戦闘2
まなちゃんと聊さんを置いていくことになり後ろ髪を引かれる思いでその場を去ったわたしたちは、少しでも早くお兄ちゃんを見つけ出してここを脱出するために上の階へと走る。
(大丈夫、まなちゃんも聊さんも強い。きっと、無事でいてくれる……)
2人の無事を自分に言い聞かせながら、二階堂さんの後を追う。今は、目の前のことに意識を集中させなければいけない。
ただでさえ足手まといなのだから、余計な迷惑はかけてはならない。
意識を目の前の状況に向けるため、前を歩く二階堂さんの背中に問いかける。
「お兄ちゃんがいる階、そろそろですかね…」
「おそらくね。でも多分、蕪くんが1人にされているとは思えないから戦闘になる事は覚悟しておいた方がいいかも」
「戦、闘……」
二階堂さんの言葉に身体中に緊張が走る。わざわざ誘拐した人間を1人にしておくとは考えられないのは確かだ。ましてや今は侵入者の存在が知られている。
でも、わたしは能力をうまく使うことができない。できることはするつもりだが、戦力として頼りにならないのは自覚している。
もし、わたしのせいでお兄ちゃんを助けられないどころか二階堂さんにまで何かあったら…
最悪の未来を想像してしまう。
今はそんなことを考えている場合ではないことは理解しているのに、一度生まれた想像は簡単には消えてくれない。
歯切れの悪いわたしの言葉が気になったのか、二階堂さんは一瞬こちらを振り返って再び口を開く。
「雫ちゃん、緊張しすぎたら余計に動けなくなっちゃうよ。大丈夫、俺もいるしいざって時は蓮もいるから」
『おい、オレをアテにすんな。お前らでなんとかしろよ!』
「ほら、助けてくれるって」
『言ってねぇよ』
この場の空気にそぐわない2人の会話を目の当たりにし、一瞬先程まで考えていた悪い想像がどこかに飛んでいってしまう。
思わず笑ってしまったわたしに椎名さんは笑うなと怒る。その声も本当に怒っているのではないのがわかって、ついついまた笑ってしまう。
その様子を見て二階堂さんが少しだけ微笑んだのがわかった。きっと、わたしの緊張をほぐそうとしてくれたのだろう。
「……、ついつい悪い方に考えちゃうのは人間誰だってあると思うけど、負の想像は行動を妨げてしまう。楽観視がいいってわけじゃないけど過度に考えすぎないようにね」
「はい、ありがとうございます!」
『めんどくせーガキ….』
「めんどくさいって…、失礼ですよ!」
ボソリとつぶやかれた言葉を無視することができず噛みつくも、椎名さんが返事をすることはなく会話は一旦そこで終了する。
椎名さんの最後の言葉は置いておくとして、2人のおかげで先程よりも冷静になれた気がした。
もうここまできてしまったのだ、今更引き返すなんてことはできない。それならば、失敗したときのことを考えるのではなくどうすれば成功するの考える方がよっぽどいい。
何が起きるかはわからない。
でも、何が起きたとしてもその場でできる最善を尽くすだけだ。
改めてそう決意をすると、俯いていた視線を戻し、少しだけ足を早めて二階堂さんの隣に並び立った。
(前は、きちんと自分で見据える。後ろに立ってちゃ、ダメだ)
その後は見回っている構成員に見つからないように進み、とうとう8階へと到達する。
『蕪がいるのはそのフロアだ。気を抜くな、何が出てくっかわかんねぇ』
やっとお兄ちゃんのいる階層に辿り着いた。
