んだ後全員の顔を見渡す。


「時間ももう遅いけど、少しだけ今日のことを話しておこうか。全員座ってくれる?」


椎名さんと二階堂さん以外の全員が事務所に置かれたソファに腰掛ける。わたしの隣にはお兄ちゃんが座り、向かい側にまなちゃんと聊さんが腰掛ける。


二階堂さんはソファの側で立ったまま話始めた。


「とりあえず、蕪くんを拐ったのは册山 咲くん。特能の幹部だね。数日前、雫ちゃんの大学に現れたのも彼だ」

「そう言えば咲が、雫と接触したときに怪我をしたと言ってた……、大学に来ていたのか?ど、どうして言わなかったんだ、そんな大事なこと」


そういえば、お兄ちゃんには前に咲くんと会ったことを直接話していなかった。心配させたくなかった為だが、結果としてこうなってしまい申し訳ない気持ちでいっぱいになる。


「ご、ごめんね、心配させたくなくて…」

「そういうことは、ちゃんと言ってほしい…、でなきゃ余計に心配になる…」


悲しそうな顔をするお兄ちゃんにもう一度謝り、今度からはきちんと話すと約束する。


「で、でもなんであの人、お兄さんのこと拐ったの…?今は能力者だけど、拐われた時はまだ違ったのに……」


おそらく全員が抱いているであろう疑問をまなちゃんが口に出す。咲くんが、お兄ちゃんを拐った理由については全く心当たりがない。


「確かにねぇ…、新たに能力者になった人間ならともかく一般人拐うなんて意味のないことするようには思えないね」


聊さんも、お兄ちゃんが拐われた理由については全くわからないらしい。


しかし、理由もなくあんなことをするとは思えない。お兄ちゃんなら何か知っているかと思い、視線を向けると気まずそうな表情を浮かべるお兄ちゃんと目があった。


お兄ちゃんは視線をみんなに戻すとおずおずと話し始める。


「じ、実は、前に咲とは公園で会って。その時、怪我をしていたあの子の手当てをしてあげたんです。それで、懐かれたみたいで…」

「は?まさかそんだけの理由であんなことやったわけ?……、意味分かんねぇ」


これにはさすがの椎名さんも口を挟む。

事務所に接触しただからとか、わたしが能力者になったからなどの理由を想像していたのだがまさかそんな私的な理由だったなんて。


「えっえっ、つまり、お兄さんと一緒にいたいから拐ったってこと?」

「こりゃまた大胆な坊ちゃんだな…、おじさん流石に予想してなかったよ」


まなちゃんと聊さんも目を丸くして驚いている。わたしもきっと驚きを隠せてはいないだろう、咄嗟に言葉も出なかった。


つまり、わたしの能力のことや事務所のことなどは今回の件には全く関わっていなかったということか。


「なるほどね…、確かに誘拐時点では蕪くんは能力も持っていなかったし、それになにより他の幹部たちが君の存在を認識していなかった。おそらく今回のことは本当に册山くんの単独での行動だったんだろうね」


