文化祭(当日)の話
誤字報告感謝!!
月日が経つのはあっと言う間で、とうとう文化祭の当日を迎えた。私はというと自前の水色のドレスを着て、舞台袖で発表の順番を待っていた。
あれから生徒会との接触は無い。心穏やかに日々を過ごしている。どうかマリアと上手くやっていて欲しい。
前の人の演奏が終わり、私の番になった。落ち着いてピアノの前に座る。
一曲目はベザント国の古くから伝わる曲。郷愁を思わせるその曲を国の父と母を思って奏でた。そして、二曲目はジャズだ。私は鍵盤を思い切り叩く。力強い演奏に観客が魅了されていくのが分かる。
その時だった。バイオリンの音色が入ってきたのは。
何とか振り向かずに演奏を続ける。私に近づきながら誰かがバイオリンを弾いている。その人物が私の真横まで来た。
クロードだった。
手を止めなかった私を褒めて欲しい。何故か私はクロードと共演していた。クロードには、あの時1回だけ聞かせただけなのに。なんで・・・。疑問で頭がいっぱいになっても私の手は止まらなかった。
何とか演奏を終える。仕方が無いからクロードの隣に立ってお辞儀をする。観客からは割れんばかりの拍手。でも、私の心は踊らなかった。
舞台袖へと移動し、クロードへと向き直る。
「アンリ先輩。びっくりした?」
「当たり前です。驚きました。なんで・・・」
「どうしてもアンリ先輩と弾きたくて練習したんだ。褒めて褒めて」
「・・・あの1回で覚えたのは凄いと思います」
「でしょ。あ、そうだ。ちょっと一緒に来て」
クロードは私を控室へと誘導した。バイオリンを置いて手にしたのは花束だ。赤い薔薇の花束だった。
「はい。アンリ先輩。素敵な演奏をありがとう」
「・・・ありがとうございます」
花に罪は無い。渋々、受け取った。
「好きですよね?赤い薔薇の花」
「いつも赤いドレスだったもの」
「ねえ」
「ヘ ン リ エ ッ タ」
耳元で囁かれた名前に体が硬直した。
冷静になれ。冷静になれ。ここで反応したら終わりだ。
「誰ですか?私はアンリです」
「まだ誤魔化すつもり?僕はもう分かってるよ」
周りに人は居ない。幸か不幸か、私とクロードの2人だけ。
「こんなにピアノが上手だったんだね。昔はピアノの練習をあんなに嫌がっていたのに」
「・・・なんの話をしているのか分かりません」
「やっぱり、とぼけるんだ。まあ良いよ」
「僕だけがヘンリエッタが帰ってきたことを知ってるなんて勿体ないよね。あの社交界の小さな薔薇が帰還だなんて、大ニュースだ」
「そうだ。まずは会長とカイムに教えて」
「止めて!!」
私は思わず叫んでいた。
「止めてちょうだい」
「じゃあ、ヘンリエッタだって認める?」
「・・・認めるわ」
「ほらね。誤魔化そうとしても無駄だったんだよ。僕が一番ヘンリエッタを知ってるんだから」
「・・・何が目的?」
「目的?」
「私を憎んでいるのでしょう?子供の頃、貴方をイジメていた私を・・・!!」
「憎んでなんかいないよ」
クロードは私の眼鏡を取った。そして、私を見つめたかと思ったら、いきなり抱きしめた。
「ずっと、こうしたかったんだ」
思わぬ展開に私は硬直していた。何故、クロードに抱きしめられているの?
「ねえ、ヘンリエッタ。僕が君を憎むはず無いだろう?君は僕にいろんな事を教えてくれた恩人なのに」
「恩人?」
「そうだよ。覚えてる?君が僕に『誰にも愛されていない』と言って、指輪を投げ捨てた日の事。その通りだよ。僕は誰にも愛されてなかった。生みの母にも、引き取られた家族にも愛されていなかった」
クロードの腕に力がこもる。
「そんな僕に君は愛することを教えてくれたんだよ」
「私が?そんなはず・・・」
「君が知らないだけ。君が叔母と出て行ってしまって、どれだけ悲しかったか」
「ねえ、ヘンリエッタ。もう僕から離れないで」
「頷いてくれるなら僕が君を守ってあげる」
守る?嘘だ。私を騙して復讐しようとしてるんだ。怖い怖い怖い。体が震える。
「誰にも君がヘンリエッタだって言わない」
その瞬間、私の中で何かが切れた。それは恐怖によるものなのか、怒りによるものなのか、今でも分からない。
私はクロードの腕の中から抜け出した。
「言えば良いじゃない!!私がヘンリエッタだって」
「ヘンリエッタ?」
「守るなんて嘘!!私を利用して何がしたいの!?帰る。帰るわ。ベザント国に。だから、もう私の事は忘れて!関わらないで!!」
ベザント国に逃げ帰ろう。もうバレてしまったからには仕方がない。ああ、ムシュー子爵には迷惑をかける。
「落ち着いてヘンリエッタ」
「落ち着いてるわ!!」
「いや、君は興奮しているよ。大丈夫だから落ち着いて。僕は誰にも君がヘンリエッタだって話さないと約束するよ」
「・・・信じられない」
「それはどうして」
「どうしてって・・・貴方は私を憎んでいるでしょ?私に復讐したいんでしょ?」
「そんなことないって言っただろう」
「それが信じられないのよ」
「参ったな・・・」
クロードは本当に困った様子だった。
「こんな所で言うつもりは無かったんだけど、今、言った方が良いね」
「愛しているよ。ヘンリエッタ。僕に愛を教えてくれた人」