辺りを見回してみると、下の階までと違い構成員たちの姿が見えない。そして、この階層は今までとは段違いに部屋の数が多い。
「ここ、なんなんでしょうか…?ずいぶん部屋の数が多いです」
『そこは幹部クラスの奴らの個室のあるフロア。蕪がいるのは奥の部屋だ』
「見たところ構成員はいないようだけど、部屋の中かもしれない。気をつけて移動しよう」
二階堂さんの言葉に頷いて、なるべく音を立てないように移動する。
椎名さんの案内に従って周りに注意しながら進んでいると、突然何かが足首あたりに巻きついて転びそうになってしまう。
転ぶことを覚悟してギュッと目を閉じるも、地面に叩きつけられる感覚はおとずれず代わりに誰かの腕がお腹に回るのを感じた。
今ここでわたしを助けられるのなんて1人。
「おっと…、大丈夫?」
「は、はい…、ありがとうございます、二階堂さん…!!」
わたしが転ぶ前に助けてくれた二階堂さんにお礼を告げると、彼は転ばなくて良かったと言いながらわたしを解放してくれる。
先程、足に何かが巻きついてきたように思ったが、今は何もない。なんだったのだろうかと首を傾げていると、少し前にあった曲がり角の先から声が聞こえてきた。
「あはっ…、相変わらずドジだねおねーさん」
聞き覚えのある声。
警戒して、声の聞こえた方に視線を向けると曲がり角の先から姿を現したのはこの間大学にやってきてわたしを襲ってきた男の子。
そういえばあの子は特能の幹部だと言っていた。ここにいてもおかしくはない。
それならば先程足に巻きついてきたのは彼の能力である植物だったのだろうか。
「あの子、この間報告してくれた子?」
隣に立つ二階堂さんの問いにうなずく。
册山咲くん。植物の能力を操る、男の子。まさか、彼と対峙することになるなんて。
「くると思ってたよ。蕪さんを奪い返しにきたんでしょ?」
「!!」
咲くんの口からでたお兄ちゃんの名前。彼は、お兄ちゃんの存在を知っている。
先程出会った、野々村さんと傍充さんはお兄ちゃんのことを一切知らなかったにも関わらず彼が知っていると言うことは。
きっと、彼がお兄ちゃんを誘拐した犯人だ。
理由はわからない。
人質ということであれば仲間内で共有しているはず。多分他に理由があるのだろう。
「君が蕪くんを連れて行った犯人?」
「犯人、だなんて人聞きが悪いなあ…僕はただ蕪さんを守りたかっただけだよ。そこの女のそばにいたら蕪さんはきっと傷付くからね」
「……え?」
咲くんはわたしを見ながらそう言う。
思わず緊張感のない声をあげてしまうが、彼の言っていることに本当に心当たりがない。
(わたしが、お兄ちゃんを傷つける?どういうこと?なんで、そんな…)
いくつもの疑問符が頭を巡り、動揺を隠せないでいると隣に立っていた二階堂さんが、わたしの視界から咲くんを消すように前に立った。
縋るようにその背を見つめる。
「雫ちゃん、彼のいうことを真に受けちゃだめだよ。今は彼を退けて蕪くんを助けることだけ考えるんだ」
「……!!」
二階堂さんの言葉で目が醒める。
そうだ、今はそんなこと気にしている場合ではない。つい先程も同じように言われたばかりなのに、自分の情けなさに嫌気が差す。
ここに来る前事務所でもやったように、自身の両手で頬を打つ。両頬からの痛みで、頭が冴えて冷静になった。
(もしかしたら、わたしを動揺させる作戦なのかもしれない。余計なことは考えず、今は今やるべきことだけに集中…!)