二階堂さんが顎に手を当てて考える素振りを見せながら述べる。


お兄ちゃんが言っていることを真実としての意見だが、筋が通っており納得することが出来た。

それは他のみんなも同じだったのか、二階堂さんが話し合えた後、聊さんが大きなため息を吐きながら話し出す。


「郁弥の言ってることがほんとのことだとしたら、なんだか拍子抜けだねぇ……

てっきりおじさんは本格的にここを潰しに来たのかと心配しちゃったよ」

「どうでも良い理由だったな。無駄に疲れた」

「うう…、本当に申し訳ないです」


お兄ちゃんが申し訳なさそうに再度謝罪の言葉を述べる。わたしもそれに倣って、全員に頭を下げた。


どんな理由であれ、お兄ちゃんが無事に戻ってきて本当によかった。

疲れもあったし怖かったがその事実だけでわたしにとっては充分だった。


「ふぁ……」


全員の緊張が解れてきた頃、向かいに座っていたまなちゃんが欠伸を漏らす。

何人かの視線が彼女に向き、それに気づいたまなちゃんは顔を赤くする。


「うぅ…、恥ずかしい」

「もう夜も遅いからね。今日は一日疲れただろうし仕方ないよ。話すべきことは終わったしこの辺りでひとまず解散にしようか」


恥ずかしそうに俯くまなちゃんのことをフォローしつつ、二階堂さんがそう提案をする。

事務所の壁にかけられている時計を確認してみると、すでに9時を過ぎていた。


普段であれば普通に起きている時間ではあるが今日は一日気を張っていたこともあってか、全員疲労の色が見える。


二階堂さんの提案に、まなちゃん、聊さん、椎名さんが頷き、わたしも賛成の意を伝えようとしたところでお兄ちゃんがなにも反応していないことに気が付いた。


お兄ちゃんの方を見てみると、二階堂さんに視線を向ける何かを言いたそうに口を少し開いては閉じるを何度か繰り返している。


「どうかした?お兄ちゃん」

「え、ああ、いや。ちょっと……」

「二階堂さんだよね?……、すみません、二階堂さん。少し良いですか?」


歯切れの悪いお兄ちゃんの代わりに二階堂さんに声をかける。聊さんと会話をしていた彼だが、わたしの呼びかけに応えてくれた。


お兄ちゃんに用件を伝えるよう促すと少し戸惑ったような表情を浮かべながらも、ようやく話し始めた。


「少しお話があって。この後お時間頂いてもいいでしょうか……?」

「えっ」


二階堂さんよりも先にわたしが声を上げてしまった。まさか、この後まだ残って話したいという内容だったなんて思いもしなかったのだ。


しかし二階堂さんは特段驚いた様子もなく、かまわないよと返事をする。


どうやらこの後お兄ちゃんはまだここに残るようだが、わたしはどうしたものか。待っていても構わないのだが、他の人の迷惑にならないか。


一人で先に帰った方がいいだろうか。


そんなふうに考えているとお兄ちゃんが申し訳なさそうに謝ってくる。


「ごめん、雫。できれば待っていてくれないか…?流石にこの時間に一人で帰るのは危ないから」


こんなことがあった後だし、と心配した表情を浮かべて言われれば一人で帰るとは言えない。


しかし、わたしがここにいることで邪魔になったりしないだろうか。心配になり二階堂さんの方を見てみると、彼はうーんと唸りなにか考えている様子だった。


「確かに一人で帰るのは危険だけど、早く帰って休んだ方がいいと思うし。

……、そうだ。蓮、雫ちゃんを家まで送って行ってあげて。憲史郎もまなのことよろしくね」

「は?」

「げ、おじさんにまで飛び火してきた」


ずっとパソコンに目を向けていた椎名さんが二階堂さんの言葉に顔を上げて彼をみた。

聊さんも、不満の声を上げる。


一方のわたしは、つい先程喧嘩をしたきりまだ仲直りも済ませていない椎名さんに送って行ってもらうのは申し訳ない気持ちももちろんだが何より気まずいので咄嗟に必要ないと否定する。


「わ、わたし一人で大丈夫です!そんなに遠くもないですし……」

「コイツもこう言ってんだし、いいだろ。どんだけ過保護なんだよ」


なんだか初めて意見があった気がするな、なんて頭の隅で思いながら再度一人で帰れるということを伝える。


しかし、これには二階堂さんのみならずお兄ちゃんもいい顔をしなかった。


「雫、一人ではダメだ。待っているか、送って頂くかどちらかにしてくれ」

「そうだよ。少なからず特能と対峙したんだから、せめて今日くらい警戒するべきだ」


2人から一気に言われてしまい反論ができなかった。黙ったわたしを見て、納得したと思ったのだろう、二階堂さんはそれ以上わたしに何かを言ってくることはなく、次に椎名さんに視線を向けた。


それに、と。言葉を続けながら。


「喧嘩の後には、しなきゃいけないことがあるよね?蓮。」

「うっざ。ガキじゃねーんだけど」


笑顔を浮かべながら、椎名さんに問いかけるも椎名さんは答えることなく跳ね除ける。

しかし、二階堂さんは変わらず笑顔を浮かべている。


その様子を見ていた聊さんは、顔を引きつらせながら、隣にいるまなちゃんにも声をかけて席を立った。


「郁弥に逆らってもロクなことないからなあ…ほら、まな行くぞ。巻き込まれる前に退散、退散〜」

「ふ、ふふふ、夜の王であるボクは無駄な争いは好まない…、魔力も減っていることだし、今日のところは引き上げるとしようか」


そういうと2人は部屋を出ていく。

残されたわたしとお兄ちゃんは椎名さんと二階堂さんの行く末を見守る。


しかし、話題がわたしに関することなだけになんだか居心地の悪さを感じた。


「子供じゃないなら、わかるよね?女の子1人で夜道を歩くのが危険なことくらい」

「大袈裟なんだよ。そんな遠い訳でもねーし」

「へぇ。蓮、もしかして女の子と2人で歩くのが緊張するとか?それとも夜道歩くの怖い?」

「あ?」


その瞬間、部屋の空気が凍ったように感じた。

まるで挑発のような言葉を投げかけられた椎名さんは、不機嫌さを隠すことなく二階堂さんを睨み付けている。


一方そんな視線を受けている二階堂さんだが、その表情は相変わらず余裕で笑みまで浮かべている。


おそらくこの場で焦っているのは、わたしとお兄ちゃんの2人だけだ。


(喧嘩とか、始まっちゃったらどうしよう。元はわたしのことだし、なんとかして止めなきゃ……!!)


