文化祭(準備)の話
結局私はクリストファーのエスコートでパーティー会場へと戻った。ヘンリエッタなら狂喜乱舞だっただろうが、アンリにとっては・・・察して欲しい。
一瞬、注目を集めたが、私がすぐにお礼を言って離れたため、本当に一瞬の注目で済んだ。残りの時間はパーティーを楽しんだ。
そして2学期が始まった。
2学期のメインイベントと言えば文化祭である。ただ、前世の文化祭とは違う。お化け屋敷や喫茶店などは貴族たちはやらない。強いて言えば音楽発表会みたいな感じだ。楽器の得意な生徒が演奏を披露し、他の生徒は観賞すると言った具合だ。
「カトレアは何か演奏するのですか?」
「私?ピアノは人に聞かせるレベルじゃないから。アンリこそ留学生枠、期待してるわよ」
そうなのだ。毎年、留学生は何かを披露しなくてはならないのだ。まあ、私はベザント国の学校の文化祭でもピアノを演奏しているので、慣れてはいるのだが。
放課後、私は図書室ではなく音楽室へと向かった。寮暮らしの私の部屋にはピアノが無いため、音楽室での練習を許可されていた。
「あ、アンリ先輩やっと来た」
音楽室の中にいたのはクロードだった。
「クロード君・・・私、この部屋を使う時間を間違えたようです」
「あはは。合ってるよ。今この時間はアンリ先輩の時間」
「何故、クロード君が此処に?」
生徒会の三人の中で、一番二人きりになりたくないのはクロードだ。
「うん。お願いがあって来たんだ」
「お願い?」
「そう。アンリ先輩はピアノを弾くんでしょ?僕、バイオリンなんだよね。発表会で一緒に演奏しようよ」
「え?」
「ね。パートナーになって」
確かに、誰かと組んで発表する人も居る。でも、組むという事は発表会まで一緒に練習するという事だ。
絶対に嫌だ。
「私の演奏は特殊です。一曲はベザント国の古い音楽。これはピアノだけの曲です。もう一曲はクロード君が知らない曲」
「・・・知らない曲なら教えてよ。僕、頑張って練習するよ?」
「バイオリン合わせるの無理だと思います」
「へえ、ちょっと聞かせてよ。無理かどうかは僕が決めるよ」
クロードを諦めさせるためなら何曲でも弾いてやる。私はピアノの前に座った。
私が弾いたのは「ジャズ」だ。この世界には「クラッシック」しかない。
ベザント国でセリーヌと文化祭の準備をしていた時にフザケテ弾いたら、セリーヌは甚く感動して、文化祭で絶対演奏するように約束させられた。そして、ベザントの文化祭でも大盛況だった。
だから、私はこちらでも「ジャズ」の演奏をすることにした。クロードにとって初めて聞く「ジャズ」だ。バイオリンを合わせることは不可能だろう。
演奏が終わると複数人の拍手が聞こえてきた。振り向くとクリストファーとカイムが増えていた。演奏に集中していて全く気が付かなかった。
「会長にカイムさん・・・どうして」
「クロードを探しに来たんだが・・・文化祭の前に良い演奏を聞かせて貰った」
「ああ。アンリ良かった」
「ありがとうございます」
「クロード、生徒会の仕事をサボるんじゃない」
「すみません。アンリ先輩にどうしてもパートナーになって欲しくて・・・」
「ああ、演奏のか。だが、今の演奏にお前が合わせるのは難しいんじゃないか?」
「そうですね。もう、アンリ先輩ったらヒドイ。俺を諦めさせるために全力で弾いたでしょ?」
バレてる。
「これくらい頑張らないと、クロード君は諦めてくれないと思いました」
「もう。諦めるけどさ。あーあ。せっかく一緒に練習できると思ったのに」
「残念だったなクロード。カイム、クロードを連れて先に生徒会室へ戻ってくれ」
「はい会長。いくぞクロード・・・またなアンリ」
「アンリ先輩。またね~」
「はい。さようなら」
クロードとカイムは音楽室を出て行った。そしてクリストファーが残る。何故だ?
「会長。何か用事ですか?」
「ああ。大したことではないんだが・・・」
「俺の名前を呼んでみてくれないか?」
クリストファー様。ヘンリエッタはそう呼んでいた。
「な、名前をお呼びするなんて、恐れ多いです」
「気にするな。1回で良いんだ。呼んでみてくれ」
「でも・・・」
「頼む」
王子に頼まれて断れる子爵令嬢が居るだろうか。私は恐る恐るその名を口にした。
「・・・クリストファー様」
名前を呼んだくらいで気づかれないよね?
「ああ。やっぱり・・・」
「え?」
やっぱり・・・何ていったの?小さくて聞こえなかった。
「ありがとう。すっきりしたよ」
「お役に立てたなら良かったです」
「練習頑張れよ・・・アンリ」
「え?」
「カイムもクロードもアンリと呼んでいるだろう?俺もアンリと呼ぶことにした」
そう言ってクリストファーは音楽室から去って行った。
なんで、いきなり名前呼び?みんなが呼んでるからとか嘘でしょ。
クリストファーはすっきりしたと言っていたが、私にはモヤモヤした感覚が残った。