遊戯
「ここ、使われてない廃墟なんだ。偶然近くにあって良かったね。おねーさん」
「……ここ、廃墟だったっけ…?」
大学近くの廃墟に、通された。大学近くに民家や工場があるのは知っていたけれど、廃墟なんてあったっけ。でも、確かに草木が生えて所々崩れ落ちている。機械が沢山あるところを見ると、何かの工場だったのかな。
「じゃあ、おねーさん。始めよっか。午後からの講義まで後30分くらい?それまでに済ませて戻らないと、だね。」
「な、なんで知ってるの..?それに何を始めるって言うの?」
「あはは、質問が多くて面倒くさいなあ…答える義理はないし…こうしてあげれば早く片付くのかな?」
「きゃっ!!」
わたしの体に、地面に咲いていた花の蔓が急成長して巻き付く。
咄嗟のことで判断が遅れた。
「うっ…な、なに…これ….」
「ほら、このままじゃ死んじゃうけど良いの-?」
自力で振り解こうと力を込めて見たが、わたしが暴れるのに合わせて絞める力が強くなる。
「ねえ、そんなんじゃダメだって、おねーさん。
ほら、おねーさんの能力発動させて対処しなきゃ」
咲くんは微笑みを崩さないまま、そんなわたしを見ている。この子が言うように、能力を発動させないとこのまま死んでしまう。考えている時間は何処にも無かった。
「っ….う、うう….あああ!!」
「うんうん、それそれ…やれば出来るじゃん、おねーさん」
わたしの叫びに呼応するように、体の周囲に電気で出来た小型のナイフがいくつも産まれた。パチ、パチと電気の弾ける聞き慣れない音がする。___ちゃんと、発動出来た。
その様子を見て満足そうに咲くんは微笑んで、「良く出来ました、はい、ご褒美」と良いながら指を鳴らす。瞬間、わたしの体を締め付けていた蔓はいとも簡単に体から離れていった。
「え、っ、…あ、えっと。」
行き場を無くした能力に只呆気を取られる。けれども、咲くんは状況が読み込めていないわたしのことなどお構いなしで、話し出した。
「ねえ、おねーさん。その能力、まだ馴れていないんでしょ?まだ練習が必要だね」
「うっ……、な、何で分かるの!そんなことないよ!!」
「あはは、そんなに恥ずかしがらなくてもいいよ。そのナイフ、自分では触れないんだね..。それにナイフの形しか見たところまだ作れないようだし….ふうん、色々不便そうだなぁ」
能力を発動させたままのわたしに怯えることなく、まじまじとナイフを見る。それに、教えていないことまで、何でこの子は全部全部分かるんだろう。納得が行かず、ただ分析されている今の状況に戸惑った。
「うん、大体分かった。もういいよおねーさん。」
「、え、き、君は本当何をしに来たの…!!」
「ああ、でもまだ時間があるね…」
わたしの問いを平然と無視し、ポケットに入れているスマホを取り出してそう言う。
__この子の目的はただ、わたしの能力の分析だけ?でも、何でそんなことを。特能が申請しなかったわたしを狙っているにしては、中々に手間取った方法だと思う。とにかく、この場が終了したら事務所に報告しないと。
「ねえねえおねーさん」
「?ど、どうしたの?」
「僕ね、この時間の有効な使い道を思いついたんだ。
…ねえ、僕の玩具になってよ」
「お、おもちゃってどういう…っ、きゃあ!」
「あは、あはははは!!!」
嫌な予感が頭を過ぎる瞬間、彼の笑い声と共に工場内に咲いていた植物が一斉にわたしの元へ伸びた。向かってくる速度はそれなりに遅く、ギリギリ後ろへ飛び退いて避けることが出来た。だが、咲くんは笑っている。きっとわざと避けられるようにスピードを緩めたのだろう。
「ほら、おねーさん、僕のかわいい植物ちゃんと追いかけっこだよ!どっちが勝つかなぁ、体力の持つ限り、避け続けてね!」
「っ、ば、馬鹿にしてっ…!!!」
次々に、植物がわたしの元へ向かう。体力にはそれなりには自信があるから、これくらいならしばらくは避け続けることは出来そうだ。ただ、いつかは避けられなくなる。いつまでも避けているわけには、行かない。
迎撃しなければ。そう考えて、わたしの元へ真っ直ぐ向かってくる植物をじっと見つめ、発現していたナイフを向かわせる。草木と雷。大丈夫、あれから練習したんだ。当たる、当たる。それに、相性的には雷が勝つはず。___勝つはずだ、あれ?
「……あはっ、まさか、まだコントロールすらも上手く出来ないの?」
「う、うるさーい!!わ、わわっ、っと」
「僕が出るまでも無かったなぁ、あはは、」
やっぱり、当たらない。わたしの意志とは裏腹に、明後日の方向へナイフは飛んでいく。どんなに意志を込めても、どこ吹く風だ。うう、あんなに練習したのに。慌てて飛んで植物を避ける。
咲くんの嘲るような笑い声が聞こえている。ええい、こうなったらやけくそだ。
次々に電気を帯びた小型ナイフを発現させ、植物へ向かわせる。
勿論思ったところには行かない。けれど、何もしないわけには。
「当てずっぽう?...能力をもっと大事にしなよ」
「え、えい!!えーい!!当たらない!!なんで!!!」
「...おねーさん、そろそろ僕飽きちゃいそう、ふぁーあ…」
「えいっ!えいっ!!!」
呆れたような咲くんの声にも負けず、わたしはナイフを飛ばし続けた。
「っ…、え…?」
「あっ」
その時、めちゃくちゃに発動させていたナイフが、咲くんの指先を掠めた__。
「………………」
植物の動きが急速停止して、地面に転がる。
咲くんは笑い声をぴたり、と止めて指先を見つめていた。
__お互い無言の、気まずい空気が流れる。咲くんは指先を見つめたまま動かない。
どうしていいのか分からず、わたしも硬直したまま、咲くんを見つめていた。
(…あ、い、今逃げるチャンスなのでは)
そう考えた瞬間、咲くんが沈黙を破る。途切れ途切れの言葉を口から漏らす。
「…ぼくの」
「…ぼくの、指に…」
「あ、え、と…」
彼がばっと顔を上げた。わたしを強く睨み付ける。その視線に少し体が震えた。
「___橒月雫。この傷は絶対に許さないから」
先程までの声とは打って変わった低い声でそう告げる。
(怖い....。)
その視線と言葉に、身体に走る悪寒を感じた。
動けない。恐怖で身体が支配されている。
...けれど、動けないままのわたしを置いて、
あっさりと彼は工場から出て行ってしまった。
一人になったわたしは、その場にへたり込んで深い溜め息を吐いた。
腕時計を見ると、次の講義まであと10分も無くなっている。
....ここに居る場合じゃない。
何とか立ち上がって、わたしもその工場を後にした。