悪い考えを頭から捨てたわたしは、再び二階堂さんの横に並び立つ。目の前の咲くんは、立ち直ったわたしを見てつまらなそうな表情を浮かべた。
「あ〜あ…おにーさんがいなければあと少しだったのに…でも、邪魔するなら容赦しないよ?」
『気をつけろ。来るぞ』
椎名さんの言葉とほぼ同時に、咲くんが能力を発動させ、わたしたちの立っている場所に植物を生やす。
「二階堂さん、後ろに!」
咲くんの能力を以前に一度見ていたわたしは、二階堂さんに後ろにさけるように指示を出し、自身も後ろに飛ぶ。
寸のところで避けることが出来たが、彼の能力はこれで終わりではない。一度生まれな植物は彼の意志により自由に動き回り攻撃を仕掛けてくるのだ。
「なるほど、植物を使う能力か」
「咲くんの意志でかなり自由に動きまわります。注意してください」
「うん、雫ちゃんが彼の能力を知っていて助かるよ。……とりあえず、俺もそろそろ」
「お喋りだなんて、余裕だなあ…!」
咲くんがそういうと、先程生えた2本の植物が伸びて両方わたしの方へと向かってくる。
後ろに避けても伸ばされておしまいなので今回は横に避ける。そして、すぐにわたしも能力を発動させナイフを植物に向けて数本飛ばす。
かなりの至近距離なこともあってか、何本かは掠らせることができて、動きを少し怯ませることに成功した。
「わっ…流石にその距離だと当たっちゃうか…!ふふっ、いいね、もっと遊ぼう…!」
初めてまともに役に立ったことに喜びを感じつつ、視線を二階堂さんに向ける。
二階堂さんは、ある一点を凝視し何かを呟いていた。
「ここは…本当にたくさんの子たちがいるね。ごめんね、少しだけ力を貸して」
「あはっ、どんどんいくよ…!」
咲くんが再び植物を生やし、今度は二階堂さんに向かって伸びていく。
しかし、二階堂さんは焦ることなくその場で咲くんに向けて手をかざす。
「二階堂さん…!?」
彼の行動の意図が読めなくて、焦る。
その間にも植物は二階堂さんに迫る。このままでは、そう思いこの距離では当たるか不安であるが能力を発動させようとした瞬間、咲くんの後ろから影が飛び出す。
影は凄い勢いで二階堂さんに向けて伸びる植物を追い、彼に触れる前に飛びついた。
影に飛びつかれた植物は、千切られており動きを止め地面に落ちる。
「な、なに…?」
植物に飛びついた影の方に視線をやる。
するとそこには噛みちぎった植物を咥えて、額から角が生え荒い息を繰り返す犬のような生物がいた。目は白く、吊り上がっていて身体の大きさは100cm程だろうか。
兎に角この世のものとは思えないその姿に、とてつもない恐怖を覚える。
しかし、あの生き物は今咲くんの植物を噛みちぎり二階堂さんを助けてくれた。
異形な生き物から視線を晒し、咲くんの様子を伺ってみると特に驚いた様子もなく、あの生き物を見ていた。
「……、死者、妖怪を指摘する能力。聞いてはいたけど実物見るのは初めて、かな…?
んー…、気持ち悪いなあ…」
「ふふっ、そう?よく見ると可愛いんだよ。でも、あまり時間はかけられない。一気に行くよ!」
「あれが、二階堂さんの能力…?」
『そうだ。あのガキも言ってたが、郁弥は死人とか妖怪とかそういうのを使役する。元々見えるやつだからな、それも関係しての能力なんだろ』
椎名さんの説明を聞きながらなんとか理解をする。要するに、二階堂さんは今ここにいたあの犬のような妖怪を操っている状態ということなんだろう。
正直見た目には恐怖しか感じないが、味方となれば頼もしく見えてくる。
二階堂さんの言葉で犬の妖怪は咥えていた植物を吐き捨てると咲くんに向かって駆け出す。
咲くんもすぐに能力を使って植物を生やし妖怪の足に巻き付かせて動きを止める。
しかし、妖怪はすぐにまた動き出し巻きつく植物を引きちぎり前進する。
「……っ、めんどう、だなあ…!」
流石に動きを止められないと察した咲くんは能力を使うのをやめ、横に避ける。
すぐには方向を変えられないのか、妖怪はそのまま突っ切り壁に激突した。
「確かにアレは面倒だけど…強いのはアイツでおにーさんは違うよね…!」
妖怪が、壁に激突し怯んでいるのを確認した咲くんは二階堂さんの方に振り返り彼に向かって植物を伸ばす。
流石に間に合わない、そう思ったが先程同様二階堂さんに焦りはなくジャケットの内側に手を忍ばさせると拳銃を取り出し向かってから植物に向けて発砲した。
放たれた弾は、植物に命中し一部が吹き飛んだ。必然的に動きも止まる。
「自分の能力の弱点くらい、理解しているよ。自分の身は自分で守れるつもりだ」
「え、えええ…!?銃…!?」
驚きの武器の登場に目を離せない。
すると、椎名さんがイヤホン越しであの銃は聊さんが二階堂さんに渡したものだと説明してくれる。
(な、なんで聊さんも銃なんて持ってるの…!?)