あの2人の間に入るなんて恐怖以外の何物でもないけれど、止めるためにはわたしが頑張るしかない。

そんな思いで2人を見守っていると、再び二階堂さんが口を開く。


「たかだか送っていくだけでそんなに嫌がってるってことは、何か理由があるのかなって思ったんだけど違った?まさか、いい大人の蓮が面倒だからとかそんな子供みたいな理由で拒んでるんじゃないよね?」

「あ〜〜、うっざ。行きゃいいんだろ。マジお前と話すの疲れるわ」

「ひどいなあ…、でも助かるよ。気をつけてね」

「酷いなんて思ってないだろ」


そう言って椎名さんは席を立つ。

思いの外、早くに終結した2人の言い合い。もしかすると、こう言ったやりとりは日常茶飯事なのだろうか。


先程まで悪かった空気も今は元通りになっており、わたしとお兄ちゃんは安堵の息を漏らした。


席を立って、事務所の出口まで移動した椎名さんはこちらを振り返り、わたしに向かってさっさとついてくるように言い放つとそのまま事務所を出て行ってしまう。


わたしは急いで立ち上がるとお兄ちゃんと二階堂さんに挨拶をして、椎名さんの後を追った。


_______

_____


事務所を出て、暗い道を椎名さんと2人で歩く。横並びではなく、わたしの少し前を椎名さんが歩いている。


事務所にいる時は、他の人たちもいたからそんなに思わなかったけれど2人だけになると先程喧嘩したこともあって気まずい空気が流れている。


(さっきのこと、謝らなきゃいけないよね。わたしが悪いのに、反応しちゃったし……)


聞き入れてくれるからわからないが、それでも椎名さんに対して謝罪したい気持ちが強かった。少しだけ心臓の動きが早くなることを感じながら、少し前を歩く彼に話しかけた。


「あの、椎名さん。今日は、ほんとにすみませんでした。さっきも、椎名さんが正しかったのに、わたし言い返しちゃって」

「…………、」


椎名さんは何も言わない。

しかし言い返してこないということは、少なからず怒っていないということだろうし、わたしは言葉を続けた。


「今日、本当にありがとうございました。ほかの皆さんにも改めてお礼は言おうと思いますが・・・。まだ出会ったばかりのわたしたちのために危険な場所にまで一緒に来ていただいて本当に感謝しています」


今日、お兄ちゃんが誘拐されたと分かってからずっと事務所の皆さんが助けるために動いてくれた。

出会って間もないわたしたちのためにそこまでしてくれて、申し訳ない気持ちも大きかったけれどやはり嬉しくて同時にとても安心した。


何度お礼を言っても言い足りないし、改めてもっと皆さんの役に垂れるようにこれから頑張ろうと心から思う。


そんな気持ちを少しでも椎名さんにも伝えたくて言葉を紡いだけれど、彼はわたしの言葉を聞くと立ち止まりこちらを振り返った。


______わたしを見るその目が、とても冷たくて思わず息をのむ。


今までだって睨みつけられたこともあったし、先程もとても怒られた。

しかし、それらとは全く違う。軽蔑、呆れ、嫌悪、そのどれとも違う。

冷たくて、おそらく彼は今わたしに対して何の感情も向けていない。


逃げ出したくなるような視線に耐えていると、ようやく彼が口を開く。


「お前さ、何勘違いしてんの?」

「か、勘違い・・・?」


そういわれ、自身の言葉を思い返す。

先程までの態度の謝罪をし、助けてくれたことへの感謝を述べただけだ。

その中で、彼の言う勘違いの部分があったのだろうか、いくら考えても思い当たる節がない。


わたしが答えられないことにしびれを切らした椎名さんは、再び話し出す。


「今日のこと、オレらがお前らのためだけに動いたと思ってんの。幸せな考えしてるところ悪いけど、オレらが動いたのはお前らのためじゃねえよ」

「え・・・」


まるで頭を殴られたかのような衝撃が全身を走った。きっと、動揺が表情にもでているだろう。

しかし、椎名さんは気に留める様子もなく淡々と話し続ける。


わたしは、それをただ黙って聞いていることしかできなかった。


「まあ、まなは違うかもな。けど、郁弥や憲史郎はお前の兄がオレらの情報あいつらに渡すのを避けるために動いてた。いくらお前がこっち側に来たって言っても大して役に立たない新入りのために命かけるバカはいねぇだろ」