彼らが一体何者なのかますますわからなくなってくる。もしかして、わたし、とんでもない人たちの仲間になってしまったのでは。
『そんなことより、お前さっきからぼけっとしすぎだ馬鹿。さっさとアイツ倒して、帰んぞ』
「はっ、はい、すみません…!」
とりあえず気になることは多いけれど置いておいて、戦いに集中する。
咲くんは、自身の攻撃を銃で塞がれたからか悔しそうに顔を歪めていた。
「あははっ…ほんとなかなかやるね…でも、もう許さないよ?」
そう言って咲くんは今度は数本ではなく部屋中に無数の植物を咲かせる。咄嗟に能力を発動させ、ナイフを飛ばすも先ほどと違い少し距離があるからか当たることなく地面に落ちる。
そして、二階堂さんの使役する妖怪も身体中に植物が巻きつきさすがにすぐには振り払えないようだ。
二階堂さんは自身に迫る植物を銃で攻撃しており、わたしもすぐ近くまで迫ってきたものに限りナイフを当てて回避する。
先程までとは打って変わって防戦一方。
しかし、このままでは押し切られるのは時間の問題だ。なにか、打開策を考えないと。
『おい、くるぞ!!』
「……っ!!!」
思考が逸れていたからか。
迫ってくる植物に気が付かず、反応が遅れる。気が付いた時にはすでに遅く、能力を発動させても間に合わない。
巻き疲れるか、それとも貫かれたりするのだろうか。やってくるだろう衝撃を想像し思わず目を閉じる。
その瞬間。
「雫ッッ!!!」
わたしの名を呼ぶ知った声とバキッというおそらく植物が折れた音が聞こえてきた。
目を開けると、目の前にはわたしより少し背の小さい女の子の背中があった。
彼女の名を呼ぶ。
「まな、ちゃん…?」
「う、うん…、お待たせ、危なかったね…!」
『間に合ったか…』
「また増えちゃった…、まあ何人いても同じだけどね」
椎名さんのほっとしたような声が聞こえてきた。二階堂さんの方に目をやると、そこには聊さんも彼の隣に並び立っていた。
「ど、どうしてここに…!あの2人は…?」
「えっと、逃げてきた。郁弥たちがピンチって聞いたから…」
「そうなんだ、ありがとう…無事で良かった…」
『気を抜くのは早い。集中しろ!』
椎名さんの言葉で、まなちゃんが植物に向かって駆け出す。彼女は植物を掴むと力任せに引きちぎり数を減らしていく。
わたしもまなちゃんのサポートをすべく能力を発動させてナイフを飛ばすもやはり距離があって当たらない。
「なん、で…!」
『落ち着け。とりあえず、当たることは考えないで、力抜いて飛ばしてみろ』
「え、でもそれじゃ…」
『いいから。やってみろ』
彼が考えていることは理解できないが、ひとまず頷いて指示通りに当たることに意識を向けすぎずいつもより力を抜いてナイフを飛ばす。
すると、飛ばされたナイフが当たることはなかったが先ほどもよりも植物に近い距離を通過し動きを一瞬だけ鈍らせる。
その隙にまなちゃんは植物に蹴りを入れ、切り離す。直接的な攻撃にはならなかったが少しはサポートできたということだろうか。
長距離からの攻撃で初めてまともに役に立った気がする。
「やった…!」
『よし。お前はしばらく当たることは考えんな。当たんなくても、牽制にはなる。それを狙え』
「わ、わかりました…!」
再度能力を発動させてナイフを生み出す。
そして先程と同じように、当たることよりも力を抜いてただ目的の地点へと飛ばす。
すると今度も植物の近くを通過し、隙を作ることに成功した。
「おねーさんのコントロール精度があがってる…?後ろに誰かいるのかな、厄介そうだなあ…」
その後も同じように、まなちゃんに向かって伸びる植物に対してナイフを飛ばし牽制を続ける。その途中、先程まで二階堂さんが使役していた妖怪のいた場所を見てみるとその姿は消えその場には巻きついていたのだろう植物な残骸だけが落ちていた。
周りを見ても妖怪な姿はない。
もしかすると、妖怪が抜け出せないと判断した二階堂さんが使役を解除したのだろうか。
当の本人は今は銃を使って聊さんと共に植物の数を減らしている。
このままいけば、なんとかなるかもしれない。
そんな希望が見えてきたその時。
絶望を告げる足音が聞こえてきた。