「…………」


椎名さんの言葉がナイフとなってわたしの心を刺す。

気を抜いたら泣いてしまいそうだ。しかし、ここで泣いてしまえば止まらなくなってまた迷惑をかけてしまう。それどころか、もっと面倒がられてしまうかもしれない。


椎名さんたちがわたしたちに全くいい印象を持っていないことが分かった今、これ以上邪険に思われるような行動はするべきではない。


わたしは、両の手を強く握って爪を立てる。

手のひらから伝わる痛みにより、少し涙が引っ込んだのを感じた。


「お前が、オレらに対して仲間意識持ってんのか知んねえけど、少なくともオレらはお前が能力者だから側に置いてる。これからはお前の兄も同じ。だから、オレらに対して余計な情は持つな。はっきり言って迷惑」


それだけ言うと、椎名さんはわたしの反応も見ずに前を向くと行くぞ、とだけ声をかけてきて歩き出す。


歩き出した彼の後ろをわたしの何も言わずに追いかける。沈黙の中、わたしたちの歩く音だけが辺りに響いていた。


わたしは、今椎名さんに言われたことをゆっくりと消化する。涙はもうどこかに行った、今は、考えをまとめることに集中しなければいけない。


今日、事務所の皆さんがわたしたちを助けてくれたのは自分たちのためだと彼は言う。

そうだとしても、彼らのおかげでわたしたちは助かり、そしてこんな面倒をかけたにもかかわらずわたしたちを見放したりせず、側に置いてくれようとしている。


それならば、わたしのするべきことは決まっている。


(大丈夫、これくらいどうってことない。まだ何も終わってなんかないよ)


今日何度もしてきたように、下げていた視線をしっかりと前に戻す。

気が付くと、自宅のすぐ側まで来ていた。それから少しだけ歩いて、家に到着すると椎名さんはすぐに背を向けて立ち去ろうとする。


しかし、わたしはその背に向けて言葉を投げかけた。


「あの。椎名さんは、さっきわたしたちを助けたのは自分たちのためだといいましたがそうだとしてもわたしたちが助けられたことに変わりはありません。だからやっぱり感謝しています。それと、確かに皆さんのこと仲間だと思っていた部分もありますが、わたしだって仲良しこよしするために事務所に入ったわけではありません」


椎名さんは何も言わない。

ただ、立ち止まって黙ってわたしの話を聞いている。


きっとわたしが話しをきちんと聞いてくれているのだろう。聞く気がなければ彼だったら、きっともうこの場を去ってしまっている。


わたしはそう判断して、言葉を続ける。


「事務所に入る時にも言いましたが、能力が目覚めて、普通なら特能に入るところを、決められた道じゃなくて自分で決めた道を進みたいと思ったから、皆さんの手を取りました。まだまだ、何の役にも立たないかもしれないけれどこれからの未来を自分の足でしっかり歩いていくためにもっともっと頑張ります。そして、」


自分が事務所に加入すると決めたときの気持ちを思い出す。あの時思ったことは嘘なんかじゃなくて、今もずっと思っていることだ。


誰かに何かを言われたところで、折れるような弱い気持ちで決めてなんかいない。


「いつか、皆さんに認めてもらえるように、ちゃんと仲間だって思ってもらえるようになります。

だから、これからもよろしくお願いします!!」


椎名さんに向けて頭を下げる。

わたしが思っていること、椎名さんに伝えたいことはすべて言ったつもりだ。


わたしの決意は揺らがない、そのことを伝えたかった。


ゆっくりと頭を上げると、視線だけこちらに向けている椎名さんの姿が目に入る。


「ばかじゃねえの」


_____そう言った彼の瞳はわたしに淡々と事実を伝えていた時の冷たいものとは異なり、

少しだけ楽しそうな、好意的な感情が見て取れた。


たった一言だけ告げると、椎名さんは今度こそ歩き始めてしまう。わたしはその背が、暗闇に溶けてしまうまで見送ると彼に背を向けて家の中に戻る。


こうして、わたしの長い長い一日は幕を閉じた。

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